【第四章:街と赤い目と翼】
カイルの村から半日ほど歩いた先にある中央都市。それは地上最大の人口を誇る文明の拠点。石造りの街並みと煉瓦色の屋根、陽の光を反射する高い塔。ここには各村から商売をしに来る者、出稼ぎに来る者、遊びに来る者など沢山の人が往来している。街を縦断するように一直線に続く大通りには屋台が並び特産品や農産物など様々な物が売られていた。
「すごい人だな・・・。」
リグにとってこれだけの人混みは見たことがないのだろう。珍しく辺りを見渡すように歩いていた。
「僕達も買い出しでしか来ないからね。いつ見ても凄い人の波だ。」
カイルは村長から教えてもらった図書院を探した。話によれば大通りから外れた裏路地の方にあるってことだけど、街の広さを考えれば闇雲に探すよりも街の人に聞いてみた方が早そうだ。
「とりあえず図書院の場所を聞いてくるよ。二人ともはぐれないように・・・ってあれ?セリアは?」
カイルとリグが人混みに気を取られている間にセリアの姿が消えていた。
「いつの間に・・・。とにかく翼の存在に気づかれたらまずい。手分けして探さないと。」
焦るカイルにリグが冷静に諭す。
「さっきまで一緒にいたんだ。そう遠くへは行ってないだろう。それに土地勘の無い俺が動き回ったら俺まではぐれてしまう。」
その言葉にカイルは落ち着こうと深呼吸をしてから辺りを見渡した。変わった恰好をしているんだ。すぐ見つかるはず。
「・・・ん?」
屋台の一角にそれらしき人影が見えた。黒いケープから白いローブが覗いている。間違いない。どうやら服を売っているお店のようだ。近づくとあれこれ服を見ているようだった。
「セリア!勝手に動き回るなって!」
カイルの声にセリアが振り向いた。
「カイル見て見て!綺麗な服がいっぱい!」
こちらの注意も聞かずにはしゃいでいる。天使といってもただの少女にしか思えない姿にカイルはため息をつくしかなかった。
「今は図書院を探すのが先だろう。買い物は落ち着いてからすればいいじゃないか。」
「だってどうせなら綺麗なものを着たいじゃない。持ってる服は全部白一色だったから、こういう色とりどりの服って憧れるのよね。」
カイルは「後で」とセリアの手を引っ張って店から離れようとする。セリアは「もうちょっとだけ」と抵抗してくる。そんなやりとりをしていると店主のおばさんから声をかけられた。
「あんた達、図書院を探してるのかい?」
「あ、はい。僕たちは歴史の勉強をしていまして。ここの図書院なら古書とかあるから色々調べられると聞いて探していたんです。」
「ほんと嘘がすぐ思いつくんだから。」
耳元で嫌味を言ってくるセリアはほっといて店主のおばさんに図書院の場所を聞いてみた。
「若いのに勉強熱心ね。図書院ならこの先3つ目の角を左に曲がった奥にあるわよ。」
「ありがとうございます。早速行ってみます。」
まだ服を見たかったセリアはむくれていた。そんなセリアに店主は優しく語りかける。
「この店は夕刻までは開けているわ。用事が済んだらまたいらっしゃい。」
セリアは頷くと渋々カイルについていった。待っていたリグと合流して教えてもらった図書院へ向かうのだった。
大通りから路地を抜け、三つ目の角を曲がった先にそれはあった。
周囲には背の高い石造りの建物が並び、どれも新しく改修されたように光沢のある窓と洗練された造形を誇っていた。
その中にぽつんと取り残されたように建っている、周囲の建造物により陽は遮られ、くすんだ木製の扉と剥げかけた漆喰の壁。そこが図書院だった。周囲の喧騒が嘘のように、その建物だけが時間の外に存在しているかのようだった。
「・・・これ?」
セリアが目の前の建物を見つめながらつぶやく。
「教えてもらった場所は間違いなくここだし、これなんだろうな。」
言いながらカイルも呆然と見つめる。他の建物はとても綺麗な作りなのに、図書院という立派な名前にとても似合わない寂れた建物だった。
とりあえず入ってみよう。カイルは軋む音を立てて見た目よりも重い扉を開けた。その瞬間中からは古びた空気に混じって埃の匂いが漂い、思わず袖で鼻を塞ぐ。セリアも不快そうに両手で口元を覆っていた。それに対しリグは平然としている。
「リグはこの匂いが平気なのか?」
「地底世界の空気に似ている。匂いが同じってわけじゃないが不快ではない。」
リグの言葉にセリアは理解しがたい表情でリグを凝視していた。
「なんで平気なのよ。天界じゃこんな空気の悪い所なんて無いわ。」
「そんなことより見ろ。この中から必要な書物を探すのか?」
リグに言われて中を見渡す。そこには壁一面に置かれた本棚が天井近くまで積み上げられていた。本棚にはびっしりと本が詰まっていて、数えきれない程の数となっていた。
「うわぁ・・・。」
思わず声が漏れた。この中から探すにはさすがに骨が折れそうだ。探し方に悩んでいると、不意に誰かの視線を感じた。
その瞬間、薄暗がりから静かな声が聞こえてきた。
「ここに客人とは珍しいのう。何を探しにきたんじゃ?」
声のした方を向くとそこには立派な白髭を生やした老人が立っていた。
カイルはお得意の話術で老人に話しかけた。
「僕達は天界の歴史について調べていまして。昔、天界と地上が繋がっていたという諸説を確かめに来ました。」
老人はカイルの話を聞くと古書の在りかを教えてくれた。
「天界と地上の歴史については東側の3段目の本棚にまとめてある。書物を調べたければそこのはしごを使って取るがよい。」
「ありがとうございます!」
カイルは老人に礼を言うと立てかけてあったはしごを持って東側の棚へ向かった。セリアもカイルを手伝う為、後に続いていった。リグは二人を見送ると入り口付近の窓辺に佇んだ。そんな彼に老人が声をかける。
「お主、地底の者か?」
老人の突然の問いにリグはマントの内側にある短刀に手を添え身構える。
しかし老人は笑いながらリグに語り掛けた。
「はっはっはっ。そう警戒せんでええ。わしのような古びた蔵書と付き合ってきた身には、においでわかるわい。」
老人の言葉にリグは警戒をしたまま問い返す。
「地底人に会ったことがあるのか?」
「いや、わしは見たことはない。じゃがここをどこだと思っておる。わしはここで50年以上書物で歴史を調べておるのじゃ。会ったことが無くともお主らのことは誰よりも知っているつもりじゃ。」
老人が敵意をもって話しかけているわけではないと感じたリグは警戒を解く。その様子に老人はふっと微笑み続けた。
「お主たち地底人はやはり古文書の通りのようだ。やはり忌み嫌われた理由は後から付け加えられたもののようだな。」
老人の言葉にリグは食いついた。
「俺達がなぜ悪魔と呼ばれるようになったのかも知っているのか?」
「それを知りたければお主も彼らみたいに調べてみることじゃ。お主が答えを求める限り真実は逃げたりはせんよ。」
幼い頃カイルの両親から敵意を向けられて以来、自分達地底民がなぜこうも嫌われているのか、疑問に思って誰に聞いても答えはわからなかった。もしかしたらこの老人のように村の長老も知っていてあえて教えてくれなかったのかもしれない。セリアを天界へ帰す為という目的でカイル達についてきたが、リグもまたこの旅の中で自分達がなぜ地底に住むようになったのか、答えをみつけてみたいと思い始めていた。
考え込んでる姿をみて老人はカイル達が探し物をしている本棚の向かい側を指差した。
「もし興味があるならあそこに地底人についてまとめた古書がある。読んでみるか?」
老人の問いにリグは首を振る。
「地底には文字を読むという習慣はない。何が書かれていても理解はできない。それに今は天界について調べることが先だ。」
「そこの天使の女子の為にか?」
なぜ知っているのかと思わず老人を見た。驚いた表情をしたリグを見て老人は得意げに笑む。
「言うたろう。翼を隠そうとも、わしにはにおいでわかる。」
この老人に隠し事など無駄だと思えた。ならば直接聞いた方が早いのではないか。リグは思い切って聞いてみることにした。
「セリアが天界に帰る為の方法を探している。昔は天界と地上に何かしらの繋がりがあったことを頼りに調べているが、何か知らないか?」
リグの問いに老人は表情を変えずに淡々と語るのだった。
「答えというものは、人から与えられるものではない。自らの目で拾い、頭で磨いて、ようやく“自分のもの”になるのじゃ。聞いた相手が嘘を言っていたらどうする?それをどうやって確かめる?書物は嘘をつかんとは言わないが、少なくとも人間のように意見は変えない。ここには情報が沢山ある。沢山知って沢山考えた先に答えがあるじゃろう。」
老人の言葉は、まるで岩に染み込む水のように静かに胸に残った。
情報は与えられるものではない。自分で手に取り考えるもの。
「・・・分かった。」
リグがそう呟いた時、カイルの足音が近づいてきた。
「リグ、やっとそれらしき書面を見つけたよ。」
手には一冊の本が握られていた。カイルは本を床に置くとページをめくり図の書かれた箇所を開いて見せてきた。開かれたページには、天に向かって立つ巨大な石柱と、宙を舞うような人物が描かれていた。見せられてもよくわからないといった表情をするリグにカイルは説明を始めた。
「これによると昔、天界と地上を繋いだといわれる遺跡がどこかにあるみたいなんだ。ただ歴史の話ばかりで場所とか細かいことまでは書かれてないから、別の本も調べてみる必要がありそうだ。とりあえずもう一回調べてみるよ。」
カイルが再び本棚へ向かおうとしたとき、老人が話しかけてきた。
「ここから北東の森の中にある遺跡はその昔、地上の民が天界に願いを伝える為の儀式が行われていたと云われておる。おそらくそこにお主たちが求める答えがあるかもしれん。」
「えっ?」
老人の突然の言葉にキョトンとするリグ。さっき答えは自分で探せと言っていたのにと考えた表情を見透かされたのだろう。老人はひょひょひょと笑いながら続ける。
「“答え”など言っておらん。わしはあくまで“可能性”を語っただけじゃ。」
睨みあう老人とリグの様子にカイルは訝しげに二人を見た。
「えっと・・・リグ、色々聞いてくれてた?もしかして何か教えてもらっているのか?」
カイルの問いにリグは首を振る。
「聞くには聞いたが、答えは自分達で探せと言われた。」
「そうか。でも遺跡の在りかがわかっただけでも助かったよ。本の数が多すぎて調べるだけでも苦労してたから。」
カイルと喋っていてふと思った。そういえばセリアは?一緒に手伝っていたはずだが。
リグの視線が本棚に移った姿にカイルは察して本棚に掛けられたはしごを指した。
「セリアならあそこで本を読み漁ってる。」
見るとはしごの頂上で器用に座って本を読んでいる。
カイルは呼び戻そうと声をかけた。
「セリア!とりあえず調べものは終わったから戻ってこいよ!」
しかし本に夢中になっていて気付かない。ページをめくるたびに表情がころころ変わる。驚いたり、笑ったり、首を傾げたり。まるで絵本を読む子どものようだった。もう一度呼びかけようとしたカイルを制してリグははしごに近づき、軽くはしごを揺らした。
「きゃ!」
短い悲鳴を上げてセリアは下にいるリグを睨んだ。
「ちょっと!危ないじゃない!」
「調べものは終わったそうだ。移動するから降りてこい。」
淡々と語るリグにセリアは不満をぶつける。
「ちょっとくらい私にも読ませてよ!飛べるからって散々手伝わせたくせに!」
セリアの言葉にカイルは焦った。天使とバレたらどうするんだ。思わず老人の方を見たが表情を変えずにセリアを見ていた。その様子にリグが「落ち着け」と声をかけた。
「この老人は知っている。俺が地底人だということも、セリアが天界人だということも。」
「えっ、本当ですか?」
カイルの問いに老人は答えず、ただニッと笑うだけだった。
そんなやりとりをしているとセリアがはしごから降りてきていた。
「もう!服は見せてくれないし、本は見せてくれないし、少しくらい楽しませてくれたっていいじゃない。」
むくれるセリアに老人は優しく語り掛けた。
「天界がどんな世界かは知らんが、地上世界も意外と面白いもんじゃろう。」
「そーなのよ。見たことのない物とか話がいっぱいで・・・」
言いかけてハッとする。次の瞬間、セリアはまるで時間が止まったかのように動きを止めた。目が泳ぎ、ゆっくりとカイルを見たあと、リグへ視線を移す。天界人だと知られたら取り囲まれてしまうからと隠してきたのに。バレてることに気づいて固まるセリアを見てリグは笑いが堪えられなかった。カイルはセリアに大丈夫だと声をかけた。
「どうやらリグやセリアの正体を知っていたみたいなんだ。こんなことなら最初から直接聞いておけばよかったよ。」
「いや、聞いたところで答えは自分で調べろと言われるだけだ。」
リグがらしからぬ嫌味を言う。僕等が調べものをしている間に何かしらのやりとりがあったようだ。老人はリグの言葉を気にする様子もなく穏やかな笑みで三人に話しかけた。
「もしまたわからん事ができたならここに来るがよい。次はお茶くらいは御馳走しよう。」
「色々教えていただきありがとうございました。」
カイルは礼を言うと出口へと向かった。異種族の二人もカイルに続いて老人に頭を下げるとカイルの後を追って出口へと向かった。
外に出ると、一瞬目が眩んだ。ずっと薄暗い図書院の中にいたせいか、茜色に染まる空がやけに眩しく感じた。
街は昼間ほどの賑わいはなく、静けさがじわじわと広がっていた。
「全然陽があたらないから気づかなかったけど、もう夕方だったのか。」
カイルが呟くと突然セリアが声をあげた。
「あっ!服屋が閉まっちゃう!」
何を言い出すかと思えば図書院に行く前に夢中になっていた服屋を気にしていたようだった。しかし今日はもう遅いから明日の朝に北東の森へ遺跡を探しに行かねばならない。その為にも宿を探しておきたかった。
「とりあえず宿を探さないと。野宿なんて嫌だろ?」
カイルにそう言われてもセリアは引き下がらなかった。
「でもおばさんだって用事が済んだらおいでって言ってたんだから、私が来るのを待ってたら悪いわ。」
散々我慢させたせいか、セリアは譲ってくれない。困っているとリグが間に立った。
「俺がセリアを見張っておく。カイルは宿を探してくれないか。カイルが戻るまでは服屋の前で待っておくよ。」
「・・・わかった。じゃあセリアを頼むよ。」
「何よ!子守みたいに・・・」
リグは騒ぐセリアを宥めながら背中を押して服屋へ向かっていった。
カイルは宿屋を探して街を歩いた。途中通行人に聞いてみると、程なくして宿屋をみつけた。中に入って受付の男性に空室はあるかと聞いてみた。
「今は二人部屋しか空いていませんね。・・・ああ、一人はソファでもいいなら。」
そう言って受付の男性が少し申し訳なさそうに笑った。
「それで構いません。お願いします。」
カイルは少しだけ気まずそうに答えた。
とりあえず宿は確保できた。まあ自分がソファーで寝ればいいかと思いながらカイルは二人の元へ向かった。
その頃リグは服屋で品定めをしているセリアを見守っていた。
「う~ん、デザインはいいんだけど色がなぁ・・・。」
次々と服を取っては鏡の前で服を当てている。いつまで経っても決まる気配がない。
「なに着ても似合うから気に入った物を買えばいいじゃないか。」
リグの言葉にセリアはムッとする。
「そんな簡単に決められないの!今の服とも合わせないと色合いがおかしくなっちゃうんだから!」
そろそろ閉店時間だというのに、店主に申し訳ないと思わないのか。リグはそう思ったものの、これ以上余計なことを言えばかえって時間がかかってしまうかもしれない。ため息をつきながらセリアが満足するのを待つことにした。
そこに店主のおばさんが声をかけてきた。
「あんた達が最後のお客さんだろうし、ゆっくり選んでいきな。とりあえず羽織ってる物を脱いだ方が選びやすいんじゃないかい?」
そう言ってセリアのケープをめくりあげた。
「あっ。」
短くセリアが言葉を漏らす。
しまった、と思った時には遅かった。ケープが肩までめくられた瞬間、光沢のある白い翼があらわになった。
「えっ・・・。」
店主は驚き目を見開いていた。
「あ、あんた、て、天使・・様だったのかい?」
セリアの翼が夕日に照らされて、より輝いていた。それを見た通行人がセリアに気づき、近づいてくる。
「おぉ天使様だ。天使様が地上に降り立ってきた。」
通行人の言葉に周りの人もセリアに気づいて集まってきてしまった。
「天使様をお目にかかれるとは、ありがたや。」
「天使様、どうかこの国に恵みを。」
あっという間に囲まれてしまう。夕刻時で人が減っていたとはいえここは都市。カイルの村とは比べ物にならない人の数がいた。
セリアは驚きに目を見開いたまま、動けずにいた。
リグはセリアを守ろうと前に立って人々に落ち着くよう声をかける。
「待ってくれ。俺たちはただ買い物をしているだけで・・・」
「邪魔だ!どけ!」
突き飛ばされ、リグの身体がバランスを崩す。
その拍子に、顔から滑り落ちるサングラス。
夕陽が差し込む中、彼の目が露わになった。
鮮やかな、血のような赤。
「な・・・!悪魔だと?悪魔がなぜ天使様のそばにいるんだ!」
「まさか天使様を狙って?そんなことさせないぞ!」
リグに向けて怒号が飛び交う。リグは夕陽の眩しさに苦しみながら手探りでサングラスを拾い上げ着け直す。その間に今度はリグが群衆に囲まれてしまった。
「この野郎!地上に出てくるとはいい度胸だ!」
群衆の一人がリグに掴みかかってきた。リグは胸ぐらを掴もうとする手を払うと相手を突き飛ばし、後ろに飛んで距離を取る。しかし人数が多すぎる。再び囲まれてしまった。
「やめてくれ!俺は・・・、俺達は悪魔なんかじゃない!」
「うるせえ!悪魔の言うことなんか誰が信じるか!」
「害が及ぶ前に始末しちまったほうがいい!」
怒号はさらに激しさを増す。幼き日にカイルの村で浴びた罵声がリグの脳裏によぎった。なぜ俺達は何もしていないのに嫌われなくてはならないんだ。
リグは怒りに歯を食いしばり、腰の短刀に手をかけた。
カイルはそんな事が起きてるとも知らず、二人を迎えに服屋へ向かっていた。
「二人はまだ服屋にいるのかな?セリアのことだから時間かかりそうだしなあ。」
そう呟きながら歩いていると、服屋の方から騒がしい声が聞こえてきた。
その喧騒にカイルは「まさか」と走り出す。
店の前には沢山の人だかり。何かを囲うように円状になっていた。
多分この中心にリグ達がいるはずだ。すき間を縫うようにカイルは人混みの中へと突っ込んだ。
「すまない!通してくれ!」
人混みを抜けるとそこには街の人に囲まれたリグがいた。体勢を低くして短刀に手をかけている。今にも斬りかかりそうな雰囲気だった。
「やめろ!リグ!」
「!、カイル・・・。」
リグはこちらに気づくと短刀に沿えていた手を離した。
しかしそれを見た群衆の一人がリグに襲い掛かろうとする。
「この悪魔め!ぶっ潰してやる!」
「やめろ!」
カイルは襲おうとした男性に体当たりをしてリグを庇う。
「リグは悪魔なんかじゃない!話を聞いてくれ!」
叫ぶものの、罵声はカイルにも向けられた。
「なぜ悪魔を庇うんだ!貴様も仲間なのか!」
「この街を滅ぼす気か!一緒に片付けてやる!」
「違う!彼は・・・」
カイルの声は大勢の声にかき消された。このままじゃまずい。なんとかしないと、と思った瞬間後ろから声が響いた。
「静まりなさい!!」
突然のことにカイル達と街の群衆はさっきまでの喧騒が嘘のように静まり返った。
カイルが振り向くとセリアがケープを脱ぎ翼を広げて立っていた。
「・・・セリア?」
カイルが見たセリアは夕陽に照らされた翼が輝き、昔聞いていた天使の姿そのものだった。
「私は天界のセリア。そしてこの者達は私の従者です。地上の調査の命を受けてこの地に降り立ちましたが、地上世界に馴染みのない私に案内役を申し出てもらい、警護も兼ねて同行してもらっています。」
セリアの言葉にざわつく街の人たち。殺気立っていた雰囲気は動揺へと変わっていた。
そのうちの一人、リグに襲い掛かろうとした男性がセリアに疑問を投げかけた。
「しかし、そいつは悪魔と呼ばれる赤い目の男。天使様になにかあっては・・・」
言葉を遮ってセリアは続けた。
「彼は確かに地底の者。しかし私に忠誠を誓ったうえで同行してもらっています。したがって彼は天界の従者であり傷つけることは私が許しません。」
崇拝する天使からの言葉に沈黙する街の人たち。ここぞとばかりに畳みかける。
「まだこの街の調査は終わっていません。取り囲むのをやめなさい!」
さっきまでの人だかりが嘘のように散り散りになっていく。
去っていく人を見ながらリグは落ち着きを取り戻していた。
「すまない。守るはずが助けてもらったようだ。」
リグの礼にセリアは首を振る。
「いいの。私のわがままでこんなことになったのだから。」
セリアは寂しいような悲しいような、そんな表情で遠くを見ていた。
そこに店主のおばさんが声をかけてきた。
「あ、あなた天使様だったのかい。私ゃ失礼な真似をしてしまって・・・。」
「気にしてないわ。今度またゆっくり服を見させてね。」
セリアはそう言うと店から一足先に離れていく。カイルとリグは店主に頭を下げてからセリアの後を追った。
「もっと早く迎えに行くべきだった。そしたら騒ぎにならずに済んだのに。」
歩きながらカイルは二人に謝るがセリアは「そんなことないよ」と一言だけ話した。
沈黙の中歩く三人。静寂を破ったのはセリアだった。
「私ね、天界じゃ嫌われ者だった。翼が歪ってだけで皆から無視されて。リグと同じなんだ。」
突然の話に二人はセリアを黙って見つめる。セリアは遠い目をして続ける。
「ただ他の人と違うからってだけで辛い目にあって。だからあの日、皆と変わらないと証明したくて空を飛んでいたんだ。そしたら突然風に煽られて地上に落ちちゃって。」
カイルはただ黙って聞いていた。慰めの言葉も思いつかない。リグだけじゃなくセリアまで同じような経験をしていたなんて。
「でも地上じゃ皆恭しくて。天界じゃ冷たくされてるだけの存在なのに。だからあの時、リグが酷いこと言われててイラってしちゃった。私に言ってるような気がして。ただ翼があるってだけで、私が天使だなんておかしいよね。」
自傷気味に笑うセリア。涙は流れていなかったけど、泣いているような目をしていた。
「僕は天使って親とか村長から聞いたことしかなかったから、神聖な存在だと思ってたんだ。」
カイルが語りかけた。セリアはカイルを見つめる。
「でもリグの時もそうだったけど、人の話ってあんまり当てにならないんだなって思った。実際に会ったら地底人が悪い存在なんて感じなかったし、天使が神々しいなんて思わなかった。」
セリアはいつもならむくれるところだが、黙ってカイルの話を聞いていた。
「でも街の人に囲まれたときにセリアが翼を広げたのを見たら、輝いていてすごい綺麗だったんだ。あの時のセリアは誰が見ても天使だったと思うよ。」
カイルの言葉に目を丸くするセリア。少し照れているようにも見えた。
「それって普段はどう見えてるってこと?」
いたずらっぽく笑った顔でカイルを見る。さっきまでの悲しそうな顔から普段の顔に戻っていた。
「まぁ・・・普通の女の子には見えないかな。」
だからカイルもいつもみたいに皮肉で応えた。
「ひっどーい!どう見たってただの可愛い女の子でしょ!」
「自分で言うな。言ってて恥ずかしくないのか。」
そんなやりとりをしているとリグが呆れた顔をしながらカイルに尋ねた。
「とりあえず宿はこっちでいいのか?」
「いや、逆。宿はあっちだよ。」
カイルの言葉にセリアが驚いた表情で聞き返す。
「ちょっと、ずいぶん歩いて来ちゃったじゃない!なんで先に言わないのよ!」
「セリアが勝手に進むからついてきただけだって。」
「なによ!私のせいって言いたいの⁉」
人目も気にせず騒ぐ二人。リグはため息を吐きつつ割って入る。
「とにかく早く宿へ行こう。今日は色々あって疲れた。早く休みたい。」
リグの提案にカイルは申し訳なさそうに顔の前で手を合わせた。
「それなんだけどベッドが二つしかないんだ。だから一人はソファーで寝ることになる。」
「じゃあカイルがソファーね。無駄足を踏ませたんだから罰だわ。」
「勝手に決めるなよ。ここは公平にじゃんけんだろ。」
またうるさくなる二人。リグは頭を抱えながら再び間に立った。
「別に俺がソファーでも構わない。とりあえず宿に行こう。明日は朝から向かうのだろう?なら早く休むべきだ。」
二人の背中を押して宿の方向へ向かう。二人はまだ歩きながらまだ言い合っている。
リグは呆れた顔をしつつも、三人の距離が縮まったような気がしていた。
いつか誰もがこんな風に軽口を叩きあって笑いあえる日がくるのだろうか。
いつか誰もがこんな風に偏見を持たれず暮らせる日がくるのだろうか。
そんなことを考えながら宿の入口をくぐっていった。