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第8話 ワンチャンあるかも

「面白い噂を聞いたぞ、ツキミサトくん」


 ようやく週末が見えてきた金曜の朝、いつも通りの教室の風景の中で孝志がにやりと笑った。


「ヤマナシだっつーの。で、孝志が面白がるってことは、どうせろくでもない話だろ」

「いやいや、おそらくお前も興味をもつネタだぜ。なんつったって、ネタの舞台になってるのは、お前がしょっちゅう買い物に行ってる場所だからな」

「……グローブストア?」


 言いながら、俺の頭の中には昨日の光景が蘇ってきていた。花と談笑し、後から咲が駆けつけてきた、あのシーンだ。見ようによっては仲良く三人で話していたように見えたかもしれない。

 でもまぁ、クラスメイトとばったり出くわして話が盛り上がった、っていうのは別に不自然なことじゃない。堂々としておけばいいんだ。


「そう。なんと、そのスーパーマーケット、グローブストアにおいて、あのふたりが目撃されたんだよ。花ちゃんは制服、咲ちゃんはパンツタイプの私服で、仲良く買い物してたんだってよ!」

「別に、誰がどこで買い物してたっていいだろ」

「分かってねーなぁ、透。行きつけの店が同じだってことは、住んでる場所が近い可能性が高いってことだろ!」


 ま、実際に隣だしな。


「ポイントカードも作ったって話だから、ほぼ確実な情報だぜ、これは。ちなみに買っていったのは、野菜を中心に食品がメインで、あとはケチャップにマヨネーズ――」

「待て待て、なんでそんなことまで知ってんだ。ストーカーか」

「馬鹿言え。俺は確かに女の子が大好きで、いつでもあわよくばと妄想を繰り広げる健全な男子だが、程度は弁えてる。俺の母ちゃんの友達がグローブに勤めてて、それ伝いで聞いたんだよ」


 知らなかった。もしかしたら、これまでに何度かその人のレジを通ってるかもしれないな。ただ、ふたりが目撃されたということが話題になって、俺について言及されてないということは、それだけ彼女達が目を引く存在だということなのだろう。俺の存在の影が薄いというわけではない……と思いたくないような、思いたいような。

 なんにせよ、今後もふたりのことは街のあちこちで話題になるのだろうという気がした。


「それで、だ。もしかしたら、お前にもワンチャンあるかもしれねーぞ」

「ワンチャン?」

「何を素知らぬ顔をしてやがんだ、この万年彼女ナシが!」


 バシンと音を立てて、孝志が俺の肩をはたく。記憶に間違いがなければ、万年彼女ナシは俺達にとって共通項だったはずなのだが。


「買い物途中でばったり鉢合わせして、会話が弾み、あら、じゃあこれから一緒に夕飯でもいかがですか、なんてことになるかもしれねーだろうが。そして一つ屋根の下で食事をとっている内に、あれよあれよと夜が更けていき――かーっ、青春だぜ! 俺はだな、未だ春の来ない大親友のためにと思ってこの貴重な情報を――」

「話のネタにいいと思っただけだろ」

「あ、バレた?」


 たはは、と頭を掻いて引き下がる級友に呆れながら、俺は教室を見渡した。

 そういえば、花も咲も、今日はまだ登校していない。いつもなら、俺よりも先に教室に入っているのに。昨日の喧嘩が尾を引いて、いまだに言い争っている――なんてことはさすがにないと思うが、何かあったんだろうか。

 俺はポケットからスマホを取り出し、数回のフリックで「咲」の画面を表示した。いわゆる通話アプリだが、メッセージの送受信も出来る。前に夜の呼び出しをくらったあと、番号を登録しあって「よろしく」とだけやりとりをしていた。


「えーと……」


 何か送った方がいいんだろうか?

 だが、ちょっと朝の登校が遅れただけで「心配で連絡した」というのも妙な話だ。なんというか、いちクラスメイトというよりも、恋人っぽい感じがするような――と思うのは、そういう経験がない男の考えすぎか。でも、そもそも頻繁にやりとりをしているわけでもないしなぁ。

 結局、俺はそのまま画面を消し、漫然と外の景色に目をやった。

 ふたりは体調不良で欠席だ、と担任がホームルームで告げ、ある意味平穏に一日が始まり、そして放課後にまでなった。2年生になってからはじめての「エルフのいない生活」だったわけだが、不思議なことに、いないほうが違和感はあった。どうやら俺も、適応してきているらしい。


「月見里、ちょっといいか」


 放課後になってすぐ、担任に手招きをされた。

 なんでしょうかと問うと、担任は「個人情報を伝えるわけにはいかないが」と前置きをした上で言葉を続けた。


「可士和 花と早良 咲なんだが、二人の家を知っていたりしないか?」


 さて。

 別に人払いがされたわけでもないので、教室にはまだクラスメイトが大勢残っている。別に聞き耳を立てなくたって、俺と担任の話は聞こうと思えば誰でも聞ける。

 知っているどころか、部屋にあがったこともありますよ! ――と笑顔で応えるのが正直者かつ陽キャの生き方だろうか。一気に注目を浴びてあれやこれやとインタビューされるのは間違いない。だが、俺は正直者ではあっても陽キャではない。


「まぁ……」


 これがベターな反応だろう。

 嘘はついていない。

 たとえ誰かに聞かれていたとしても、興味をそそるような反応ではないはずだ。絶妙な選択。


「すまないが、この封筒をポストに入れてやってくれないか。中身は俺もよくは知らないんだが、事務から今日中に渡して欲しいと言われていてな。ただ、俺はこの後、外で会議があるんだと伝えたら――」

「俺の名前が出たってことですね」


 住所がすぐ隣だということは、確かに調べればすぐわかる話だし、事務を担当している人ならピンと来たのだろう。

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