ノイズに殺された日、生かされた日
世界は今日も、ザラついたざわめきに包まれていた。
それはまるで、古いテレビに映る砂嵐が現実に溶け出し、視界いっぱいに貼りついたような感覚。
誰の目にも映らないそのノイズが、俺には常に見えていた。
「……また、ひどくなってる」
「ビジュアルスノウ」──
簡単に言えば、目に見えないはずの“ノイズ”が、現実の上に常に降りかかっているように見える症状だ。
薄暗い部屋でも、晴れた空の下でも、目の前には常に砂嵐のような細かな粒がちらついている。
医学的には“視覚情報処理の異常”とされているが、見えすぎるせいで現実と幻覚の境界が曖昧になることもある。
その夜は特に凶暴だった。
街灯の光は滲み、信号機の赤は煤けたように濁り、輪郭を歪める。
点滅する明滅にあわせて、視界の粒子が乱舞し、現実の輪郭をバラバラに切り裂いていく。
耳の奥では、低く鈍いノイズのような耳鳴りが、じわじわと神経を焼いていた。
頭の奥底で地鳴りのように響き、何もしていないのに、地面が傾き、世界が回る。
(まずい……踏ん張れ)
そう思っても、身体はまるで操り人形のように、意志とズレた動きをした。
足が縺れ、地面をつかもうとする感覚だけが虚しく宙を滑る。
バランスを崩し、俺の身体は後ろへふらついた。
そのとき──
視界の奥、ノイズの向こう側から、眩しい光がこちらへと迫ってくるのが見えた。
それが何なのかを理解できたのは、ほんの一瞬だけだった。
(ああ……やっぱり、俺の“目”は……)
次の瞬間、世界は真っ白なノイズに覆われ、全ての輪郭を飲み込んだ。
──意識は、そこで途切れた。