第1話 首を曲げた街
秋の歴史の参加作品です。
色々と調べながら書いたのですが、当然作者の勘違いや間違いが大いにあると思います。
ご一読よろしくお願いします。
第1話 首を曲げた街
はじめに
スポーツの秋です。
身体を動かすのは大切です。
手ごろなところでは、ジョギングやウォーキングでしょうか。
さて、どちらも必須なのは、足に負担を掛けないスポーツシューズや、動きやすいスポーツウェアなど。
みなさまはどんなスポーツメーカーが好きですか?
本作はある2つの有名なスポーツ用品メーカーについての物語です。
1
第二次世界大戦後。
敗戦したドイツがその後東西に分断されたのは、歴史上の周知のことだが、実は同じくドイツ敗戦後、ある街が事実上分断されていた。
その街の名はバイエルン州北部のヘルツォーゲンアウラハ(Herzogenaurach、バイエルン州ミッテルフランケン行政管区エアランゲン=ヘーヒシュタット郡にある街)である。
この街の住民は常に首を曲げて下を向き、すれ違う人々の靴をチェックしながら歩いていた。
履いている靴が自分と同じメーカーか、それとも別のメーカーかを確認するために。
そう、この小さな、現在でも25000人にも満たない小さな街に、2つのシューズメーカーがあり、住民たちはどちらを購入し履くかで、分断されていたのだ。
1つはプーマ(PUMA)と呼ばれるメーカー。
1948年創業で、創業者はルドルフ・ダスラー(Rudolf Dassler、1898年生まれ)。
1つはアディダス(Adidas)と呼ばれるメーカー。
1949年創業で、創業者はアドルフ・ダスラー(Adolf Dassler、1900年生まれ)。
同姓で生まれ年から分かるように、ルドルフとアドルフは実の兄弟である。
そして、戦前までは共に「ダスラー兄弟靴工場(Gebrüder Dassler Schuhfabrik)」というシューズ製造会社を経営していたのだ。
市内を流れるアウラハ川を文字通り「分水嶺」として、両社によって市は分断されていた。
従業員同士の交流が無い処か、互いの社員と家族が買いに行くパン屋や肉屋、飲みに行くバー、更には学校で使用するシューズも、市内で分ける徹底さ。
住民たちも相手の履いているシューズを確認して、初めて会話をするような街だったので、「首を曲げた街」と揶揄された程だった。
何故、ルドルフとアドルフの兄弟は決裂したのか?
この兄弟の生い立ち。つまりヘルツォーゲンアウラハが「首を曲げた街」になる前から見て行こう。
2
クリストフ(Christoph、1865年~1945年没)とパウリーネ(Pauline、1870年~1955年没)のダスラー夫婦の4人兄弟の3番目としてルドルフが、末っ子としてアドルフが生まれる。
1番目が長兄のフリッツ(Fritz、1892年~1975年没)、2番目が姉のマリーエ(Marie、1894年~1958年没)である。
父のクリストフは靴職人で、また織物についての知識も豊富な人物であった。
母のパウリーネはクリーニング屋をして家計を助けていた。
「ルディ(Rudi、ルドルフの愛称)! アディ(Adi、アドルフの愛称)! そろそろ行くぞ!」
衣類の入った籠を持った10代半ばの少年が促すと、10歳にもならない2人の子供が、同じく籠を持って現れる。
「フリッツ、用意できたよ。ほらアディ、大丈夫か?」
一番幼いアドルフは両手で持った、衣類の入った籠を落とさないように注意している。
フリッツとルドルフとアドルフは、母のクリーニングが終った衣類を、依頼主の元へ運ぶ手伝いをしていたのだ。
ヘルツォーゲンアウラハでは、この街中を走り回る3兄弟を、「洗濯屋の坊やたち」と呼んでいた。
このように幼い頃から走り回っていたおかげか、ルドルフとアドルフはいつしかスポーツに熱中していく。
陸上競技、サッカー、ボクシング、アイススケート等々……。
どれも特殊なシューズを必要とする競技だ。
シューズだけでなく、用具だって碌に無い。
大きな石を誰が一番遠くへ投げられるか。そうやって砲丸投げの遊びをする。
木の枝を誰が一番遠くへ投げられるか。そうやってやり投げの遊びをする。
周囲に人がいない場所で、安全にやってもらいたい遊びである。
もちろん、単純に走り回ったり、仲間たちボールを追い蹴り続ける。
ただ一点、兄弟には決定的に異なったところがあった。
それは兄のルドルフは快活でおしゃべりで外交的な性格。
弟のアドルフは冷静で口数が少なく内向的な性格。
この性質の違いが、あるいは兄弟の仲の良さの元でもあり、後に破滅的な決裂を促す要因だったのかもしれない。
3
第一次世界大戦(1914年~1918年)。ダスラー3兄弟は徴兵される。
特に末っ子のアドルフが徴兵されたのが大戦終結間際だったので、3兄弟とも無事に生き残り、故郷のヘルツォーゲンアウラハに戻る事が出来た。
だが、ドイツの悲劇は大戦の敗北から、本格的に始まった。
所謂ヴァイマール共和政期。敗戦国ドイツは多額の賠償金に苦しみ、インフレーションと不況で国民生活は圧迫される。
ダスラー家でも母パウリーネのクリーニング屋をたたまざるを得なかった。
アドルフはしばしば色々なところに行っては、兵士たちが遺棄したボロボロの軍服や軍靴や鞄などを集めていた。
そして、彼は念願だったスポーツ靴の開発を、これ等を材料として、この母の仕事場の洗濯室で始める。
「アディ、お前は何をやっているんだ?」
「ルディ、ランニング用の靴を造っているのさ。きっと商売になる」
リネンを主素材としたその靴は軽く、そして丈夫である。
父が靴職人で織物や布地の知識があるので、それを吸収していたアドルフはスポーツ靴を造っていたのだ。
「そんなのが売れるのかねぇ?」
「完成したら、実際に履いて走ってみようと思う。ルディも手伝ってくれよ」
内向的なアドルフは、違う見方をすると一種の凝り性で、一度始めたことは、とことん追求するタイプであった。
第1話 首を曲げた街 了
本作は「秋」もテーマにしているのですが、「スポーツの秋」でした。
ですが、今後色々と「秋」要素を出していくので、よろしくです。
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