視のチカラ、癒しのカタチ
朝靄がまだうっすらと残る時間。
ルチェリア家の戸を叩く音が、控えめに、けれど何度も響いた。
扉を開けると、そこにいたのは、顔色の優れない若い母親だった。
その腕には痩せ細った幼子がしがみつくように眠っている。頬は赤く、まるで火照った葉のようだった。
「エナさま……ご無事だって……本当に……」
か細い声が震える。言葉を探しながら、それでも一歩、踏み出すようにして続けた。
「この子が、何日も熱を出してて……どうか、癒しの力を……!」
エナは驚いたようにまばたきをしたが、すぐにゆっくりと顔を綻ばせた。
「まあまあ、そんな顔をしてたら、お熱も余計に居座っちゃうよ」
ミアが素早く、水に浸して絞った布と、薄い敷布を用意して戻ってきた。
母親が腕を緩めると、子どもは小さなうめき声を漏らしながら、ぐったりと布の上に寝かされた。
額に手をかざせば、熱が掌を突き上げてくる。
顔色は悪く、呼吸は浅い。
エナは静かに目を伏せた。
そして、少しだけ、寂しげに呟く。
「……ああ、やっぱり。長く寝込んでいた間に、ずいぶん時が流れてしまったのね。……もう、私の癒しの力はかなり弱まってしまっている。」
彼女の言葉に、サクヤはふと、自分の視界に広がる粒子を見た。
いつものように、無数の白と黒のノイズが、病の源を探るようにゆらゆらと揺れている。
(……まただ)
心の奥が静かにざわめいた。
意識を向ければ、粒子たちはその子どもに引き寄せられるように収束していく。
ノイズが、何かを“感じ取っている”──そんな確かな気配があった。
「……俺も、やってみます」
声に出すと、エナは驚いたようにこちらを見た。
けれど、すぐに目を細めて微笑んだ。
ありがとう。あなたの“目”、きっと……この子にも届いてくれるはずだわ」