第2話 どちらを選ばれますか
「可士和さんと、早良さん、だっけ……どうしてここに?」
「隣のアパートに引っ越してきましたので」
ハイエルフが、輝くような笑顔を俺に向けている。まぶしい。この世のものとは思えないほど美しい。そりゃそうだ、この世の者じゃないはずなんだから。
そういえば隣は、背は低いけどやたらとガタイのいい爺様がひとりで管理してるアパートだったっけ、と視線を移すと、視界にスッと小麦色の顔が割り込んできた。
「とりあえず、『早良さん』じゃなくて、咲って呼んでもらっていい? 私も透って呼びたいからさ」
「うぇ?」
変な声が出てしまった。今の事態に頭が追いついていない。
「どうしても嫌っていうなら、強制はしないけど」
ダークエルフは少し顔を顰め、口を尖らせた。こういうのを、いじらしいって言うんだろうか。何かの漫画で、可愛い子におねだりされたおっさんが、ニヤケ顔でYESと答えるのを見たっけ。俺も、そこに仲間入りだ。
「ありがと、透。これから長い付き合いになると思うけど、よろしくね」
「長い付き合い……?」
思わず首を傾げる俺を置いて、ハイエルフが表情を変えた。
「ちょ、ちょっと、咲! 話が違いませんか!?」
「何が?」
「だって、今回の話はあまり気が乗らないって――自由を貴ぶ一族として、しきたりや他者の思惑で行動を決められるのは不本意だって、そう言ってたじゃないですか!」
「柔軟に考えが変わるのだって、自由であることの証左でしょ。それに、最初の時点で乗り気じゃなかったのは確かだし。ただ、実際に本人を見て、気が変わったってだけで」
「あ、貴女ってエルフは、いつもそうやって――」
言いかけて、ハイエルフがハッとして俺の方に向き直った。
「透さん、単刀直入にお聞きします。私と咲、婚約者としてどちらを選ばれますか?」
「はい?」
「え?」
どうして話が通じてないんだろう、という表情を向けられているが――俺がおかしいのか?
ハイエルフとダークエルフが転校してきて、帰宅したら家の前に居て、どっちかを婚約者として選択するっていうのは、人生では割とよくあることなのか? 時代が多様性を認めた結果、そんな感じになってきたのか? いやいや、そんなはずはない。断じてない。
「花って、頭がいい割にバカだよね。順を追って説明しないと、透を困らせるだけじゃん」
「も、もう透って呼んでるし……あ、あの、透さん。よろしければ、少しばかり説明する時間をいただけますか」
「は、はぁ。別に構いませんというか、是非説明していただきたいというか」
「ありがとうございますっ! それではあらためて、私からお話させていただきますね」
はじけるような笑顔で語られ始めた内容は、あまりにも非現実的だった。後から思い出しても、よく最初から最後まで質問を挟まずに聞き続けられたもんだと自分で思う。
「お察しの通り、私も咲も、この世界とは層の異なる場所――いわゆる異世界の人間です。そこでは永い間、私達ハイエルフの一族と、咲達ダークエルフの一族が争っていました。しかし、そういった種族間の闘争をやめ、手を取り合って生きていくべきだ、唱える者が現れました。融和を訴えた偉大な賢人、トーリンです。彼は骨身を削り、魂魄を費やし、偉大なる功績を残しました。長きに渡る折衝の末、ついにハイエルフとダークエルフに争い合うことをやめさせ、共存の歴史を始めさせたのです」
「ところが、よ。賢人トーリンは、その優れた力を後世に残すことなく輪廻の波間に消えてしまったの。エルフ族は英知を結集し、総力を挙げて彼の魂の行く末を探し続けたわ。彼の血と力をエルフ族の中に残し、繁栄と平穏の礎にするためにね。そして、いざその存在を察知することが出来た暁には、同じ年の頃で、器量があり、由緒ある一族の娘を伴侶として差し出そう、と、まぁ、そういうことになっていたのよ」
つまり――?
「俺が、その賢人トーリンっていう偉い人の生まれ変わりだ、ってコト?」
「そうです」
「で、俺は君ら――花と咲、どちらかを婚約者として選ぶ、ってコト?」
「そうよ」
二人のエルフ――花と咲は、満面の笑顔で俺を見つめている。
絵画から飛び出してきたような美麗な生き物の視線を受けて、俺はただただ困惑していた。