変化に取り残された者
遠く、地平線のかなたに、それは見えた。
現実の常識では到底説明のつかない“異物”が、景色の中に堂々と存在していた。
天を突くようにそびえ立つ、黒曜の塔。
その背後には、空中に浮かぶ島々が、何の支えもなく悠々と漂っている。
雲の上を滑るように移動するその姿は、重力という概念そのものを嘲笑うかのようだった。
言葉を失う。
それは“幻想”ではなく、確かにこの目で見えている“現実”だった。
その瞬間、胸の奥で何かが静かに崩れた。
──ああ、そうか。
(……ここは、もう“あの世界”じゃない)
理解が、遅れて追いついてくる。
俺は、あの光の瞬間に──確かに、“別の世界”へ渡ってしまったのだ。
そして──それと同時に、気づいてしまった。
視界の隅々に、かすかに揺れる粒子。
ザラついたノイズが、今も俺の目の前に漂っている。
変わらない。
この異質な世界に来てもなお、それは俺を離さなかった。
(……まだ、見えている)
俺は目を閉じた。瞼の裏にも、微細な光の砂嵐がざわめいていた。
消えていない。どこにも逃れられない。
異世界に転生しても、なお──この病は俺に取り憑いたままだ。
なぜだ。
全てをやり直すはずの世界でさえ、俺の“目”は壊れたまま。
どれだけ世界が変わろうとも、俺だけがそのままだというのか。
怒りとも悲しみともつかない感情が胸に滲む。
それはやがて、静かな絶望へと変わっていった。
(……これから、どうすればいい)
こんなにも現実離れした世界に来たのだ。
ならば、自分の体も、ほんの少しでも変わっていてくれたら。
そんな都合のいい願いを、知らず知らずのうちに託していた気がする。
希望のはずだった場所が、少しずつ色褪せていくのを感じた。
息をするたびに、世界の輪郭が静かに滲んでいくようだった。
この場所は、俺を救ってくれるどころか、じわじわと心の奥を蝕んでいく。
そう思いかけた、まさにそのとき──
遠くから、風を裂くような鋭い悲鳴が届いた。
異様な静けさに包まれていたこの世界が、きしむような音を立てて、ゆっくりと崩れはじめる。