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発見

少し短いですが。

焼香の香りが漂うようになったオートロックの5LDKの角部屋。ほんの一ヶ月前にレンの子どもに会いに来た時は、夕食の香りと双子の子供の笑い声が部屋を埋め尽くしていた。

今あるのは、子どもたちの茫然とした表情で一枚の写真を見ている静寂だった。その静寂を纏っているのは、子供が見ている写真と…その写真の前に置かれている新緑色の五人掛けLソファーに座っている一人の女性だった。先ほど家へと迎え入れてくれた女性はリビングへと案内してくれたと同時に倒れ込むかのようにソファーへと腰を下ろし、どこを見ているかもわからないまま陰をまとい微笑んだ。

「なんで、レン、なんでしょうね…」

そう呟き微笑みは過去へと戻っていった。


数週間前、レンは死んだ。


なんの前兆もなく突然。それも当たり前だ、赤信号を無視して突っ込んできた車に横から追突され病院に搬送される前に現場で死亡が確認された。レンの車に残っていたドラレコを見ると、孝之側には一切の非はなくほぼ相手が悪いことが警察にこっそり伝えてもらった。明らかに加害者側の過失であると。強いてタカユキ側の非をあげるとするならば突っ込んでくるかもしれないことを予測することくらいだったらしい、だがしかしそれはたらればであり、どのような目線で見ても加害者側の実刑判決は免れる余地はなく有罪は確定していると、球団付の弁護士が冷静に語っていた。

なぜなのだろうか、なぜレンが事故に巻き込まれなければいけないのか。その事故があった後ずっと頭から離れずにその疑問が脳内を支配し続けている。

考えがうまくまとまらず、どうやって声をかけるのがせいかいのなのだろうか、どうすればほんの少しでもソファーにクッションを抱えながら深く深く腰掛けている女性、レンの妻、ユキナさんや子どもたちの気持ちを前に向けれることができるのだろうか。いや、そもそも今声をかけて気持ちを前に向けることが正解なのだろうか、おとなしく何もしないことが正解なのだろうか。三人に目を向けてただひたすらに悩み続ける。どのくらいそうしていたのかはわからない、数秒なのか数分なのか。しかし体感は30分以上は経過していた、悩んだ末に出た言葉は

「レンの部屋に、行ってもいいですか」

「あ、はい…窓を開けておいてくれますか?今の自分にはどうしても開ける勇気が出なくて、怖くて…」

「わかりました、私はやっておきます」

「ありがとうございます…」

その場から逃げるための言葉だった。もしさらに気持ちを落ち込ませてしまったら?もしさらに傷つけてしまった?そう考えると今の自分には三人を慰めるための言葉は出せなかった。だから俺はレンの部屋に逃げた、リビングに三人くっついているのを尻目に。


二人通れるくらいの廊下を進み、幾度となく出入りしてたくさん騒いで語り合ったレンの部屋のドアを慎重に開ける。俺を出迎えたのはカーテンに覆われて隙間から太陽が照らす光が作る薄暗闇と、グローブに使われている革の手入れ剤の香りと部屋の隅に置かれている木製バットの柔らかい木の香り。そしてその後ろから押し寄せる籠った暑さと匂いが混じった空気。扉の横にある電気をつけると、机の上にはいつも置かれている野球道具や週刊野球雑誌などなく二本のシャーペンと一つの大きい白色で開封済みの封筒が雑に置かれていた。封筒からほんのわずかに中に入っているであろう紙が見えているがそれが何かはわからない。見たくなる気持ちを抑え、机の横にある窓を開けるために部屋に足を踏み入れる。一歩歩くたびに籠った匂いが自分にまとわりついていくのがわかる。そしてカーテンを開けて窓の鍵を外して勢いよく開け放つと、一気に新しい空気が自分を押し退けながら部屋を制していく。古く暑い物悲しげな空間が吹き飛ばされていく、すると封筒が風に煽られて机からシャーペンを巻き込んで中身をぶちまけながら落ちる慌てて中身を拾おうと屈んで中に入っていた紙の束だっただろうものを集める。紙をなんとなく集めているとふと一枚に目が留まる。それは設計書、というよりかは一枚の写真に近かった。それはとても見たことがあり事細かに細部まで拘りが施されているであろうもの。


__キャッチャーグローブがそこには描かれていた。


あまりにも気になり、持っていた紙の束を集めたのにも関わらずまた床に広げ書類を一つずつ確認するとグローブのことに関する情報が全て書かれていた。そしてさらにその書類の中には手書きの紙がありそこには俺の名前があるのがパッと見でわかった。内容を震える手で紙を持って読み進めると、「…今回ご依頼頂きましたキャッチャーグローブは齋藤孝之さんの誕生日プレゼントということで制作させていただいております。正直なところプロではない選手にこれまでのこだわりを持って作られているのが驚きではありますが…」と綴られていた。まだまだ文章は続くが一つの単語に目を奪われた。

「誕生日、プレゼント…?」

思わず声が出てしまったが、そのつぶやきは紙に吸われてまるでなかったかのようにされてしまった。ふと何かを感じて顔を上げると机の裏が目に入った。そこには一見なにもないように見えるがよく見ると不自然な四角形があった。気になって椅子を退けて机の下に潜り込んで、その四角形を押し込んでみるとカパッという小気味のいい音がして木の板が外れる。外れた拍子に少し古びたノートが一冊落ちてくる。表紙には特に何もなく、開いてみると最初のページの上部には「やりたいこと」と書かれておりその下には数多くの文章とそれに引かれる二重線があった。ページを捲っていくと、「タカユキと甲子園優勝する」や「プロでは初勝利を挙げてヒーローインタビューされる」だったりに二重線が引かれていた。どんどんとページを進めると最後のページに二重線が引かれていない文章がいくつかあった。

それは「日本シリーズで登板して日本一になる」、「幸せな家庭を作り続ける」、「子どもの成長を見届ける」と書かれていた。相変わらず平和で家族思いなことだと感心しつつ、ページを抑えてる右手に違和感を感じ次のページに進むとそこには少し小さな紙切れがあった。


そこにはただ簡素に、そして僅かに濡れた跡と共に一文が残されていた。


「夢と家族を託した」


外には冬の終わりを告げる足音がリズミカルな新緑の音と共に飛んでいた。

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