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第4話 別にやましいことはない

 温めるだけのおかずを数品かき込んで、ひとまず腹もくちくなった俺は、寝転がって壁を見た。正しくは、壁の向こうにあるアパートを、そこに住むことになったというふたりの住人を思い描いた。

 ハイエルフの花と、ダークエルフの咲。異世界の存在が同じ学校に来たというだけでも仰天で、二人がご近所に住むことになったとなると昇天レベルだ。さらに加えて、二人のうちのどちらかを婚約者として選ぶことになったとは、一度死んで蘇ったというキリストですら再死しかねないほどの衝撃なんじゃないか。


 ヴーッ、ヴーッ。


 テーブルに放り投げていたスマホが振動している。

 俺が体を起こして手に取っても、振動はまだ続いていた。画面には、見知らぬ番号が表示されている。こういう場合、面倒くさいということもあって極力通話しないことにしているのだが、今日は話が別だ。何か、一連の出来事の続きなのかもしれない。


「はい、もしもし」

「あ、透? 咲だよ」

「咲? なんで俺の番号知って……って、生い立ちまで知られてるんだから、おかしいことでもないのか」

「急にごめんね。今、ちょっと――花が聞き分け悪いせいで揉めちゃってて――それで『仲裁の達人』の力を借りたいんだけど、アパートまで来てくれない?」

「咲!? 私だけが悪いようなニュアンスはやめてくれませんか!? 貴女の方こそ――」

「202で待ってるから!!」


 それだけを伝えて、通話は切れた。


 これは、アレか?

 美人局か?

 バックに犯罪組織がいて、俺を密室に引き込み、入った瞬間、屈強で強面の男達がゾロゾロと登場して――登場して、どうするんだ。ただの高校生を大規模な仕掛けでだましたところで、得られるものなんてたかが知れてる。身代金を要求するにしたって、息子の俺ですら連絡がろくにつかない両親を脅すのは効率が悪すぎるだろう。この線はないな。


 もしくは、盛大なドッキリか?

 彼女いない歴=年齢の俺が、美女ふたりに鼻の下を伸ばしている姿が撮影されていて、後日、学校中で笑い者に――なるようなキャラじゃないか。良くも悪くも、俺はスポットライトを浴びるタイプじゃない。何事も穏やかなのが一番だから、高校に入ってから極力目立つようなこともしてこなかった。この線も、在り得ないな。


 俺は時計が20時を回っているのを見て、一瞬悩み、結局、外へ出た。上下ジャージという出で立ちを選んだのは、不審者だと思われないための次善作だ。万が一誰かに見られても、ジョギング中ですと言い張れる。

 外へ出て、少し空き地になっている所を抜け、アパートの階段をなるべく静かに上がり、扉の前まで来て、俺はとんでもないことに気付いてしまった。


 この扉の向こうに、花と咲がいる。

 女の子が、二人。

 そんな所に入ろうとしている俺は、大丈夫なのか?

 いや、何が大丈夫で、何が大丈夫じゃないのかが分からん。

 とりあえず、呼ばれたから来た。それだけだ。別にやましいことはない。そのはずだ。

 ノック――いや、呼び鈴か? こんな時間に呼び鈴って、近所迷惑にならないか?

 逡巡していると、不意にドアが開いた。


「何ぼーっとしてんの? ほら、入って入って」

「えっ、ちょっ、なんで分かっ――」

「エルフの耳が長いのは飾りじゃないわよ」


 咲がウインクしながら耳をちょんと触った。

 外の足音が聞こえてたっていうことなのか。それほど大きな音は立ててこなかったと思うが。エルフの聴力に驚きながら、咲の勢いに引きずられるようにして、俺は中へと入った。

 一歩踏み入れた瞬間、清潔感と甘さのある香りが鼻をくすぐった。玄関は真っ白い壁紙が美しかった。

 生まれて初めて、女の子の部屋――いや、家か? とりあえず、そういう空間に足を踏み入れてしまった。


「ようこそ、私の新居へ。ちなみに、隣の201が花の部屋よ」


 あらためて見た咲の姿は、銀色のポニーテールは変わらずだったが、服は制服ではなくなっていた。激安のスーパーで売っているような、少しだぶついた、黒のルームウェアだ。そんな格好なのに、彼女の凛々しさも、煌びやかな魅力も、まったく損なわれていないような気がした。

 咲に通されるまま、手狭な玄関を抜け、正面のリビングスペースに入る。いい香りは、ずっと空間全体に漂っている。

 中央に置かれたちゃぶ台の向こうに、咲と同じ服の、ただし色は真っ白なルームウェアを着た花がちょこんと座っていた。ハイエルフが、ちゃぶ台の前に正座をしている。あらためて、異様な光景だ。


「こんばんは、透さん」

「こ、こんばんは」


 不意に恥ずかしさを覚えて、俺は頭を掻いた。


「何を急にしおらしくなってるのよ、花。さっきまで、透さんと一緒に登校するのは私の権利よ! ってヒステリックに叫んでたじゃない」

「ヒステリックでもないし、叫んでもないです!」

「結構なボリュームだったと思うけど。絶対、下に居る鉄さんには聞こえてたと思うな」

「だって、それは、咲が聞く耳を持とうとしないから……私はただ、当然の権利として主張してるだけだもの」

「えーと、とりあえず、どういう話だったのか説明してもらっていい?」


 腰を下ろす途中で、ふたりのだぶついた服の開けた部分から、それぞれの露出した肌が目に入った。目のやり場に困り、俺は蛍光灯を恋人と決め、上を見ながら二人の話に耳を傾けた。

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