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起源

連載版久しぶりです、できるかどうかわかんないのです。

六月下旬の土曜日。

懐かしき二日連続の晴天の日。

一本のソメイヨシノの木陰に座り込む墓石がそこにあった。そのそばには墓石に背を預けて本を片手に目を閉じながら過去を振り返っている男が座っていた。墓石には過度の装飾はなく名前が彫られておりその真下には四本のツルニチニチソウと二枚の写真が置かれていた。正確には三本のツルニチニチソウと一枚、そして一枚の写真とツルニチニチソウに分かれていた。

 三本のツルニチニチソウに置かれている写真には、二人の小さい子どもを抱き上げた口角を目一杯あげて幸せそうに写る男とそれを見て口を抑えて笑っている女が。もう一方の写真には、観客のいないスタジアムの中1枚のユニフォームを着てカメラに背を向けてマウンドに膝をついて座り込む男がいた。墓石に背を預けている男に似たような男がそのユニフォームを着ており、その写真に写り込んでいるユニフォームの背ネームと石に刻まれている名前が奇しくも同じ名字だった。


葉々が擦れる音がゆったりと木霊し花が揺れ、その揺れが収まると同時に一歩一歩近づく足音が今度はやってくる。

「…タカユキさん、ここにいらっしゃったんですね」

墓石に近づきながら声をかける女性。足音の主は、写真に口を抑えながらも男に親愛の情を向ける目をしていた女性だった。声に気づいたタカユキと呼ばれた男が眩しそうに目を開けて声の方に顔を向ける。

「そうですね、なんか結局ここが1番好きで」

「同じくそうです、でもお昼ご飯をすっぽかすのはやめていただけます?」

「それはすいません、すぐに行きます」

「早くしてくださいよ?子どもたちが待ち侘びてるんですから…」

「あの子たちあいつに似てて食い意地張りすぎなんですよ、どうせ今頃待ちきれず食べ始めてますよ」

「それもそうですね」

男が笑いながら言うと女性は呆れたかのように笑いほんの一瞬だけ墓石に目をやる。そこに写るものにはタカユキに向ける目とは異なるなにかを含んでいた。それを柔らかく笑い認めたタカユキはすぐに本を閉じ立ち上がる。少しだけしわになったシャツのシワをゆっくりと伸ばして女性に目を合わせる。

「…ユキナさん、参りましょうか」

「そうですね、冷めないうちにいただきましょうか」

「今日のお昼はなんですか?」

「マリナに手伝ってもらった餃子ですね」

「おぉ〜、大丈夫っすかねなんか変なもの入れてないといいんですけど…」

二人の間に流れる空気は整えられた庭園のように穏やかで、ツルニチニチソウは珍しく快晴な空の下で風に吹かれていた。

その花が芽吹くもっと前のことを風はゆらりと靡かせる。

♦︎

額から溢れる汗が甲子園球場独特の黒土に彼が汗を拭うたびに降り注ぐ。

彼が目を向ける先十八メートルと腕の長さ一本分のところに格子状のマスクを被った男が腰を浮かせて座っていた。

二人の背に刻まれてる文字はは「1」と「2」。

「2」を背負った男は目に刺さる眩い光を浴びながらも、二人の間にいる我々の着ている服とは異なる色とデザインを着た鋭い眼光を「1」を背負う男に当てつける金属製の棒を持つ青年を、如何にして彼の燃え上がる闘志を打ち砕くか思案していた。

 彼らがいる場所は、八月の甲子園球場。吹奏楽部の演奏と観客の応援や歓声が嫌でも耳に入るような盛り上がりを見せている。高校野球の全国大会、甲子園。高校球児の過半数以上が一度は夢を見ている夢の舞台で、辿り着くまでには実力と練習と強大な運命力を必要とするために夢をみるほとんどが潰えるような代物。

 そんな舞台に今「1」と「2」が立っている。「1」を背負う男が黒色のグローブから少しだけ土にまみれた白球を、彼の右腕がバネのようにしならせながらその白球を中指の爪先から送り出す。その白球の行方は「2」を背負う男が持つ紺色のグローブに吸い寄せられる。しかし、その二人の間にいる青年が金属の棒を、金属バットを白球の行先を邪魔せんとグローブと白球の間に割って入ろうとする…バットとグローブと白球は全てが一直線に繋がっていた。その瞬間、白球はまるで意志を持つかのようにバットの下を通り抜けてグローブに収まった。乾いた音と同時に「2」を背負う後ろの男性がアウトを宣告する。闘志を纏った男が呆然としたような様子でゆっくりと同じ服を着た同志の元へ帰る。同じくして「1」と「2」は小走りで二人の同じユニフォームを着たチームメイトの元へ向かう。

「よし、とりあえず今日のフォークボールはわりかし使えるな…、あとはコーナーへのコントロールなんだよ」

「タカユキごめんて〜さっきのヒットは完全に狙い通り行かなかった俺が悪いけどそのあとちゃんと抑えたやん!」

「レンさぁ…あの時腕の角度ミスってたからだ、少し右にずれてた」

「え?マジで?タカユキがそう言うならそうか」

レンとタカユキ。「1」を背負う男…投手の柏木怜(レン)、そして「2」を背負う男…捕手の齋藤孝之(タカユキ)、彼らは中学からの同級生であり親友。そんな二人が共に甲子園の舞台に立っていることは奇跡であり必然であった。

 中学時代に出会った彼らは、当初レンが野球部へと入学と同時に入部しタカユキは部活に入らず自由気ままな生活を送っていた。けれども5月の下旬、野球部が使っていたボールが金属のフェンスと頑丈に作られたスポーツ用のネットを潜り抜け校外へと転がり出てしまった時、その先には偶然にもタカユキがおりなんの考えもなくそのボールを拾い野球部の元へ返球した。その球筋を見たレンはフェンスやネットに視界が邪魔されて投げたタカユキが見えず、唯一見えたバックについていた黄色のキーホルダーをもとに学校中を探し回りタカユキを見つけ勧誘した。入部までいくらかの騒動はあったもののそこから二人はバッテリーとして部内だけでなく全国的に活躍し出した。そしてその二人は高校でも同じ道を歩み、強豪校ではあるものの甲子園常連ではなく県大会で惜しくも敗れてしまうような学校へと進学し入学直後から一年生ながらもスタメンへと昇格した。そして高校三年生になった二人を率いたチームは、県大会を高校史上初めて突破し甲子園へと駒を進め現在決勝戦の終盤へと差し掛かっていた。

「コントロールは正直問題視してない、このレベルの荒れ具合ならよくあるからな。けど初戦の投球は言っちゃなんだが目も当てられん内容だしキャッチャーとしてもど真ん中に構えてるのに勝手に脇に逸れて行きやがったからヒヤヒヤしたな」

「ちょっとその話やめて〜!ほんまにあれは俺の人生史上ワーストスリーに入るくらいカスみたいな内容だったから!!」

タカユキはキャッチャーとしての防具を脱ぎいそいそと次の回で打順が回ってくるためにバッターとしての準備を始める。それを横目に水筒の中身をちびちびと飲みながらたまにタカユキに泣きつくレン。この光景はもはや部内ではいつものことであり、またかという視線を向けて呆れる部員。抱きつかれるタカユキも満更ではないため、微笑ましくはある…ここが甲子園の決勝であることを除けばだが。緊張感というものが彼らの中に存在していないように感じられる、しかしそれこそが地方大会止まりだった彼らを甲子園まで連れて行けたのかもしれない。

…タカユキたちの攻撃が終わり、守備につくキャプテンである彼率いる桃山高校。タカユキはホームベースへと走りゆっくりと腰をおろす。そして右手で握り拳を作り太ももを二回軽く叩く。その時、彼の表情は春の桜が舞い散るような朗らかさから一転し冬の北の大地が纏う凍てついた氷柱のような厳しい面持ちへと変化した。その表情は気温が四十を超えるかどうかのせめぎあいの中でも確固として溶けずにそこにあった。

そして相手の高校の一人が、すでに黒土の上に立って右肩をストレッチしてたレンと目を瞑って思案しているタカユキとの間に白線で区切られた長方形の枠の中に足を踏み入れる。

土の踏む音と観客の声援が先ほどよりも大きくなったことでタカユキは目を開けレンへと次に投げる球のサインを出す。

そしてレンがいつもと同じフォームで白球を右手から勢いよく投げた。

♦︎

懐かしき高校時代から五年の歳月が経った。

序盤に先制してから終盤にて一点を許したものの、我々の高校は甲子園初優勝した。全国への知名度が鰻登りとなって次年度の高校の入学希望者が多くなったと卒業してから恩師に会いに行った際に言葉では、入ってくる人が多くて見切れねぇからもうちょい人減らしてくれと文句を言いながらも顔は晴れやかに笑っていた。恩師も恩師でちゃっかり全国紙のインタビューや対談などに出演している満更でもないのだろう。

そしてそんな中でも一番恩恵や恵まれてる結果をもらっているのはレンである。彼は高卒でプロの門をものすごい勢いでくぐっていった。入団一年目はずっとファーム暮らしだったものの二年目からは徐々に一軍で頭角を伸ばしていき入団四年目の昨季はシーズンを通して先発として活躍していた。次期エースに最も近い男として先発ローテーション四番手をまわっている。反対に俺はプロの門を通らず前々から目指していた大学へと進学し今年ようやく就職先が決まりきっちりと大学を卒業できた。多忙なレンだが時々二人で地元の居酒屋で酒を交わしたりすることもある。前飲んだ時は優勝メンバーの三年生とちょっと高めの居酒屋で飲んだりし、その時は高校の頃に戻ったかのようにはしゃぎ倒した。お会計はきっちりと男気ジャンケンで決めて副将だったやつにみんなで払わせたのは、三ヶ月経った今でも思い出し笑いしてしまう。

ふと昔を思い出していると一通の電話が鳴った。


レンの奥さんからの…レンの訃報を知らせる、耳を疑うような事実が告げられた。

「起源」終。


続、「一心不乱」。

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