第2話 NSDAP
2話目です。よろしくお願いします。
第2話 NSDAP
1
若い男がある街中を走り続けている。
上下は走りやすいように薄着。
何より足元は、通常の革靴ではない。
時に1920年代初頭。場所はバイエルン州北部の街ヘルツォーゲンアウラハ。
織物産業が盛んで、街を南北に分けるアウラハ川が流れている。
そのためか、中心街を離れると自然豊かな小さな街である。
その中心街は17世紀から18世紀に建てられた木組みや半木組みの歴史的な建物が多い。
走っているのはアドルフ・ダスラーという20代前半の若者で、履いている靴は、彼が自ら開発したスポーツ用の靴だ。
アドルフは中心街の石畳から、街周辺の土道や草地や、時には木橋を渡り、ずっと走っている。
街中の人々は、この走る軽装の若者に奇異の目を向ける。
「何だ? あれは?」
「ほら、ダスラーさんが洗濯屋をやっていた時、走り回っていた一番下の坊やだよ」
だが、アドルフが到着した出発点の中心街では、もう一人の若者が笑顔で、手にした懐中時計をアドルフに見せながら出迎えた。
「アディ! この間よりも速く走れているぞ! さぁ、靴の確認だ!」
アディと呼ぶこの若者はルドルフ。アドルフの2つ上の兄。
当時の不況。ルドルフは皮革製品のセールスマンを初め、様々な職に就いていたが、この状況のため長続きが出来ずにいた。
弟のアドルフは「それならば自分で新規事業を立ち上げてば、解雇などされない」、とスポーツ靴の開発に乗り出していたのだ。
「……うん。これはまだちょっと改良の余地があるな。ルディ」
「えぇ~、これでも充分売り出せると思うけどなぁ」
楽観的なルディと神経質なアディ。正反対の性格をした兄弟だ。
だが、スポーツが大好き、という一点では一致した兄弟でもある。
特にルディは脚が速く俊敏で、周囲から「プーマ(PUMA、ピューマ)」とあだ名された程である。
2
ルドルフは完全に弟の事業を手伝う事を決心する。
1923年7月1日に正式に加わる。
そして、ちょうど1年後の1924年7月1日に「ダスラー兄弟靴工場」として商業登記をする。
程なくヘルツォーゲンアウラハで空いていた工場を拠点とし、兄弟は工場に隣接した場所に住居を定めた。
1925年。この年に「ダスラー兄弟靴工場」は画期的な製品を2つも開発する。
1つはスパイクが付いたランニング用シューズ。
1つはスタッドが付いたサッカー用シューズ。
営業マンとして、明るく外交的な性格をしたルドルフが、国内の様々なスポーツクラブに赴き、売り込みを担当する。
そう、兄弟の役割は完全に分かれていた。
アドルフは工場内に常駐して、シューズの試作と作製。
ルドルフはこのように外回りをしたり、マーケティングの担当。
兄弟の性格を考えれば、完璧な役割分担で、それが上手くはまった。
評判は上々で、ドイツ国内の各スポーツクラブはダスラー製のシューズを購入して行く。
1928年のアムステルダムオリンピックでは、ドイツの中距離走者である、リーナ・ラトケこと、カロリーネ・ラトケ(Karoline „Lina“ Radke、1903年~1983年没)が、ダスラー製のシューズを履いて、見事に800m走で金メダルを獲得する。
因みに、この800m走の銀メダル。
2位は人見絹枝(1907年~1931没)で、彼女は日本の女性で最初のオリンピックメダリストだ。
一方、兄弟の長兄フリッツは、実家に残り、革製半ズボン、つまりあのレーダーホーゼ(Lederhose)の製作会社を設立している。
3
ドイツの政局は相変わらず混乱しつつも、ある勢力が急激に台頭してきた。
1933年1月30日。
ドイツではヒトラー内閣が成立する。
国家首相(Reichskanzler)となったのはアドルフ・ヒトラー(Adolf Hitler、1889年生まれ)。
彼の率いる党は「国民社会主義ドイツ労働者党(Nationalsozialistische Deutsche Arbeiterpartei)」と長い。
なので、「NSDAP(エヌ・エス・デー・アー・ペー)」と彼らの使用していた略称で表す。
早くもヒトラー内閣は同年の3月23日に全権委任法を成立させ、独裁体制への道を突き進みつつある。
そんな中、5月1日に兄弟は揃ってNSDAPに入党する。(長兄のフリッツも入党している)
この党の主張や思想に共鳴した訳でなく、単にビジネス面から、彼らのようなまだまだこれからの会社にとって、必要な措置だと判断したからだ。
従業員も100人を超えている。彼らと彼らの家族に対する責任もある。
特に1929年の世界大恐慌は、ダスラー社にも深刻な影響を与えた。
しかし、この兄弟がNSDAPに入党した事。
つまり、ルドルフとアドルフがナチス党員になった事は、この後に起こる決定的な分裂の契機となる「分水嶺」であった。
第2話 NSDAP 了
早くも、とんでもないものを出しちゃいました。
物語の場所と時代がそうなので。
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