第18話 首を曲げて笑顔になる街
最終話です。よろしくお願いします。
第18話 首を曲げて笑顔になる街
1
2006年6月。
FIFAワールドカップ・ドイツ大会が始まる前。
ヘルツォーゲンアウラハのとあるホテルが貸切となり、パーティが開かれていた。
主催者はこのホテルの支配人のブリギッテ・ベンクラー(Brigitte Baenkler)。
彼女はアドルフとケーテのダスラー夫妻の三女で、ロシア語の知識を活かしてアディダスの東側諸国との関係を築いた人物だ。
パーティの参加者たちは、ルドルフ・ダスラーとアドルフ・ダスラーの一族たち。
ブリギッテによる、両家の和解のパーティが開催されていた。
この「ホテル・ヘルツォークスパルク(Hotel HerzogsPark)」は元々アドルフ・ダスラーがビジネスやスポーツ関係者等を宿泊させる施設として建設したのだが、1992年にブリギッテが購入して、一般のホテルへと改装した。
集まった両家の人々は困惑したり、落ち着かなかったり、黙ったままだったり。
中には相手の家族が存在しないように教育された人物さえいたからだ。
彼らの殆どは、プーマやアディダスに関わっていなく、ホテルの支配人であるブリギッテのように、他の業界の仕事をしているのだが。
「さぁ、私たちは皆家族です。今日は楽しく歓談しましょう!」
鬼塚喜八郎が曾てアルミン・ダスラーとホルスト・ダスラーに言った、似たような事をブリギッテが言う。
そして、両家の人々は恐る恐る会話を始めた。
2
パーティは無事に平和に終る。
不思議なもので、このドイツワールドカップの決勝はイタリア対フランスだった。
当時のイタリアのユニフォームのサプライヤーはプーマ。
当時のフランスのユニフォームのサプライヤーはアディダス。
但し、ジネディーヌ・ジダン(Zinédine Yazid Zidane、1972年生まれ)が、マルコ・マテラッツィ(Marco Materazzi、1973年生まれ)の胸に頭突きをして、一発レッドの退場で余り後味の宜しくない幕切れだったが……。
もう、プーマもアディダスもお互いを蹴落とす敵としては見做していない。
もちろん、ビジネス上の重要なライバルだが。
25000人にも満たないヘルツォーゲンアウラハは平日の日中となると、人口が増える。
近隣から従業員が通勤するからだ。
そう、この世界的両企業は、現在でもヘルツォーゲンアウラハにヘッドクォーターズ(本部)を置いている。
秋の9月21日は「国際平和デー」と定められている。
2009年9月21日。
プーマの従業員とアディダスの従業員が、ヘルツォーゲンアウラハでサッカーの試合を行なった。
面白いのは、互いのユニフォームは黒と白と色だけの違いだけで、そのデザインはプーマとアディダスの混ぜこぜの同じものであった。(例えば、シャツの左袖にはプーマロゴ、右袖にはアディダス3本線など)
試合は7-5で終ったが、両チームは両社の従業員で分けずに、これも混ぜこぜで構成されていたので、勝者はこの街だ。
また、ヘルツォーゲンアウラハで市内を回るバスには、プーマとアディダスのロゴが一緒についている。
両社は市の誇りであり、両社は市に大きく還元している。
市長が公式行事に出る際、何とプーマとアディダスのスニーカーを、片方ずつ履いて現れるのが通例だそうな。
首を曲げて市長の足元を見る周囲の人々が爆笑する図が浮かぶだろう。
3
首を曲げて相手の足元を見る。
「きゃはは! あんたはアディダスなの!?」
「そっちはプーマじゃん!」
今でもヘルツォーゲンアウラハでは首を曲げて、相手のシューズを確認する風習は残っているが、無視や罵倒をせず、お互い笑顔で相手の履いているシューズをからかうらしい。
バーでは互いの従業員が飲み交わし、街外れではプーマやアディダスの従業員用の住宅が立ち並ぶ。
市を分ける「分水嶺」は完全に無くなっている。
現在。(2023年度の通期より)
プーマグループは従業員が約16000人。年間売上高が約86億ユーロ。
アディダスグループは従業員が約59000人。年間売上高が約214億ユーロ。
2人の兄弟による、母親の洗濯室から始まったダスラー兄弟靴工場は、ここまでの規模に登り詰めた。
ルドルフとアドルフは、さてどう思っているか?
自分たちのシューズを世界中の人々が履いているのを喜んでいるのか?
あるいは、未だ自分たちの決裂の契機となった戦争や紛争が無くならない事に呆れているのか?
それはみなさまのご想像にお任せしよう。
2024年3月。
UEFA欧州選手権を数カ月後に控えた、開催地であるドイツから驚くべきニュースが飛び出す。
「ドイツサッカー連盟(DFB)は、2027年より、ナイキ社とのサプライヤー契約を結びます」
あのベルンの奇蹟から続いたアディダスとの決別をDFBは発表した。
理由は単純で、ナイキの方がより巨額の契約金を提示したからだ。
スポーツビジネスの戦いは、スポーツがある限り続く……。
さいごに
さて、ここで1話の初めに書いたことです。
スポーツの秋。
みなさまはランニングやウォーキング用に、どんなシューズを買いたくなりましたか?
どれでもいいと思いますけど、お店でプーマとアディダスのシューズを見た時は、この話を思い出して頂くと、すごくうれしいです。
第18話 首を曲げて笑顔になる街 了
ルドルフとアドルフ 完結
勘のいい方は分かったと思いますが、私がこの話をやろうと思い付いたのは、この2024年3月のDFBの発表です。
「ドイツ代表、ナイキになるの? まじっ! アディダスとお別れか~。そうだ! アディダスとプーマを『分水嶺』として、近現代史と絡めて、物語ってできそうだな。ドイツではテレビ映画にされてるけど、多分誰も知らんから(おいっ!)、大丈夫だろう」
と、こんな感じでちょこちょこ調べ始めて、書きはじめました。
こういった経緯で始めたためか、かなり読み難いガタガタな感じです。
ちなみにテレビ映画は2つあります。(どっちも3分ほどのダイジェストです。お時間があればどうぞ)
・Duell Der Brüder - Die Geschichte Von Adidas Vs Puma(ベルンの奇蹟がクライマックスです)
https://www.youtube.com/watch?v=wOSNKPjCcUo
・DIE DASSLERS - Pioniere, Brüder und Rivalen(こっちは兄弟の晩年まで)
https://www.youtube.com/watch?v=MC1CjaqrNmc
上の方は、「ヨコハマ・フットボール映画祭 2022」で上映してたので知っている方もいるかと思います。
歴史物はいつも書いてて思うのですが、難しいですね。
今回は近現代史を扱いましたので、特に大変でした。
ここまで付き合って下さって、大変ありがとうございます。m(__)m
冬童話は楽しいやつ書くぞ~!\(^o^)/
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