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最終章 この世界で生きていくって、こういうこと

こんにちは。「中2の夏に、白石くんが神様になった」を読んでいただきありがとうございます。


舞台は、2026年の大阪・羽曳野。自由研究に熱中する中学生たちが、応神天皇陵の石室である〈存在〉と出会い、世界の成り立ちを垣間見ていきます。


もしよければ、青春の謎と発見の旅を一緒に楽しんでください。

§7 この世界で生きていくって、こういうこと



(1)


 9月25日が来た。皇学館大学へ行く日だ。矢納さんに会って話ができる。


 白石くんのパソコンで、秘密のファイルを見た日からのわたしは、普段より少し無口になっていたと思う。

 家にいるときの、ママの行動をなんとなく気にするようになった。パパが家でしている、仕事が何なのであるか考えるようになった。最近はしきりに誰かとチャットしている様子だ。

 ママとパパが、英語でしている会話を聞くようになった。わたしはハーフだけど英語が得意なわけじゃないし、正直ヒアリングは難しくて全部は解らないんだけど、がんばって聞いてみるようになった。ふたりはわたしに解らないように、英語で話しているかも知れないから。


 土曜日だけど、ママは休日出勤でいない。パパがいつものようにお弁当を作ってくれた。今日のお弁当はお稲荷さんと鶏唐揚げだって。

どんよりとした曇り空で蒸し暑い中、電車ではるばる2時間半。矢納さんと話したい一心で、皇学館大学までやってきたよ。



 矢納さんは暗い表情で椅子に座っていた。


「見たんだね、あのファイルを」


「うん、見た」


「あまり気持ちの良い話じゃないよな。結さんが知った〈世界の真実〉に比べて、こいつは〈この世の裏側〉みたいなもんだからな」


「……」


「きみのお父さんやお母さんの様子はどうだ、今まで通りかい?


「……」


「まあ〈知りたいこと〉じゃないよな。いくら〈探るもの〉の結さんでも」


「矢納さん…、わ、わたし…」


「結さん……」


 矢納さんは、わたしが涙を流してるのを見て、椅子から腰を浮かして驚いてる。


「ごめんなさい、思わず泣いちゃっただけ。大丈夫です。……パパはアメリカの誰かに、応神天皇陵の石室の、修理状況を伝えていると思う。ママと英語で、石室の補強工事の話をしてるみたいだった。ママは宮内庁の上司と打ち合わせが多くて、最近帰りが遅くなってる。とても忙しいみたい」


「そうか。で、結さんはあのファイルを見てどう思ったんだ?」


「……。わたしが知った、……あの神様みたいな思念体から聞いたことって、わたしは本当のことだと思ってる。

 教えてもらった〈世界の真実〉がわたしが想像してたものと合ってたから。わたしにとっては答え合わせだったんだ、あれは。

 でも、そのファイルに出てくる組織は間違って理解してるよ、多分。

 まるで、全人類の意識が融合したら、神様たちの世界に行けて、永遠の命をもらえるみたいに考えているんじゃないのかな。

 先を争ってすることじゃないと思うし、強制されてすることでもないって思う。

 ……肉体に入った思考たちは、楽しそうに生きているけど、思考同志が融合したら、肉体から出て行かなくっちゃならない。神様は、楽しそうに生きてる思考たちがうらやましくて、観察しているんだよ。」


 矢納さんは、黙って聞いてくれている。わたしはまだ話を続けた。


「急いで思考を融合させろなんて、神様は命令してないし、そんな事思ってもいない。だって肉体を離れた思考は、神様の中に取り込んでいくって言ってたんだから。融合しようとしまいと、同じことだよ。

 だからこの人たちの計画は間違ってる、そんなことに、ママとパパが、関係しているかもしれないなんて悲しい……」


 ちょっと長めの沈黙が来た。

 わたしは言いたいことを、正確に伝えられただろうかって、頭の中で自分の言葉を反芻しながら、矢納さんの言葉を待った。


「結さんは正しく〈探る人〉だったな。僕はうれしいよ。実は、こっちでも少し向こうのことを調べていたんだ、AOBのことをね」


 それから矢納さんに告げられたことは、わたしにとっては衝撃的なことだった。


「結さんがここに来て受けている[児童才能開発プロジェクト]があるだろ。こいつは、文科省のプログラムってことになっているが、実際には、文科省の外郭団体のAOBがつくった計画だ。

 この研究室には、文科省を隠れ蓑にしてAOBからの多額の資金援助がある、さらにその背後にはUSAIDがいる。大学のパソコンを、ちょいと内緒で覗いてみて解ったことだ。

 そして、このプログラムの内容を指示してくるのはPEO。あのファイルにあった、宮内庁の非公開部署だ。」


(…!)


「もうわかるだろう、あのプロジェクトは、日本人を上位次元へ移行させる計画そのものだったんだ」


「そ、そんな、矢納さん……」


「僕も、調べてみて初めて知ったんだ。結さんも不思議じゃなかったかい? 全国から子どもを集めた、と言っておきながら、招集されたのは結さんだけなことが。

 ひとりしか、結さんしか見つからなかったんだ。

 関連性がなく、孤立した情報から〈類似性〉〈連続性〉〈規則性〉を探し、〈定理〉〈法則〉を仮定して、全体像を導き出す能力——多くの人の、思考の融合を果たす鍵となる[知覚推理]の能力。

 やつらがそう考えている〈探るもの〉は、結さんなんだ。」


「か、神様もそんなこと言ってたけど……」


「だから、結さんが応神天皇陵の石室に忍び込んでも、思念体とチャネリングを行ったことを知っても、宮内庁は、咎めずに放任していた。〈探るもの〉が思念体から、世界の真実と、人類の命題を知ることは、願ったりだからな」


「嘘だ、そんなこと……。じゃ、やっぱりこのメールを送ったのも、ひょっとして、マ、ママ?」


「おそらくそうだ。さすがの推理力だな。君のママは宮内庁の女官だが、PEOのエージェントだと思う。きみに意図的に情報を提供していたんだ」


 嘘だ、嘘だ、嘘だ、嘘だ! ママは、そんな怪しい組織のエージェントじゃないし、わたしもそんな能力者じゃない!

 やだ、やだ、いやだ……、でも。


「じゃ、パ、パパは? パパは何をしているの? パパもアメリカのスパイみたいな事をしてるってこと?」


「結さんのパパは元USAID―米国国際開発庁の人間だったね。そこは、世界各国の国民世論の形成や、誘導をする活動をしていた機関だが、1年前大統領によって解体された。もう活動は、していないはずだ。

 だが、残務処理的なことを、強いられているってことは考えられる。でも、アメリカのことは、ぼくには調べきれない。ここまでの調査ができたのは、僕が当事者のこの研究所のスタッフっだったからに過ぎないんだ」


 また、涙が頬を伝っている感覚があった。


(どうなってるの、どうすればいいの、どうしてなの……)



 矢納さんが席を立って、湯のみ茶碗をふたつ熱そうに持ってきて、テーブルに置いた。日本茶が入っている。


「知ってるかい、もう昼はとっくに過ぎてるってこと」


「え、あっ本当だ」


「飯にしようや。今日もお弁当持ってきたんだろ。午後の思考実験のプログラムは中止になったよ。教授が休んでるんだ。朝、結さんに連絡したんだが、間に合わなかったんだよ」


「うん」


「ぼくは、こいつだ」


 と、手に持ったメロンパンを見せた。


「えっ、そんな。お稲荷さん食べてください、鶏唐も」


「おっ、今日もうまそうなもん、持たされてんだな、これ食ったらもらうよ、ははは」


(肉体のない神様は、お稲荷さん食べたことないんだろうな)



(2)


 夕食は少し遅くなって、8時過ぎになった。パパが仕事で出かけることになって、帰ってくるのが遅くなったからって言ってた。

 で、宅配ピザを頼んで、やっと届いたのがこの時間ってこと。パパはすまなそうにしてたけど、わたしピザ好きよ。

 わたしがピザにはコーラが合うっていったら、パパが、コーヒーのほうが合うって言ったり、ああ、ひさしぶりにワイワイと夕食を食べたなあ。

 ママも、食べ終わった空の箱を片付けながら、優しい顔でパパとわたしを見てる。


 でも、わたしはこの幸せな空気を壊してでも、パパとママと話し合いをしなくちゃならないんだ。


 意を決して、


「ねえ、パパ、ママ、わたしふたりに話があるの。聞きたいことと、聞いてほしいことがあるんだ」


 パパとママは顔を合わせている。今日が、皇学館大学に行く日だったってことで、ふたりとも、なんとなく察しているような気がした。


「わたしね、全部知っちゃったの。この間の、神様のことじゃなくて、〈世界の真実〉に関係してる、いろんな組織のこととか、その組織が進めている計画のこととか、そ、そのママとパパのことも……」


 ソファに並んで座ってるふたりは、目を合わせて小さく頷いている。そんなに驚いている様子はないんだけど、わたしが泣き出しそうな顔をしているから、心配そうに見つめてくる。

 今日、矢納さんと話をして、聞いたこと、わかったこと、わたしが感じたことを、全部正直に、ふたりにぶつけた。ふたりがソファに並んで座りながら、手を繋いでいるのが見えた。


 パパがはじめに口を開いた。


「結、パパはUSAIDにいた時、日本人がアメリカに対して、良い感情を持ってもらう活動をするのが仕事だったんだ。ロビイストってやつだ。

 USAIDは他の国では、その国の政府に反対する国民世論を、作ったりする活動もしているけど、パパはそういった、政治がらみの仕事をしていたわけじゃない。

 ところが、宮内庁女官のママと結婚した、ということに注目されて、PEOの情報を本国のUSAIDの後継機関に報告していた。ママの行動を、監視するのは不本意だった。でももう、それも終わりだ。

 旧USAIDとの関係は終った。これからは何か料理関係の、コンサルタントでもしようと考えてるところなんだ、なぁ、ママ」


「ええ。……結、ごめんなさいね。ママも正直に全部話すわね。

 ママのお祖父さんもね、京都の御所に努める侍従職をしていてね、ママが宮内庁でお仕えすることは、初めから決められていたの。ママの実家はそういう家系なの。

 結が知った〈世界の真実〉も伝えられていて、ママも知らされていた。ママみたいな、そういう人材は、書陵部に配属されて、女官をしながらPEOエージェントも兼任することになっている。ママには逆らえなかった……。

 でもね、パパと出会って、結婚して、結が生まれて、ママの考えは変わってきた」


 まっすぐに、わたしの目を見て話しかけてくる。ママが絶対に、正直に話してくれているっていうことが確信できて、我慢してた涙が、また出てきて止められない……。


「ママも、結の考えているように、国がやろうとしていることは、的が外れていると思う。

 人の思考、魂を融合させて、神の世界へ移行するなんて意味のないこと。どのみち、死んだら魂は神に取り込まれていく、人間が生きているうちから、自らそんな道を行く必要なんかないってね。

 人は肉体が朽ちるまで、生きる。それが大事なこと。

 そういう人間の姿を見せることが、神の一番望んでいることだと思うの。

 だから、ママは結には早く〈人類の真実〉を知ってほしくて、メールで情報を与えた。

 そして今、結はもうそれを知ってる。神様との接触まで果たして、計画の関係者の誰よりも、人間の取るべき正しい行動を見通している。

 血筋なのかも知れないけど、すごいことだと思うわ。だから〈探るもの〉である結は、その考えのまま生きていけばいいと、ママは思う。

 結はもう、PEOの計画からは離れましょう。大丈夫、何もされたりしないと思う」


「ママ……」


「ママね、……今月いっぱいで、宮内庁から退官することが許可されたの。もう、不本意な活動をしなくてすむようになったの」


「えっ、本当?」


「そう、実はね……」


 ママがパパの方を見る。


「ママね、妊娠してるの。家族が増えるのよ、結」


「……!」


 パパがママの肩に手を回して、わたしに向かって親指を立てて見せた、会心の笑顔だ。


「すごーい! おめでとう! おめでとう、ママ、パパ!」


 悲壮な決意で望んだ話し合いだったけど、予想外の展開になった。

 情報の整理が必要だ。

 涙がまた溢れてる。ママも笑いながら、ちょっと泣いてるように思った。



(3)


 夕べの家族会議は、けっこう深夜まで続いたので、今日は家族全員が寝坊してしまった。

 日曜日だから、まぁ問題ないんだけど、体中の脱力感がすごくて、目覚めてもなかなかベッドから出られないでいた。

 10時くらいにやっと起きて、リビングに行ってみると、キッチンでパパがなにやら張り切って料理してるのが見えた。


「おはよう、パパ」


「Good Mornin’ Yui♪」


 機嫌いいなぁ……、どうしたんだろ。


「ねぇ、パパ。夕べは話聞いてくれてありがとう、おまけにパパもママもお仕事がうまく片付いて、赤ちゃんができたことまでわかって、なんかすごい感謝してるの、わたし」


「Everything all right!!」


「もうっ、ちゃんと喋ってよ」


「はは、ごめんごめん。もう目は覚めてるかい? ママはシャワー浴びてるよ。……で、今作ってるのはね……」


「ん?」


「お弁当さ、Lunch。これ持って、みんなでハイキングへでも行こうと思ってね。」


「本当? 楽しそう」


「そりゃ楽しいに決まってる。

 なんたってわれわれは、家族全員〈世界の真実〉を知る、まるでスーパーヒーローファミリーだからね。

 みんな揃えば、向かうところ敵なしさ」


「本当だね、なんかすごい気がしてきた」


「そうだろう、そうだろう、ははは」


「なーに、楽しそうに」


 ママがリビングに入ってきた。


「パパが、お弁当持ってハイキング行くって! いいでしょ?」


「まぁ素敵!」


「さぁ、ママも結も支度して、外出する支度」



 パパが運転して、わたしたちは応神天皇陵に来てる。

 ママが、ここにしようと言ったのだ。

 で、今わたしとパパとで、広い芝生の広場にシートを敷いたところだ。


 ドサッと寝転がる、わたし。


(気持ちいいっ)


 パパは、大きなクーラーボックスを置いた横に腰を下ろす。

 その横でママは、持ってきたクッションを敷いて横座りしてる。日傘を持ってきてるけど、開きはしないで横に置いている。


「まだ暑いね、9月も終わるのに」


「日本は自然が多く残っていて、四季が美しい。もうひと月もすれば、秋の景色が見られる」


「お弁当は何なの、パパ?」


「ハンバーガーだ。手作りだぞ」


「やったー、パパのハンバーグ大好き」


「ははあ、それは食欲の秋ってやつだな」


 パパがハンバーガーを出してくれて、それにわたしがパクつきながら軽口を言い合ってるのを、ママがニコニコして見てるのに気づいた。


「ママは食べないの?」


「今は、お茶だけでけっこう」


「ママ、お腹触っていい?」


「まだ、どうにもなってないわよ、4ヶ月だから」


 ママはそう言ったけど、わたしはそっとママのお腹に触ってみた。


(このくらいの時期に、もう思考は赤ちゃんに入り込んでいるのかしら)


「まだよ、まだ何ものでもない」


 ママがわたしの考えていることが、どうしてわかったのか、不思議だったけど、驚きはしなかった。


「まだ、脳みそができてないからね。脳という回路ができて、初めて入ってくることができるの」


「じゃ、まだ純粋たる人間なんだね」


「そうね、人間はこうやって繁殖してきた。これからもね」


 パパも会話に入ってきた。


「人間の肉体をもったまま、思考を融合するなんてできるのか、それがわからないから観察しているんだっていうけどさ、パパとママを見てみろよ。

 国籍や文化の違いも認め合って、お互いの気持は、見事に融合してるじゃないかって、今度神様に言っておいてくれよ、結、ははっ」


「そっか、そうだよね、大事な人の考えてることって、わかることあるもんね」


「それは、結がその人の顔ばっかり見てるからだな。そうだよね、自然とわかるようになるものさ」


「うん、そうやってわかり合っていくことが、融合なのかも知れないよね」


「結の場合は、白石くんのことばっかり思い浮かべてるのだろう」


「なっ、な、なんでそんなこと」


「だから、わかっちゃうのさ、大事な人のことは。結もパパも。」


 わたしを永遠にからかい続ける、パパのことは置いといて、わたしは神様に心の中で話しかけていた。


(こういうことなんじゃないかな、神様。人間は思考じゃなくて、感情が融合していく。融合した感情は体を離れていったりはしない。人間はこうやって生きていくんだよ、見てた?)




「そうだね、結。

肉体をもっているからこそ生まれる情報は“感情”だ。

ここから見てるだけじゃ、わからないってことだね。

まったくうらやましいよ、きみたち人間は。

もう一度、地球に降りてみたくなっちゃったな。

どうだろう、今度は結の弟か妹に入ってみようか、はは。

うそ、うそ。でも、またどこかで、君に出会えたらいいな」


心のなかで神様が答えてくれた。

白石くんの顔と声で。





(おわり)

結がたどり着いた〈世界の真実〉を、どう感じましたか。みなさんが生きていくうえでなにかのヒントになれば幸いです。

執筆中の次回作も、結と白石くんが活躍します。よろしくお願いいたします。

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