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【第五章:森の中で】

まだ陽も昇らぬ夜明け前。カイルは自然と目が覚めた。

剣の修行やリグとの待ち合わせで早く起きることが習慣化されていた。

いくらなんでも早すぎたか?とも思ったけど、明るさが苦手なリグの事を考えれば、陽が昇る前に行動をした方がいいのかもしれない。伸びをしながらソファーから体を起こす。

案の定、体がバキバキだ。セリアの主張に負けた自分をちょっとだけ恨んだ。

昨晩、結局セリアがあーだこーだうるさいので僕がソファーで寝ることにしたのだった。


「もう起きたのか。」

「!!」


突然声がしたのでビックリした。リグもすでに起きていたようだ。


「なんだ、リグも起きてたのか。」

「ちょうどカイルと丘で会っていた時間さ。寧ろいつもより遅いくらいだ。」


リグもまたこの時間には起きていることが当たり前だったようだ。

子供の頃を思い出して、懐かしい気持ちになる。


「セリアはまだ寝ているのか?」

「見ればわかる。」


そう言われて隣のベッドを見る。掛け布団は半分ベッドから落ちかけ、片足を投げ出して気持ちよさそうに寝息をたてていた。


「・・・よだれまで垂らしてる。昨日見た天使の姿は偽物なのか?」


カイルが呆れているとリグがフォローをする。


「そう言うな。あれだけの人に囲まれて気疲れしたのだろう。俺だって疲れが残ってる。」


あまりにも気持ちよさそうな姿に起こすことを躊躇いそうにもなるが、かといって出発が遅くなってはリグに申し訳ない。カイルはセリアの肩を揺さぶった。


「起きろよセリア。もうすぐ出発するぞ。」

「ん~、あと五分。」


なんともありきたりな返しをしてくる。こいつ絶対天界でも寝坊助だったろ。

このままじゃ起きそうもないのでセリアの鼻をつまむ。


「・・・ん~、!、んっん~~~!」


だんだんセリアの顔が赤くなってきた。バタバタと手足がもがいている。


「ぶはっ!」


手を振り払ってガバッと起き上がった。


「あれ?ケーキは?」


わけのわからないことを言っている。余程いい夢を見ていたようだ。


「やっと起きたか。もうすぐ出発するから起きて準備しよう。」


カイルが声をかける。ぼーっとしていたセリアの顔が、こちらを見つめて徐々に目の焦点が合ってきた。やっと意識が覚醒してきたようだ。


「んもう!せっかくケーキを食べるところだったのにぃ。」


顔を手で覆って悔しそうにしている。夢で食べたってしょうがないだろうに。


「ほら、遺跡に行かなきゃ。今日は森を抜けなきゃいけないんだから。」


カイルに促されて渋々といった感じでベッドから起き上がる。


「う~。まだ暗いじゃない。」

「陽が出たらリグがきついだろ。陽が昇る前に着けば明るくなっても木々で日差しが遮られるし。なあリグ。」


振り向くとリグは既にマントを羽織り準備万端のようだった。


「眠いなら寝ててもいい。今日は探索するだけだからな。」


リグにはセリアが相当眠そうに見えたのだろう。気を使ったようだがセリアには嫌味に聞こえたのか頬を膨らませて言い返す。


「何言ってるのよ。天界への道を調べているのに、他人任せになんてできないわ。だいたいあなた達二人じゃ不安だし。」


一番危なっかしいのは君だ。と言いそうになって言葉を飲むカイル。

余計なことを言ってうるさくするわけにもいかない。とりあえず黙って剣を腰に携える。

言い返してこないカイルを見て、言い負かしたと思ったのだろう。得意げな顔をしながらケープを羽織っていた。


・・・なんかムカつく。

思わず目つきが悪くなってしまう。

セリアはそんなカイルの姿を見て、言い過ぎたかと勝手にフォローしていた。


「別にあなた達が頼りないってわけじゃないのよ。自分の問題は自分で解決したいだけ。」


そんな言葉にリグが真面目に返す。


「俺達は君を天界に帰す為に旅をしてきた。責任感が強いことを悪いとは言わないが、一人で抱え込まず少しは俺達を頼ってくれ。」

「だからそんなつもりじゃ・・・。あ~もう!悪かったわよ!」


あからさまに不機嫌な態度で身支度を進めるセリア。その様子にリグは困惑しているようだった。


「セリアはなぜ怒っているんだ?」


小声でカイルに尋ねる。


「ケーキが食べられなかったからさ。」


とりあえずそう答えておいた。


「ケーキ・・・?」


よくわからないといった顔をするリグ。


「なに二人でコソコソ話してるの?」


気が付くと身支度を終えたセリアが傍で睨んでいた。


「なんでもないよ。とりあえず行こう。」


三人は受付で支払いを済ませると街を出て東の森へと向かった。

夜明けはまだ先の時間帯。虫やフクロウの鳴き声が辺りに響いていた。


「暗くてよく見えないし不気味ね・・・。」


不安そうにセリアが呟く。月明りに照らされているからそこまで暗いわけではないのだが、どうやら夜目がきかないようだ。

その様子に気づいたリグが少し前を歩き出す。


「俺が先導する。カイルはセリアをサポートしてくれ。」

「わかった。」


リグを追いながらセリアの隣を歩く。すると突然マントが引っ張られた。

振り向くとセリアが僕のマントを掴んでいた。


「・・・なによ。」


恥ずかしそうにこちらを見てくる。


「いや、別に。」


セリアの手がほんの少し震えているのが伝わってきた。

もう少し素直になれば可愛いのに。


しばらく歩いて森の入り口にたどり着いた。まだ陽は昇っていないが、空は大分明るくなっていた。それでも生い茂った木々は光を遮るには十分で、中はまだ真っ暗だった。


「こ、ここに入るの?」


マントがさらに強く引っ張られる。月明りの下でさえあまり見えないセリアにとって、この森の暗さは目隠ししているのと同然なのだろう。


「カイル、地図を見せてくれ。」


リグにそう言われ、森の詳細を書き写した地図を渡す。


「・・・遺跡はほとんど真東の方向か。このくらい明るければ俺には見えるから、二人は俺の後に続いてくれ。」


リグが先導する形で森の中へ入っていった。途中枯木を踏んで音が鳴る度にセリアがビクッと体を震わせていた。


「よくこれで見えるわね。それに方向は大丈夫なの?」


暗闇に強いリグに頼りきっているにも関わらず、よくそんなことが言えたもんだ。

軽口を咎めようと思ったら、特に気にした様子も無く淡々と答える。


「俺が住んでる地底はここよりも暗い。方向なら磁石で調べながら進んでいるから安心してくれ。」


真面目な返しにセリアはただ黙ることしかできなかった。

この手のタイプにはこういう返し方が有効なようだ。


しばらく進んでいる間に陽が昇ったのだろう。辺りの景色がカイルにも見えるようになってきた。


「すっかり明るくなってきたな。これなら見えるからここから先は僕が先に進むよ。リグは少し休んでくれ。」


木漏れ日に照らされたリグの足はすっかり汚れていた。僕達が歩きやすいようにと草を踏みつけながら歩いていたのだろう。どうりで道が無い割には歩きやすいと思った。


「すまない。あともう少しだとは思うのだが。」


余計に体力を使っているのに気遣ってくる。リグらしいと言えばリグらしいのだが。


「カイルが先頭だと道に迷わないかしら。方向音痴っぽいし。」


お前はもっと気遣え。

リグは持っていた棒状の磁石をカイルに手渡す。


「これで方向を調べながら進めば、大きく逸れることはないはずだ。」

「ああ。ありがとう。」


磁石に括りつけられている糸を持って垂らしてみる。


「北がこっちだから、東はあっちか。」


鬱蒼と茂った草木の先か・・・。歩くだけでも疲れそうだ。

リグがしていたように、カイルも草を踏みつけて道を作りながら進む。


「結構きついな・・・。」


リグは平然としているが、かなり疲れているはずだ。少しでも休ませられるよう、しっかり草を踏みつけながら進んでいく。


「カイル、大丈夫か?」

「このくらいなんてことないさ。」


強がってみせるがセリアにはお見通しのようだ。


「もう息上がってるけど?」


じゃあ代われ。と心の中でツッコミつつ歩き続けた。


「そろそろ近いはずだけど・・・。」


地図を見て現在地を調べてみる。多分この辺りのはずだけど。

ふと二人の方向を見るとセリアが一方向をじっと見つめている。


「セリア、どうした?」


そんな様子に気づいたリグが声をかける。


「向こうから天界に似た匂いがするの。これは・・・雲の匂い・・・。」


そう言って北の方向に指を指した。


「少し逸れてたか?方向を確認してはいたが。」


リグは責任感からか、そんなことを言う。


「いや、この森じゃ的確に進む方が難しい。方向的には間違ってなかったんだから問題ないさ。」


カイルはリグをフォローしつつセリアに尋ねる。


「匂いがした方向はこっちだな。距離は近そうか?」

「多分ね。それに二人に任せっぱなしじゃ悪いわ。私が案内してあげる。」


そう言って勝手にさっさと進み始める。あっという間に姿が見えなくなる。


「ちょっと待てって。セリアしか方向がわからないんだぞ。」


セリアを呼び止めようとしたその時、


「きゃーーーー!」


悲鳴が森中に響き渡った。


「!、セリア⁉」


カイルとリグは声がした方へ急いで向かう。

そこには巨大な蜘蛛の巣にかかったセリアと、今にも捕食しようと人間と同じくらいな大きさの蜘蛛がセリアに近づいていく。


「い、いや!」


手足をばたつかせるものの、糸から逃れることができない。

節くれだった脚が八本、ぎしぎしと音を立てながらセリアを囲むように迫っていた。


「させるか!」


カイルは剣を抜き蜘蛛に斬りかかった。殺気に気づいた蜘蛛は斬撃をかわして高い位置へと逃れる。セリアと距離ができた隙にリグが短刀で素早くセリアにまとわりつく糸を切った。


「んべっ!」


突然拘束が解けたセリアが顔面から落ちていた。


「セリア、大丈夫か。」

「ぺっぺっ!もうちょっと優しく助けてよ!」


どうやら大丈夫のようだ。カイルはこのまま逃げようと距離をとろうとしたが、足がなにかに引っ張られる。足元を見ると糸がくっついていた。


「くっ!しまった!」


飛びかかった拍子に糸が足に触れてしまったようだ。まるで瞬間接着剤を付けたように全く剥がれない。上を見ると今度はカイルを捕食しようと蜘蛛が襲い掛かってきた。


「このぉ!」


蜘蛛に向かって剣を突きさす。しかし剣先に噛みついて動きを封じられた。


「カイル!」


リグが助けようと斬りかかろうとしたその時、セリアの声が響いた。


「二人とも伏せて!」


セリアの翼が光り突き出した手に光が集まっていた。

二人が屈んだ瞬間、手に集めた光が雷の如く蜘蛛の体を突き抜けた。


「キシャァァァァァ!」


蜘蛛は叫びをあげた。焦げた臭いが森に漂い、巨大な体が痙攣しながら巣から転げ落ちた。


「うわあ!」


頭上に落ちてきた蜘蛛を間一髪かわすカイル。蜘蛛はピクッピクッと数回痙攣した後、全く動かなくなった。


「た、助かった・・・。」


緊張が解けてどっと気が抜けた。一息ついて立ち上がろうとするが、蜘蛛を避けた時に蜘蛛の巣へ突っ込んだようだ。体のあちこちに糸がくっついて身動きがとれない。


「カイル、大丈夫か?」


リグが近づいてきて短刀で体に纏わりついた糸を切ってくれた。体を起こして蜘蛛を見る。光が突き抜けた場所は穴が開いていて焦げ付いていた。

見たこともない力に改めてセリアは天使なんだなと感じた。助けてくれた礼を言おうとセリアへ歩み寄る。


「ありがとう助かったよ。」


しかしセリアは息も絶え絶えに俯いている。


「セリア?」

「はぁ・・・はぁ・・・。」


顔を覗き込むと汗を大量に掻いていた。如何にも疲労困憊といった感じだ。

糸のついた短刀を土でふき取ってリグもこちらにやってくる。


「セリア、大丈夫か?」

「だ、大丈夫・・・。ちょっと魔法で体力を使い過ぎただけだから・・・。」


セリアは苦しそうにしながらも気丈に振舞う。

しかしすぐに動けそうには見えない。


「とりあえず水分を摂ったほうがいい。」


そう言ってカイルは水筒を取り出して渡す。セリアは「ありがと」と小さく言ってゆっくり飲んだ。


「どうする?少し休むか?」


リグがカイルに尋ねる。しかしこれ以上時間がかかると今度は日差しでリグが苦しくなるだろう。それに陽が沈む前にはこの森から抜けないと、暗くなってからさっきの蜘蛛みたいに襲われてしまっては危険だ。


「歩けるか?」


セリアに尋ねてみる。


「ごめん・・・。ちょっときついかも・・・。」


さすがに無理か。それならこうするしかないか。

カイルはセリアの前に背を向けて屈んだ。


「僕が負ぶっていくよ。リグ、悪いけどまた先に歩いてくれるか。」

「わかった。」


二人のやりとりを聞いてセリアは申し訳なさそうに手を振る。


「そんな悪いわよ。それに少し休んだら大丈夫だと思うから。」

「気にするなって。それに助けてもらったんだから、これくらいさせてくれ。」


少し悩んだ後、おずおずと覆いかぶさるようにカイルの首に手を回した。

カイルはセリアが落ちないように膝の裏に手を入れて立ち上がった。


「・・・。」


思った以上に軽い。それに密着してわかったが、着痩せするタイプかと思ったけど、純粋に無かったようだ。


「変なこと考えてないでしょうね。」

「考えてない考えてない。」


疲れてても勘は相変わらず鋭かった。


リグは無言で草を踏みつけながら歩き出す。

僕も彼の後を追って歩き出した。

木々の隙間から朝の光が差し込んで、少しだけ道が明るく見えた。

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