呪いの視界に、救いが灯るとき
「……今、何をしたの……?」
振り返ると、ミアが部屋の入り口に立っていた。
目を見開き、小さな声でそう問いかけてきた。
俺は答えられなかった。
自分でも、何が起きたのか、まだ理解しきれていなかったからだ。
ただ──
ノイズが今、
誰かを蝕んでいた“見えないもの”を捉え、消したのは事実だった。
忌まわしき病の視界は、
この世界で、誰かを癒す力にもなりうるのだと──
あの病が誰かを救う力になるなら──
信じてみたくなった。それが、ほんの僅かな救いだった。
「ミア」
「……おばあちゃん!」
その声が重なった瞬間、ミアは弾かれたように駆け出していた。
布団の上で上体を起こし、こちらを見つめる女性――その人こそ、彼女が生まれてこのかた、たった一人の家族だった。
「う、そ……本当に……目、開けてる……!」
ミアは膝から崩れるようにして、そっとその傍へにじり寄る。
震える指先が、確かめるように皺の寄った手を握った。
温かい。
弱々しくても、生きている人の体温だった。
それだけで、ミアの目からは堰を切ったように涙があふれた。
「エナおばあちゃん……! 本当によかった……!」
ミアは幼いころからそう呼んでいた。エナ・ルチェリア。
村一番の癒し手にして、自分にとって唯一無二の家族。
長らく床に伏せ、意識さえ戻らない日々が続いていた――その人が、今、こうして微笑んでいる。
「ミア……ほんのちょっと見ないうちに、大きくなって……ふふ、夢を見てるのかと思ったよ」
エナの声はかすれていたが、どこか澄んでいた。
長い病の霧が晴れたかのように、彼女の瞳はまっすぐミアを映していた。
「よかった……本当によかった……! 苦しそうだったの、ずっと……私、何もできなくて……」
ミアは泣きながら言葉をこぼす。
そんな孫娘の頭を、エナはそっと撫でた。
「あなたは、そばにいてくれたじゃないか。それだけで、どれほど救われたことか……」
ふと、エナの視線が横へと動いた。
その先には、少し距離をとって佇むサクヤの姿。
「……あなたですね。私の命を、繋いでくれたのは」
サクヤは言葉に詰まった。
彼の中で蠢いたノイズが、勝手に体を這い、エナの体の奥深くに入り込んだ――
それは明らかに、彼自身の意思とは異なるものだった。
「いや……俺は、何も……」
「その目を見ればわかるよ。あなたの中に流れている“視”の力は、きっととても澄んでいる」
エナは微笑んだ。
まるで、長年の癒し手として培った“何か”が、サクヤの本質を見抜いているかのように。
「ルチェリア家はね、昔から“目”と“癒し”に縁のある血だと言われていてね……。でも、あなたの力は、それとはまた違う……もっと混ざり合って、揺れている。けれど──とても、優しい」
その言葉に、サクヤは目を伏せた。
かつて“呪い”とまで感じていたこの視界のザラつきが、今、誰かの命を救ったという事実。
まだ受け止めきれずにいる自分が、どこか恥ずかしくも思えた。
「古い言い伝えにありました。“視の乱れの中より癒し手が来る”と。……あなたのことかもしれませんね」