死ななかった、はずがない
次に目覚めたとき、視界を覆ったのは、吸い込まれそうなほど澄んだ蒼だった。
それは、現実のどこにも存在しないような、完璧すぎる青。
雲ひとつない空が、まるで一枚の絵画のように広がっていた。
あまりにも鮮やかで、あまりにも静かで──
息をすることすら、どこか場違いに感じるほどだった。
──最後の記憶は、光だった。
目を焼くような白い閃光。
あれは……車のライト。
確かに俺は、あの瞬間、車の正面に立っていたはずだ。
衝突の直前。逃げる暇もなかった。意識は、そこで途切れている。
なら、どうして。
俺はゆっくりと、自分の体に目を落とした。
手足は揃っていて、服も破れていない。血の一滴も流れていない。
胸に触れてみる。骨も、皮膚も、どこも痛まない。まるで、何事もなかったかのように。
(……死ななかった? あれほどの衝撃で?)
違和感が、胸の奥でじわじわと広がっていく。
現実にはありえない“無傷”。
どこかがおかしい。だが、それが何なのか、今の俺にはまだ掴めない。
いったい──何が起きた?
足元に目を落とすと、柔らかな草が風に揺れていた。
一見すれば、どこにでも生えていそうな、見慣れた雑草のようにも思える。
だが、よく見ると何かが違う。
色がわずかに淡く、輪郭がどこか曖昧だ。
葉の一枚一枚が、現実の重力とは別の律動でたゆたっているような──まるで、水中に咲く草を眺めているかのようだった。
違和感は確かにそこにあるのに、それを言葉で説明することができない。
目で見ているのに、頭では捉えきれない。そんな奇妙な感覚だけが、胸の奥にじわりと残った。