第1話 どう見たってエルフだろ
「また同じクラスだな、透っ!」
玄関に張り出された名列を見ていると、後ろから声をかけられた。声の主は、もう小学生の頃から10回も同じクラスになっている、阿良々城 孝志だ。
「昨日から始まった限定ガチャ、引いたか?」
「30連だけやってみたけど、駄目だった。『古木の剣聖』、欲しかったんだけどな」
「俺なんか『奈落に踊る乙女』欲しさに300連やって大爆死したぜ。まぁ、お互いの不運は、こうして同じクラスになるという幸運の布石だったってことにしとこうや」
「それも不運の続きっていう気もするけどな」
「ツレないこと言うなよ~。不運だったのは、今年も出席番号を間違えられてたお前だけだっての。去年に引き続き、ツキミサトなのに一番後ろだなんてな」
「何回使うんだよ、そのネタ。月見里って書いて、ヤマナシって読むんだよ。大体、横にふりがな振ってあるだろ」
呆れながら言うと、孝志はそれを無視して、「それにしてもよ」と話題を変えた。いつもながら、ノリと勢いで生きているヤツだ。
「1年のときは見なかった名前が、ふたつもあるよな。気付いたか?」
言われて、あらためて氏名を確認していく――とは言っても、同じ学年の全員の名前を把握できているわけじゃない。正直、なんとなく見たことあるな、という名前も多い。
それでも、あっと気付く部分があった。
「可士和 花と、早良 咲っていう名前は、聞き覚えがないな」
「二人とも転校生ってやつだぜ、きっと。名前から察するにどっちも女子っぽいし、可愛かったらいいよな~」
「相変わらずだな。大体、転校生が来るとして、同じクラスにふたりも入るもんか?」
そんな俺の疑問に対する答えは、朝、一発目のホームルームですぐに出た。
「既に分かっているとは思うが、この学年に二人の転校生が加わった。どちらとも、ウチのクラスだ。早速、入ってもらおう」
担任の合図で教室に入ってきた人物を見て、自分の目を疑ったのは、絶対、俺だけじゃないはずだ。
扉が開いて入ってきた女の子は、優雅な足取りだった。満月のような金色のロングヘアが、風になびいて優美に揺れる。瞳は晴れた夏空のように清らか、白い肌は雪のような透明感で、その輝きは教室全体を照らすかのようだった。
みんなが一斉に彼女の方を見上げ、その美しさに目を奪われ、静かな息遣いが広がった。
だが、俺の視線は彼女の『耳』に釘付けになっていた。
そういうフェチってワケじゃない。
細く、長く、鋭く尖っていたのだ。どう見ても、『エルフ』のものだった。ゲームや映画で見るような容姿。森の守護者、精霊の使役者、樹上の射手……スマホのゲームで見たような、いくつかの呼称が頭に浮かんでは消えた。
彼女の姿が教室中を魅了している中、もう一人の存在が続けて現れた。
今度は『ダークエルフ』だった。
銀色のポニーテールが、まるで鋭い刃のように輝いている。瞳は新緑のように鮮やかで、森の奥深くを彷徨うような深みがあった。健康的な小麦色の肌は、暗闇の中でも輝きそうだ。彼女の足取りは軽やかで、その姿はまるで空を舞う鳥だ。
そしてやはり、彼女の耳もまた、細く、長く、鋭く尖っていた。
花と咲の姿は、まるで太陽と月のように対をなし、それでいて幻想的な森の妖精そのものだった。鮮烈な美しさに、みんなが魅了されていた。
「キレーな髪……染めた感じじゃないよね……」
「モデルかなぁ……すごいスタイル……」
「どんな前世を送ったら、あんな姿に生まれるんだろ……」
あちこちでひそひそと言葉が交わされている、が。
待て、待て、待て、待て。
確かに綺麗だとは思う。俺だって思う。だけど、そんなことよりも何よりも、どう見たって『エルフ』だろ。異世界の存在だろ。ファンタジーだろ。どうして誰もそこに触れないんだ。めちゃくちゃクオリティの高いコスプレだとしたって、それで高校には通ったりはしないだろ。
「それじゃ、ふたりから自己紹介を」
「可士和 花です。『澪の里』から参りました、ハイエルフです」
自分で言っちゃうのかよ。
「まだこちらの世界に慣れていませんので、色々と教えてくださるとありがたいです。よろしくお願いいたします」
「早良 咲です。見ての通り、ダークエルフです。出身は『凪の里』で、花とは幼馴染です。よろしく」
ハイエルフにダークエルフ……理解が追いつかない。現実に存在したのか? それともこれは夢なのか? まだ春休みで、春眠は暁を覚えないのか?
エルフがブレザーを着てスカートをはいてる……夢にしても、奇妙が過ぎる。
まるで何事もなかったかのようにホームルームは終わり、着任式が終わり、始業式が終わり、授業が始まり、終わり、放課後になった。
二人のエルフの転校生は、一日中誰かに話しかけられ、囲まれていた。だが、彼女達を撮影したり、囃したりする様子は、少なくとも俺が見ていた範囲ではなかった気がした。SNSにアップして、バズらせて――そんな発想に、誰一人としてならないっていうのも妙な気がする。これも、エルフ族の魔法か何かなんだろうか。
違和感を拭いきれなかった俺は、帰り際、教室を出てすぐのところで、孝志をつかまえた。
「なぁ。なんでみんな、エルフを見ても平然としてるんだろうな」
「なんでって、そりゃ、今は多様性の時代だからなぁ。ダイバーシティってやつよ。んじゃ、俺は今日から早速部活だから、また明日な。写真部としちゃ、あのふたりは絶好の被写体だ! 腕が鳴るってもんだぜ~」
多様性の時代――その一言で片付くもんなのか。俺って、時代に乗り遅れてるんだなぁ。
俺は釈然としないまま、晩飯の食材を買いにスーパーに寄ってから帰宅した。とても料理をする気になれず、出来合いの品を買い込んでしまった。古美術のバイヤーとして世界中を飛び回っている両親が、俺に放り投げたも同然の家に着くと、今日という日がまだ終わっていないということを思い知らされた。
「おかえりなさい、透さん」
「遅かったわね」
なんで、俺の家の前で、ハイエルフとダークエルフが待ち構えてるんだ。