探偵 北条龍之介
利益探偵。こう罵られる探偵「北条龍之介」は評判に寸分違わぬ拝金主義であった。
東京都内の一等地にあるビルの一室。そこの窓には北条探偵事務所と小さく書かれていた。
この事務所の評判は決して良くない。なぜなら、依頼料はいつも高額で、払えないとなると依頼者を追い返してしまうこともざらにあったためである。そのためこの事務所の主は利益探偵などと言って罵られることも多々あった。
「先生、今日も閑古鳥が鳴いていますよ」と皮肉めいたように若い女が言った。
「松田君、それは仕方のないことです。」と30代ぐらいの男は彼女の発言を意に返していない様子で言った。
そうこう言っているうちに階段を上る足音に気が付いた。このいかにも偉そうな歩き方には思い当たる節があった。
「松田君、お茶の用意を」
「はい、先生」
そのうちに扉が叩かれた。金色に輝く天秤バッチを誇らしそうに胸につけた中年の小太りの男が入ってきた。
「先生、外は随分と暑いですよ」
「そうだと思って冷たいお茶を用意させてありますよ。上杉先生」
この男は知る人ぞ知るやり手弁護士であった。なぜ、有名でないのかというと、彼の手腕はまさに悪辣
と評され金持ちの弁護しかしない男であった。つまり「利益探偵」とは頗る相性が良かった。
しかし、両者は同族嫌悪の形で腹の中では苦手であった。
小机を挟んで彼と依頼人は対面した。
「本日はどのようなご依頼で?」
「なぁに、他愛もない話ですよ」
「上杉先生は今、ある与党の有力議員の弁護中だったと思いますが」
「さすが利益探偵、金脈には目ざといようで」
「それはそちらもでしょう」
二人は笑った。ほぼ意味のない会話で、北条はこの男が何を依頼しようとするか推理した。
’彼の議員が疑われているのは贈収賄であったはず、そこに探偵が割り込む余地はないような。’
そうこう推理しているうちに、目の前の男は声を潜めて本題に入った。
「実はうまく不起訴にできそうなのですが、何点か問題がありまして」
「しかし、探偵が入る余地はないのでは?」
彼はさらに声を潜めてこう言った。
「それがですね、裁判官を何人か手籠めにできそうなのですが」
「どうやって」
「なぁに、ある者は金である者は与党の圧力で。しかし、ある一人の男は実に清廉潔白で金や
権力の類になびかないのですよ」
「そこで北条探偵にお願いがあります。どうもその男は女性の問題を抱えてる噂がありまして、それの真偽を確かめていただきたいのです」
「依頼料は?」
「前払いで二桁万、成功報酬で最低三桁万」
「いいでしょう、その依頼承りました」
その男は茶封筒をテーブルにおいて帰っていった。
「いいんですか?先生。下手したら日本の司法がひっくり返りますよ」
「いいんだよ、松田君。我々は警察ではないのです。金さえ入ればそこに文句はありません」
「さすがは利益探偵」
「いやいや、探偵が金のために働かないことのほうが理解できません。常々私は小説に出てくる探偵を気の毒に思っているのですよ。警察に捜査協力などという無賃金労働をさせられるのは」
「そんなことを思っているのはこの日本で先生だけですよ」
茶封筒を懐に入ながら「そうかな」とおどけたように言った。




