【第二章:赤い目と白い翼】
まだ村人が深い眠りの中にいる丑三つ時。カイルは眠い目をこすりながらベッドから体を起こす。
(今日は新月だからリグは来てるよな。)
子供の頃のように剣とタオル、そしてリグへのちょっとしたプレゼントを持って小高い丘へと向かった。あれから毎日というわけにはいかないが、新月の日は必ずリグと会っていた。地上の明るさが苦手なリグにとって新月の日は地上で行動するにはうってつけだった。
丘に着くとリグが腰を掛けて空を見ていた。カイルは軽く挨拶をするとリグの隣に座った。
「リグが空を見てるなんて珍しいな。星の明かりは平気なのか?」
「あのくらいの光りなら地底にだってあるさ。蛍石を使ってるからね。ただここまで多くはないけど。」
リグと他愛ない話をする時間は、気づけば当たり前になっていた。肌や目の色が違っても、そんなことはもう関係なかった。
「地底の世界しか知らなければ星なんて存在を知ることもなかったから。世界ってこんな広かったんだなって。」
「地上に居たって同じだよ。俺は村からほとんど離れたことないから。リグと大して知識の差はないよ。」
お互いに井の中の蛙だった。意識して世界を見始めてから、当たり前だと思っていたことが当たり前じゃないことだってあると学んだ。非日常と出会った二人は遠くの星に想いを馳せるのだった。
話に夢中になっている間に東の空が赤くなってきた。もうすぐ夜が明ける。
「っと。今日はそろそろお開きだな。」
「そうだ。リグにプレゼントを持ってきたんだ。」
そう言うとカイルはリグに麻袋を渡す。
「これは?」
「中を見ればわかるよ。」
リグは言われるまま中身を出してみる。地底では見慣れぬものだった。
「なんだこれ?服?それに黒いガラス?」
「へへっ。マントとサングラスだよ。マントはフードが付いてるからしっかり日差しから守ってくれるし、サングラスは強い光から目を守るものなんだ。」
カイルに教わりながらマントを羽織り、サングラスをつけてみた。
マントは体を覆うので確かに日焼け対策には良さそうだった。サングラスも朝焼けの方向を見ると明るさが抑えられてることがよくわかった。これなら日中でも平気かもしれない。
「いいのか?貰っても。」
「買ったけど使ってなくてさ。むしろリグなら必要かなって。地上は明る過ぎるだろうからさ。」
リグは申し訳なさもあったが、カイルの厚意を無下にすることも躊躇われた。
「・・・ありがとう。大切に使わせてもらうよ。」
「うん。そうしてくれると俺も嬉しい。」
そう言って二人で笑う。
リグが「じゃあまた。」と言って立ち去ろうとしたその時、突然突風が吹き荒れた。二人は身をかがめて風から身を守る。プレゼントを入れてきた麻袋があっという間にはるか上空へと飛ばされた。
「あっ。」
リグは飛ばされた麻袋に届かないとわかっていても手を伸ばしていた。
「いいよ袋くらい。しかし凄い風だな。」
カイルはそう言って袋が飛んで行った上空を見つめる。その見つめた先の上空から何か落ちてきた。大きな白い羽だ。羽はまるでカイル達を目指すようにゆっくりと舞ってきた。
カイルは羽を捕まえた。鳥にしては随分大きい。そして白く綺麗に輝いて見えた。
指で触れると微かに温かい。羽なのに、まるで命が宿っているようだった。
「綺麗な羽だな。何の鳥だろう。」
「鳥というのは地上にいる動物なのか?地底では見たことがない。」
二人で羽をまじまじと見つめていたその時、何か上空から聞こえる。
人の叫び声・・・というか悲鳴に似た声のようだ。
カイルが何だろうと上を見た。そこには真っ白いなにかが見えたかと思うと、二人をめがけて突っ込んできた。なんか人の顔も見えるような・・・。
「きゃああああああああ!」
「えっ」
反応する暇もないまま白い何かは二人に衝突した。
ズドォン!と大きな音を立ててカイルは弾き飛ばされた。
「うわあ!」
まるでスローモーションを見てるかのようにカイルは地面を何度も転がった。
ただ転がり方が良かったのか体にはそこまで痛みは感じなかった。
それよりもリグは?もしかしたら直撃してただでは済んでいないのかもしれない。
慌ててリグの方を見るとなぜか白い翼に覆われていた。
「リグ!大丈夫か?」
するとリグではなく翼がムクっと起き上がった。正確に言うと翼ではなく翼を持った少女が。
「痛たた・・・。なによあの風は・・・。」
少女は頭を抑えながら顔を歪ませてつぶやく。
背中まで伸びた銀髪、白いローブのような服、そして背中には左右の形が違う翼が伸びていた。リグという異人種と出会っていたカイルは地上人ではないとすぐに勘付くのだった。
「・・・君は?」
「えっ、ここって・・・地上?まさか私落ちちゃったの?」
質問に答えず一人で慌てふためく少女。その時彼女の下から声がした。
「くっ、とりあえずどいてくれないか。重いって。」
リグはそう言うと少女の腰あたりを両手で持ち上げる。
きゃ、と今度は短い悲鳴を上げるも自分が人の上に乗っかっている状態にやっと気づいたようだった。
「ご、ごめんなさい。」
と言いながら少女はリグから離れた。
「せっかく貰ったマントがもう汚れちまった。サン・・なんとかは無事みたいだけど。」
リグは言いながら外れたサングラスを拾い、土を払おうと一旦マントを脱いだ。
そんな姿をみた少女はハッとした表情でリグを見ていた。
「その赤い目・・・。まさか悪魔!?なぜ?封印されてると聞いていたのに!?赤い目なんて文献でしか見たことなかったけど・・・まさか本当に存在するなんて。」
落ちてきたかと思えば今度は一人で騒ぎ出す。
リグはマントと羽織りサングラスを付け直して静かに少女を見ていた。
「悪魔って・・・。君はリグが受け止めてくれたから助かったんだろ?」
カイルは思わす少女に強い口調で詰め寄るとリグが制した。
「いいんだカイル。自分達がどう思われているかはわかってる。」
「でも・・・。」
かつて自分の親がリグを傷つけたことで過敏になり過ぎている所はあったと思う。
でも少女の怯えた目をリグに向けたことに黙ってはいられなかった。
「とりあえず悪魔って呼び方はやめてくれ。リグは大切な友人なんだ。」
「悪魔が友達って・・・。あなた正気?彼らが過去になにしたか知らないわけじゃ・・・。」
「だからやめてくれって。リグは悪魔とかそんなんじゃない。」
埒が明かないやりとりにリグが間に立つ。
「二人とも落ち着いてくれ。俺が悪魔かどうかはどうでもいいが、まず君は何者なんだ?なぜ空から落ちてきた?」
リグからの問いに少女は警戒した様子で彼を見て黙ってしまう。
リグが落ち着いているのに自分が興奮しているわけにはいかないなと感じ、カイルは落ち着こうと深呼吸をしてから少女に自分たちの事から伝えることにした。
「僕はカイル。ここから東に行った所にある村の者だ。そして彼はリグ。僕も彼が地底世界の住民だってことは知っているし、僕の村でも悪魔って言われてる。でもリグは幼馴染でかけがえのない友人なんだ。リグを悪く言うのはやめてくれ。」
カイルの話を聞いて少し落ち着きを取り戻したのか、少女は自分の事を教えてくれた。
「私はセリア。天界に住んでいるわ。でも天界を飛んでいたら突然強い風に煽られてここまで落ちてしまったの。」
そう言うとセリアという少女は空を見上げた。
「・・・戻りたくてもこの高さは飛べないわ。特に私の翼では・・・。」
セリアは背中の翼を見つめる。その翼は左が小さく右が大きい、歪な形をしていた。
「もしかしたら天界から捨てられたのかもね。こんな天使はいらないって。」
自傷気味に笑って落ち込むセリアに二人は黙ってしまう。
天界の者といえばカイル達地上民からすれば天使として昔から敬っていた存在だ。
でも現実はそこらにいる少女と何ら変わらない普通の子のようだと思えた。
カイルはリグとの出会いで異種族に対する常識に疑いを持っていた。
だから翼のある彼女をただの少女と感じ、なんとかしたいと思った彼は咄嗟に言葉がでた。
「帰りたいなら道はあるんじゃないか?リグの住む世界だって僕たちの世界と門で繋がっていたんだ。天界だって何かしら繋がるものがあっても不思議じゃない。」
カイルの言葉にセリアは首を振る。
「少なくとも天界でそんなものは見たことがないわ。」
否定するセリアにカイルは続ける。
「それはセリアが知らないだけでもしかしたら何かあるかも知れないだろ?何も調べないで判断するには早いって。」
「でも私はこの世界をよく知らないわ。どうしたら・・・。」
「だったら帰れるように僕等が手伝うよ。いいだろリグ?」
「!?」
突然のカイルの提案に驚愕するリグ。
「何を考えているんだ。地底世界の住民は他の世界じゃ悪魔扱いなんだぞ。そんな奴に何をしろと。」
「大丈夫だって。マントとサングラスで地底人の特徴は隠れるし、人手は多いに越したことはないだろ?」
「そんな簡単な話じゃないだろう。」
二人のやりとりを見ていたセリアは申し訳なさそうに両手を前に振る。
「そんなこと頼めないわ。それに落ちたのは私の責任なのだから自分でなんとかしないと。」
「どうやって?」
「それは・・・。」
カイルの問いに言葉が詰まるセリア。今度はリグが口を挿む。
「俺も地上のことは良く知らないがカイルならある程度知っているのだろう?だったら頼った方がいいんじゃないか?」
「でも・・・。」
煮え切らないセリアにカイルはさらに畳みかける。
「とにかく地上には色んな資料もあるんだ。もしかしたらそこにヒントが隠されているかもしれないだろ。困った時はお互い様なんだから任せとけって。」
しばらく考えた後、セリアは意を決したようにカイルを向き、
「その・・・お願いできますか?」と小さくカイルに伝えた。
「うん。とりあえず頑張ってみるよ。なっリグ。」
「だから勝手に俺を巻き込むなって。」
「じゃあリグは助けてくれないのか?」
「あぁもうわかったよ。ただ手伝える範囲だけだからな。」
二人のやりとりをみて思わずほほ笑むセリア。
こうして三種族の旅が始まるのだった。