ノイズの中に、灯るもの
サクヤは静かに膝をつき、病んだ子どもを見下ろす。
視界の中で、ノイズの粒子たちがざわめくように揺れていた。
まるで、子どもの中にある“何か”に引き寄せられているかのように。
ゆっくりと手をかざすと、視界のノイズが指先から流れ出すように広がった。
それは風でも光でもない。
黒と白が入り混じった微細な粒子の奔流。
現実と幻の境界をたゆたうように、熱を帯びた子どもの額に、そっと降り注いでいく。
瞬間、サクヤの“視界”が切り替わった。
脳裏に浮かぶのは、子どもの身体の内側だった。
発熱によって膨れ上がった神経のきしみ、呼吸を浅くしている胸部の圧迫感。
まるでノイズの粒子が、その“異常の痕跡”を可視化し、伝えてきているかのようだった。
(……これが原因か)
ノイズは、サクヤの意識と共鳴するように集まり、傷んだ箇所へと流れ込んでいく。
粒子たちは、火照った熱源に触れると、わずかに煌めきながら吸い込まれていった。
その動きは、まるで煤けた空気を吸い上げる風のよう。
身体の奥にこびりついた熱と、痛みの根を――音もなく、なだらかに“剥がして”いく。
子どもの額から汗が一筋、流れ落ちる。
その瞬間、呼吸が変わった。
浅く、乱れていたそれが、波のように穏やかなリズムを取り戻し始めたのだ。
サクヤは目を細めた。
彼の手元で、ノイズの粒子がゆっくりと収束し、そして自然に空気へと溶けていく。
それはまるで、“役目を終えた祈り”が、静かに空へ帰っていくようだった。
子どもが、うっすらと瞼を開ける。
「……おかあ、さん……?」
その声に、母親は言葉も出せず、ただ口元を両手で覆ったまま涙を流した。
エナが、そっとサクヤの肩に手を置いた。
その手は細く、年齢を感じさせるものだったが、不思議と頼もしい温もりがあった。
「あなたの力……確かに“癒し”だわ。
かたちは違っても、それは……間違いなく、人を救っている」
静かな、でも確信に満ちた声だった。
サクヤは一瞬、返す言葉を失い、その場に佇んだ。
そしてゆっくりと、視線を落とす。
(癒し……? 俺が……?)
この目はずっと、呪いだった。
視界を曇らせ、現実を歪め、誰にも理解されず、孤独を深めてきた“厄介な異常”。
自分だけが、世界の異物だった。
だが──いま。
誰かの息が整い、母親が涙し、
目を覚ました小さな子どもが、微笑みを浮かべた。
その“安堵”が、確かにサクヤの手のひらに伝わってきた。
たしかに、この目を通して、誰かの苦しみが薄れていく感触が──あった。
それは、ずっと拒み続けてきた“ノイズ”の粒子が、
初めて、自分の存在を肯定してくれた瞬間だった。
(……こんな感覚、初めてだ)
胸の奥に、静かな灯がともる。
風に揺れる蝋燭のように小さく、けれど決して消えない温もりだった。
サクヤは目を閉じた。
瞼の裏にも、相変わらずノイズは揺れている。
けれど──それはもう、不快でも忌まわしくもなかった。
“あの光の中にこそ、救いがあるのだ”と、
今なら、ほんの少しだけ……信じられる気がした。