第四章 神様とQ&A
こんにちは。「中2の夏に、白石くんが神様になった」を読んでいただきありがとうございます。
舞台は、2026年の大阪・羽曳野。自由研究に熱中する中学生たちが、応神天皇陵の石室である〈存在〉と出会い、世界の成り立ちを垣間見ていきます。
もしよければ、青春の謎と発見の旅を一緒に楽しんでください。
§4 神様とQ&A
(1)
8月1日午後1時。わたしの部屋に白石くんが来てる。
ママは仕事で、パパは自分の部屋にいる。
白石くんとわたしは、それぞれのノートパソコンを開き、ZOOMにログインしていた。画面には、研究室にいる矢納さんの姿。
白石くんは、初めてわたしのうちに来たからか、少し緊張した面持ちで、下を向いちゃっている。
さっき、パパに挨拶したときもカチカチだった。
わたしの机には、奇妙な図形が描かれている紙が置いてある。
それは、方形を組み合わせた魔法陣みたいな、不思議な模様、紋章みたいにも見える。これは、矢納さんが送ってくれたものをプリントアウトしたんだ。
その図形の中央には、埴輪。お土産屋さんで買ってきた、この地域の前方後円墳から、出土された埴輪のレプリカだ。
そして、あの石室の上にも同じように、図形の描かれた紙と同じ埴輪を置いてきてある。
さて、これから何が始まるかって言うと、「チャネリング」だ。
矢納さんが、アメリカの友人から教えてもらったという、誰かの意識と交信できる方法らしい。矢納さんは、わたしと白石くんの肝試しの顛末を聞いて、
「あの石室に閉じ込められていて、白石くんに取り憑こうとしたものは、幽霊なんかじゃなくて、残留思念だと思う」
って言い出して、わたしたちは、それを今、試してみようとしているわけ。
*
「本当にやるの、これ……?」
「うん。でも、全部の情報を得ようとは思ってない。知りたいことだけ聞いて終わりにする」
「う、うまくいくのかな…」
「矢納さんから教えてもらった方法だから、きっとうまくいくよ」
「……僕、また倒れたりしないかな」
「それは、ちょっと自信ない」
「ええっ」
わたしは苦笑いしながら、埴輪に手を添える。白石くんも、ためらいながら手を重ねる。画面の向こうから、矢納さんも見つめている
「はじめます」
*
コツン。
机が、音もなく震えた気がした。
白石くんの目が虚ろに濁り、しばらくして口がゆっくりと開く。
「……うまく言ったと思う、話し出すぞ」
矢納さんの声が、画面から聞こえた。
わたしは深く息を吸ってから、埴輪に手を添えたまま話しかけた。
——「あなたは誰?」
「うーん……ぼくを説明するのって、ちょっとむずかしいなぁ。
たとえば——
きみたちの世界には“空気”があるだろう。見えないけど、確かにあるもの。
宇宙にもね、無数に存在する、小さい粒子があるんだ。
その粒子はね、リズムを持ってた。3つの違うリズムをね。
たとえば、「トン・トトン・トーン」と、「トーン・トン・トトン」と、「トトン・トン・トーン」とか、そんな感じ。
そしてね、粒子が混み合ってる場所とか、規則的に並んだ場所では、粒子のリズムが組み合わさって、まるで短い“フレーズ”みたいなのが生まれた。
いろんな場所で生まれた“フレーズ”は、お互いに繋がりあって、どんどん大きくなっていく。
ついには、宇宙全体が繋がって、とてつもない大きさの“曲”のようになったのさ。
そうやって生まれた“曲”のあちこちでは、いろんな“フレーズ”が、まるで“セッション”してるみたいに、たくさんの情報が、やり取りされてる。まるで、“回路”のように動き出したんだ。“回路”は“思考”するようになり、やがて、そこに自我が生まれた。
それが、ぼく。
形はないけど、ちゃんとぼくは存在してる。
宇宙と同じ大きさの〈思考〉なんだよ。
……って、ちょっと難しかったかな?」
ぼくはね、きみたち人間のいる地球に興味があるんだ。
だから、あそこにいた。
——「どうして地球に興味があるの?」
「それはね……うーん。
地球には、人間という生命が発生していて、すごく気になったんだよ。
だって、人間には大きな脳という器官があって、
思考する回路を持っていたから。
びっくりした。
人間の脳はまるで、ぼくのミニチュアみたいだった。
それで、ちょっと触ってみたんだ。そっとね。
最初は、ほんの少しだけ。
人間の脳って、不思議な器官なんだよ。
ちいさな神経細胞が、互いに繋がって、情報をやりとりしてる。
まるで、ぼくみたいにね。
その中に、外部と繋がれる接点を持った、人間を見つけたんだ。
たぶん、遺伝のちょっとした偶然だと思う。
その接点から、ぼくはそっと入り込んでみた。
そして、ぼくはその人に、他の生き物に殺されないように、長く生きていけるように、そういった知恵を教えてあげたのさ。
その人は、とても長く生きたよ、子どもも残した。
さらに、その子どもや孫たちにも、接点が受け継がれていている個体があって、
結局、ぼくはその後も、8人の人間に入って知恵を与えた。
それからは、見ていただけだよ。
植え付けられた思考は、遺伝として受け継がれていき、彼らはもう自分たちの力で、増え続けていったから。」
——「人間を観察してるってこと?」
「そう……観察してる。それで観察し終わった時、つまり、人間が死ぬ時なんだけどね。
ぼくはその人に繋がって〈思考〉や〈記憶〉の情報を、僕自身に取り込んでるんだ、人類全員分だからけっこうな数だよ。
時々、ぼくが取り込むよりも先に、周りの空気や、水に入り込んじゃう思考もあってね。
そういう、その場に残された思考を、君たちは“幽霊”って言っておもしろがってるだろう。
さて、そうやって取り込んだ思考は、ぼくの中では、記憶情報のかたまりとして、存在してる。
それは魂って言ってもいいかな。気づくと魂は100億人分くらいになっていた。そのうち80億人分くらいは、今、地球で生きてる人間、ひとりひとりの中に入っている。
ぼくが入れたんだ。
つまり……君たちの肉体は器で、ぼくの一部である魂が入り込んでるってわけなんだけど……。
ぼくは、命令をして君たちを操ってるってわけじゃないよ。
魂たちが、肉体を得て自由に動き回り、悩んだり、悲しんだり、笑いながら話なんかしてるのを見ているのが、ぼくは好きなんだ。
そう、ただ見てるだけなんだ」
——「人類は、どうなると思って観察しての?」
「多分……、ぼくが小さな回路が融合し合って、だんだん大きな、ひとつの思考になったみたいに、肉体を持った思考、つまり君たち人類も、ひとつになっていくんじゃないかなって思ってる。
人間たちに生まれた小さなグループや国は、周辺のグループや国とまとまっていき、どんどん大きくなっていくだろう。
集められた人間たちの中にある“思考”どうしは融合していき、肉体とは別に、共有された大きな“思考”になっていくだろう。
地球全体がひとつのグループにまとまっていく、そういうことかな。
——「それは世界制覇とか、世界統一とかってこと?」
「わからない……。
人間って、群れを作る生き物だよね。
集まって、助け合って、ときにはぶつかって……でも、少しずつまとまっていく。
それは、ぼくの中で回路がつながって、ひとつの大きな思考になったのと、すごく似ている。
ぼくは肉体を持っていないけど、君たち人類は肉体を持ったまま、集まって複雑な〈社会〉を作っていくだろ。
だから、きみたちが地球という星の上で、肉体を持ったままでも、融合していって、もっと大きな存在になっていくんじゃないのか、ぼくみたいにね、とても気になったんだ。
いろんな違いを超えて、ひとつになれるかどうかを、ぼくは、ずっと観察しているんだ。」
——「もし、ひとつになったら、その後はどうなるの?」
そうだね、どういう形であれ、もしそうなったら……。
全部が一つにならなくても、その前の段階で、多分“思考”は体からあふれちゃうんじゃないかな。
今の肉体のままじゃ、もう入りきらなくなって、思考は外に出ていくだろう。
自分が入り切る、もっと大きな器を探してね。
またぼくの中に、戻ってくるかも知れないし。
そして、残された肉体は、しばらくは生きていくかもしれないけど、
考えることができなくなったら、ゆっくり終わっていくだろうね。
本能だけでは、大きくなった社会を続けることはできないから。
でも、あふれた出した“思考”が、もしもぼくの中に戻ってくるのなら、それは、人類の終わりじゃなくて……“つづき”が始まるってことなんだよ。」
——「……ありがとう。これで質問は終わりにするね。多分、わたし、ちょっとわかった気がする」
「ぼくも、きみに出会えてよかったよ。
きみの中にも、ぼくの思考のかけらが入っているはずなのに、きみの思考はすごく変わってるね。そう言われたことないかい?
今までに、地球に現れたリーダー達、国や宗教なんかのね、彼らとも違う。
きみは純粋な好奇心を持つ〈探るもの〉だ。
そんな人間は、ほんのわずかしかいないと思うよ。
地球上に10人もいないんじゃないかな。」
*
部屋の証明が、一瞬チカチカして、パソコンの画面も、一瞬だけ明滅した。
白石くんが、びくりと身を震わせ、目を開く。
(行っちゃった…)
わたしはそう思った。
「……え、終わった? 僕、喋ってた?」
わたしは、白石くんの頭をポンポンして、笑いかけた。
「うん、最高だったよ、白石くん。めちゃくちゃ神様だった」
画面の向こうで、矢納さんが震えながら言った。
「ろ、録画……できてなかった……」
「あらまぁ、でもいいじゃない、矢納さん。みんな忘れないだろうし」
「いや、僕自分で何言ったか、全く知らないんだよ」
「じゃ、またやる? 白石くん」
「いや……もう勘弁して……」
(2)
9月10日。
いろんなことがあって、今年の夏休みはとっても短く感じた夏休みだったけど、
二学期が始まって一週間もすると、もう夏休みのことがちょっと懐かしいと思えるほどだ。
あの神様Q&A事件も、もう一ヶ月前の出来事だもんなぁ。
まだまだ暑いし、秋なんてとても思えないけど、学校生活は、どんどん進んでいく。
*
みんなが提出した、夏休みの宿題の数々が教室の後ろの壁や、廊下に貼り出されてる。その中でわたしは、白石くんの自由研究を見て腰が抜けるほど驚いた。
〈前方後円墳と世界の統合〉
「……!! なにこれ。」
ノート一冊を、丸々使った力作だけど、内容がとんでもない。
前方後円墳の、配置と星座の関係とか、ピラミッドなどの、世界の巨大遺跡との比較はいいんだけど、応神天皇陵で、謎の霊に取りつかれたとか、宇宙全体に宿る意識が、地球に人類を生み出し、地球全体の平和的統一を願っているとか、そういう情報の啓示を受けた、っていう体験談仕立てになっている。
しかも、その経緯は、ほぼほぼ、わたし達が体験した通りのドキュメンタリーだ。
わたしの名前は出てこないけど、応神天皇陵関係者ってなってるし。
「こ、これは……」
男子トイレの前で、白石くんを見つけたわたしは、白石くんの半袖シャツの袖を掴んで、階段の踊り場に引っ張っていった。
誰もいない屋上手前の踊り場で、キッと白石くんの顔を見る。
「ど、どうしたの、結ちゃん?」
「白石くん、なにあの自由研究、やばいじゃん、あんな事書いたら!」
「えっ、なんで? 前方後円墳を研究して、わかったことを書いただけだよ」
「あんなの、大人に怒られるよ、ぜったい」
「そうかなぁ、先生は褒めてくれてたよ。市の展示会に出品する中に選ばれたって、さっき言われたし」
「て、展示……、いいのそれ?」
「いいんじゃない、自由研究なんだし」
「自由すぎない?」
*
チャイムが鳴った。教室に急いで戻ったら、すぐに帰りのHRが始まった。
驚いたことに、本当に白石くんの自由研究が、羽曳野市の中学生自由研究展示会に出品されるらしい。
先生がみんなにそう告げると、みんな「おおーっ」って言ってたけど、廊下に貼り出されている宿題や自由研究なんかを、ちゃんと見る人はあんまりいないから、きっと内容は知らないんだろうな。
「すげーじゃん、白石」
とか言われて、白石くんはうれしそうに頭をかいている。
(て…天然。ド天然だ、白石くん)
(3)
白石くんの自由研究は、大人たちの間では、やっぱり波紋を呼んだようだ。
なぜかその内容が、教育委員会を通じて文科省まで伝わり、なんと、ママが東京の宮内庁に呼び出されたのだ。
*
わたしが心配していた通り、ママが東京から帰ってきた夜、リビングで家族会議が行われた。お説教かぁ……。
もう遅い時間だったけど、金曜日だから、ちょっとくらい夜ふかしもいいでしょと、ママが話し始めた。
「白石くんの自由研究に出てくる、応神天皇陵関係者って結のことでしょ」
「……はい。ごめんなさい」
「石室に入ったと書いてあるけど、本当に中に入ったの? 結も?」
「……はい。ごめんなさい」
「いつ? いつ入ったの?」
「あの……白石くんと、き、肝試しに行った夜……です」
「彼が具合悪くなって、うちに運び込まれたときね」
「……はい。ご、ごめんなさい」
「……呆っれた」
ママは、ため息を付いて黙っちゃった。
「謎の霊と交信したって?」
パパがのんびりとした口調で、会話に入ってきた。
「うーん、霊っていうか、神様っていうか」
「へへぇ、いったいどうやったんだい?」
「うん、あのね、皇学館大学のゼミの矢納さんがオカルトマニアでね、降霊術っていうか、霊感体質の人の体を使って、他の意識と会話する方法を知ってる、って言われて、試してみたの」
「イタコってことかい?」
「わかんない、チャネリングって言ってた。でも、埴輪をあの石室の上に置いてきて、わたしの部屋にも、同じ埴輪を置いて、白石くんとわたしとで、お祈りするみたいに呼びかけたら本当に来たの。白石くんが、まるで神様みたいに喋り始めて、わたしの質問に答えてくれたの」
「うーん……」
パパも黙り込んじゃった。そうだよね、黙っちゃうよねこんな話、普通。
「“宇宙全体に宿る意識が地球に人類を生み出し、地球全体の平和的統一を願っている”…って、彼の自由研究には書いてあったわよね、そう言ったの? 神様は。それだけ?」
「白石くんは、そのときのことを、何も覚えてなかったから、わたしが教えてあげたの。神様はそう言ってたよって。でも、本当はその他にも、いろいろと教えてくれたんだけど、白石くんには全部は教えてない」
ママは何も言わないけど、「話して」って目で、わたしを促している。
パパも興味ありげに待ってる様子だ。
「うん……、じゃで覚えてることを言うね、いい?」
わたしは覚えている限りの、あの不思議な会話の内容を、ママたちに話したんだけど、意外なことにママは、メモでも取りかねないくらいの勢いで聞いてるし、パパも、わたしの目を見る視線が真剣そのものだ。
神様の口調が、わたしと同い年の男の子みたいだったというと、パパの目元がが、少しだけ笑ったように見えた。
わたしはついでとばかりに、ZOOMで同席していた矢納さんが、後日研究室で教えてくれた考察も話し始めた。
「で、矢納さんが言うには、宇宙空間にはダークマター? っていう見えない粒子が無数に存在しているはずなんだって。
神様の言っているように、その物質の振動数が3通りの状態をもっているとすると、その粒子が規則的に隣り合い、固定されて配置されている部分では、粒子の状態の組み合わせで情報の保存ができるかもしれない。
わたしも、あんまり良くわかんないんだけど、3ビット量子コンピュータみたいなんだって。
それでどんどん大きく複雑になっていって、ついには自我を持っちゃった。
宇宙中に無数に存在する粒子による、宇宙と同じ大きさの思考回路、それは〈宇宙の意志〉と言ってもいいんじゃなかって。
わかるようなわからないような話なんだけど、ママたちはどう? わかる?」
ママは目を瞑っている。パパはソファから立ち上がってキッチンの方へ行く。コーヒーを淹れようとしているらしい。
「その、世界の真実の話が本当だとして、結、あなたはどうするの?」
「どうもしないよ。それを人に伝えて大騒ぎするつもりはないし、知りたかっただけだから。白石くんは、全く他意なく自由研究を発表しただけだよ、天然なんだ、あの子」
「そうね、世間の大人たちは、この話を信じたりはしないでしょうね、オカルトとか都市伝説を吹聴する人は、世の中にいっぱいいるからね。書陵部の室長も、問題はないだろうって、おっしゃてたわ。宮内庁の上司には、長い訓示をされたけどね。」
「……ごめんなさい」
「いいのよもう」
「ママはわたしのいう〈人類の成り立ちと宇宙全体の意思〉の話を信じるの? ……それとも、もう知ってたの?」
ママは、ちょっと驚いた顔をしたけど、静かに答えてくれた。
「ママが宮内庁書陵部の女官でいる限り、その質問には答えられないわね。ママこそ、ごめんなさい」
ママは、私の頭を優しく撫ぜながら、ニッコリと笑った。
「コーヒー淹れたよ、飲むだろう?」
パパったら、いつもこんな風に空気を和らげようとしてくれる。
「それにしても、最近の中学生の自由研究ってのはすごいもんだね」
*
自分のお部屋へ入ってベッドに倒れ込む。疲れたー、すごい疲れた。ママもパパも、怒ってないみたいだし、やれやれだ。
ド天然の、白石くんのおかげで大変だったけど、「知りたかっただけ」ってママに言ったことは本当なんだ。
今日は日記もつけないで、寝ちゃおうっと。横になると、あっという間に睡魔が襲ってきた。
(そういえば、……昨日、白石くんわたしのこと……また、「唯ちゃん」って…呼ん…だ)
開いたままだったノートパソコンに、メール着信のポップアップが表示されている。
(つづく)7月12日投稿予定