第14話 一緒に帰ってみませんか
「そういえば、透さんってどこに住んでるんですか?」
帰りのショートホームルームが終わってすぐ、花が先手を打ってきた。この手のアプローチは咲の方が早いイメージがあったが、そういえば前に、スーパーで会えるようにと画策したのも花の方だった。意外と計算高いというか抜け目ないというか、したたかな女の子だ。
展開のわかりきっている会話に、仕方なく乗っかる。
「グローブストアの近くだよ。ここにグローブがあるとしたら、ここがこうなって、それがそうであれがああで――」
「わぁ、それじゃ、すごく近くじゃないですか。それじゃ、せっかくですから一緒に帰ってみませんか?」
会話を聞いていた何人かが、殺伐とした空気を発し始めた。
特に、花の反対側から明確な敵意のようなものを感じる気がする。武術の達人でなくても感じ取れるほどはっきりと。
「そ、そうだなぁ……」
「あれ~、花、今日は私と一緒に帰るって約束してなかったっけ~?」
「してません」
花の笑顔は微塵も揺るがない。
「同じアパートだから慣例的に一緒に帰っていたというだけで、あらためて約束はしてません」
空気がひりつき始めた。
考えろ、透。
この場を穏便に済ませる道を探るんだ。
前に鉄さんが言っていた、二人の魔力は天変地異を引き起こすレベルだという言葉を思い出せ。
まず、ふたりを伴って一緒に下校するのは無しだ。そんなことでもしようものなら、席替えでたまたま隣になったからって調子に乗ってるイタイ奴という称号を獲得してしまう。
かといって、花の誘いを断った場合、この凍り付くような笑顔からどんな魔法が放たれるか分からない。急に教室が水没するようなことになったら、クラス全員が溺死するかもしれない。
花の誘いを受けて、二人で下校――したら、随分前倒しになった台風が発生するかもしれない。まだゆっくり桜も見ていないのに、急に嵐が来るのは困る。
何か理由をつけて断るのが、一番波風が立たない。
「俺は――」
でも、待てよ。
俺にだって、もう少しふたりと親しくなりたいという下心はある。孝志ほどではないにせよ、彼女が出来たらなぁ、と思ったことだってちょっとくらいある。
女子と一緒に下校する――ようやく訪れたこのチャンスを、無下にしていいものか。
「――うん。わかった」
ガーン、という音が後ろから聞こえた気がした。咲は風にまつわる魔法を引き起こすから、もしかして実際に音になって聞こえてきたんだろうか。
「でも、本当にいいのか? 咲と帰らなくて」
「そ、そーだ、そーだ! ぼっちになる私を放っておいていいのかー」
咲の言葉が花に向けられたものなのか、俺に向けられたものなのか、判断が難しい。
「あっ、それじゃ、咲ちゃん、ちょっと私達に付き合ってよ!」
「へっ?」
「いつも花さんとすぐ帰っちゃうから誘いにくかったんだけど、今日は構わないでしょ」
「え、うん、まぁ――」
「ってことで、月見里、褒めて遣わす! ほら、咲ちゃん、来て来て!」
クラスカースト上位の女子集団に連れ去られていく咲の顔は、なんとも呆然としていた。風が巻かなかったところを見ると、まるっきり予想外の出来事だったということなのだろう。
「褒められちゃいましたね」
「一年の頃から、集団に貢献したり活躍したりすることってなかったからなぁ。まぁ、名前を覚えてもらえてるだけ、ありがたいよ」
俺は花と顔を見合わせて苦笑した。彼女の知る「ヤマナシ トオル」がどういう人物なのかは定かではないが、少なくとも俺にとって、俺はそういう立ち位置の人間だ。
ハイエルフと一緒に教室を出て廊下を歩くと、当然のことながら注目された。恥ずかしい――が、くすぐったい誇らしさもある。これが優越感というものか。別に付き合っているというわけではないが、自慢げな気分になる。
「なんだか嬉しそうですね」
見透かされたように、花に言われて顔が熱くなった。なんとなく、手玉に取られる感じは癪だな。言い返してみるか。
「そういう花も、嬉しそうだけど」
「嬉しいですもん」
カウンター。まっすぐ言われて、まるっきり照れてしまう。
「透さんは違うんですか?」
「えっと、俺は――うん、正直、鼻高々だな。ハイエルフの隣で下校したのは、たぶん人類史上初だから」
「アームストロング顔負けですね」
「それ以上だよ。月は誰の目にもずっと映ってたから存在を疑う人はいなかっただろうけど、エルフは実在するかどうかすら怪しかったんだから」
「あら、それだと私達が妖怪かUMAみたいじゃないですか」
――楽しい。
女子と帰るというイベントが、こんなに楽しいものだとは。世の中のモテる男達は、中学生、早ければ小学生の内からこういう経験値を積んでいるのか。でも、今、俺も間違いなく青春してる。
しかし、花と咲とで仲違いしたりしないだろうか。
花が彼女に対して多大なリスペクトを持っているという話は前に聞いたが、少しずつ状況は変わっていくわけで――
「咲とのことなら、心配いりませんよ」
また、考えを見透かされた。魔法だろうか。それとも、俺が「考えていることが顔に出る魔法」の使い手なんだろうか。
「透さん優しいから、私と咲のこと心配してくれるだろうなって。違いました?」
「……違わなかったです」
隣を歩くハイエルフの高貴な微笑みを見ると、彼女の言葉を疑う余地など欠片ほどにもないのだろうという気がした。