第6話 天秤にかかってるのは
日付が変わっても、高校ではハイエルフとダークエルフのふたりが話題の中心だった。
いや、正確には、花と咲の二人が――というべきだろう。
ふたりの名前が生徒達の口から出るのは、『エルフ』然とした容姿についてではなく、彼女達の優れた能力についてだったからだ。
「2年生の転校生の話、聞いた?」
「花っていう色白の子でしょ。なんか、世界史の授業で、先生も知らないような専門的な知識を披露したんでしょ」
「その子、数学もすごかったみたいだぜ。ドヤ顔で説明してた先生の後に、もっと簡単な手順で出来ますってサラサラ解説したんだってよ」
「でもさ、もう一人の咲っていう子もとんでもないみたいだぞ。なんか、体育やってて、軽く走る感じで陸上のインターハイに参加できる記録出しちまったんだって」
「追い風がすごかったから、とは聞いたけどな。でも、やっぱり外国人って、体のつくりが違うんだなぁ」
パンを買うべく並んだ購買で順番待ちをしている間、そんな会話があちこちから聞こえてきた。
同じクラスで授業を受けて、その噂話のどれもが事実であることを知っている『いちクラスメイト』の俺としては、話の広まるスピードに驚くやら、彼女達の能力の高さに驚くやら、ふたりが活躍するたびに俺の方をチラ見してきたのを思い出して恥ずかしくなるやらで、気持ちが落ち着かない。
「はい~、次の人~」
「焼きそばパンひとつください」
「はいよ~」
代金を支払い、ここの名物であるジャンボ焼きそばパンを受け取りながら、ふと疑問が沸いた。
そういや、あのふたりは、昼は何を食べるんだろ。というか、エルフって、何を食べるもんなんだ? 菜食主義だったりするんだろうか。もしもそうだとすると、いざ彼女達と結婚したら、俺も二度と肉を食えなくなるのか? いやいや、まだそうなると決まったわけじゃないし……
もやもやと思考を行ったり来たりさせながら教室へ戻ると、これまでの休み時間と同様に、花も咲も、それぞれを慕う女子グループの中で囲まれていた。
「おっ、相変わらずの焼きそばパンマンだな、透」
「これが一番コスパいいからな」
孝志の隣に座りながら、袋を開ける。ソースと青のりの香りが食欲をそそる。ほおばりながらふたりに向けた視線を、旧友がめざとくキャッチした。
「女っ気ゼロのお前さんも、さすがにあの転校生は気になるか」
「別に、俺は自ら望んで女っ気ゼロになってるわけじゃないぞ」
「後半部分は否定しないのな」
「そりゃ、まぁ……」
例え昨日の一連のことがなくたって、あのふたりのことは気になっただろう。ハイエルフとダークエルフが転校してきて気にするなという方が無理な相談だ。もっとも、未だに誰も彼女達が『エルフ』であることを取りざたしないところを見ると、やはり何か魔法のようなものが影響しているのかも、とは思い始めていた。
「で、どっち派?」
「は?」
「だから、白いお姫様と黒いお姫様、どっちが好みだ、ってハナシ」
心なしか、女子グループの中にいる花と咲の耳がぴくんと角度を高くした気がした。
まずい。
この距離だと、おそらく、どんなに声を殺しても聞きとられる。
どちらかに肩入れするような発言をした場合、あの二人が感情を御しきれるとは思えない。そして、喜怒哀楽のいずれにせよ、何かしらの感情が高まったら、超局所的な荒れ模様が始まってしまうかもしれない。
「あ~……俺は、どっちっていうこともないかな」
「どっちもナシってか? お前、さすがにそれは無理がなくないか? あの可愛さたるや、絶世という言葉がぴったりだろ」
やめろ。
掘り下げるな。
よけいな質問をするな。
お前の何気ない好奇心の反対側で天秤にかかってるのは、この春の陽気と俺の平穏な高校生活なんだぞ。
「別にどっちかを選んだからってどうなるもんでもないんだし、ほれほれ、遠慮すんなって」
どうなるもんでもあるんだよ!
聞き耳を立てる、っていうのがこれ以上ないくらいビジュアル的に再現されてるのに気付けよ!
「そうだな、その……どっちも、すごく魅力的すぎて、とても選べないかな」
「花さん、どうしたの? 急に顔、真っ赤っか」
「咲ちゃんも、なにニヤニヤしてんの? あっ、このおかず、そんなに気に入ったの? じゃあ、もう一個食べていいよ」
よし、うまくいった。
この隙に話題を変えようと閃いた俺は、孝志が確実に食いつくネタをチョイスした。
「そういえば、例のモデルさんから、撮影許可はもらえたのか?」
「お~? やっぱり気になっちゃう?」
孝志が分かりやすく鼻の下を伸ばす。
この友人はカメラのセンスが抜群にいいらしく、動植物などの自然を捉えるとプロ顔負けなのだそうだ。ところが本人は「カメラとは、刹那を永遠にする道具だ。つまり、撮影するべきは、今この瞬間カワイイ女の子だ!」と豪語し、ひたすら女子の撮影に奔走している。どうもそちらには才能がないようで、一部の女子には変態カメラマン呼ばわりされてしまっているのだが、まったく気にも留めていないのがいかにもこいつらしい。
「好きこそものの上手なれ、っていうけどなぁ」
「ん? なんか言ったか?」
「いや。それで、なんて言ったっけ、その――」
「マリンちゃん、な。大安房 真鈴。誰がどこからどう見たって純情可憐な大和撫子、是非とも俺のカメラに収めたい――んだけど、シャイすぎてまったくOKがもらえないんだよなぁ。どこぞの男の毒牙にかかる前に、俺が彼女の美しさを永遠にものにしなくてはならないというのに」
美しさを永遠のものに、というのは孝志がよく使うフレーズだが、何度聞いても犯罪者の香りしかしない。本人的には使命感を口にしているつもりなのだろうが、完全にシリアルキラーのセリフだと思う。
「じゃあ、今のところは例の隠し撮りだけか」
「人聞きが悪いな、俺は街の雑踏の一コマを撮っただけだっての。たまたま、マリンちゃんが構図の中央にいただけだ。ほれ、よく見てみろい」
そう言って孝志が見せてきた写真には、雑踏の中一人佇む女子高生が映っている。なるほど、確かにテレビに出てもおかしくなさそうなルックスだ。
……とは言っても、だ。花や咲のルックスは次元が違う――と思ってしまうのは、あのふたりに関心を向けられているがゆえの感覚なんだろうか。
俺がちらと咲に視線を向けると、彼女は整った笑顔で談笑に興じていた。