33 ゆく河の流れは絶えないんだわ!
放課後。
「ふんふふ~ん♪」
鼻唄を歌い上機嫌なエルは、ぽわぽわの笑みを浮かべながら、ふと、
「ツツジって好きなキャラのこと“推し”とか言っちゃうタイプだよね、死ねばいいのにな~」
「え、と、突然なんなんだわ……?」
あのツツジがドン引きしていた。
「別にどうもしてないんだよ? ノワキが無事涙目敗走したから、次はツツジだなあって」
「ノワキだけじゃなくてエルも二重人格だったりするのかな」
日に日に露悪の権化と化していく愛しい彼女に驚きを隠せない。
「え……ノワ、なにかあったんだわ?」
あたりをきょろきょろと見渡して、教室のどこにもノワキがいないことに今更気づいたらしいツツジ。
「まあね。また一ついい女になった感じだ」
「スグルがなにかひどいことしたんだわ? あんまり私の親友いじめたら可哀想なんだわ……」
すると、エルが感心したように声を上げた。
「ツツジって……えっと……その……頭が足りない言動してるわりに、たまに鋭いよね」
「配慮してそれなんだわ!? 最初なに言おうとしてたのよ!?」
エルと話していると、ツツジがちょっとまともな女の子になってくれるので、僕は嬉しかった。
「エ~ル先輩っ、いい加減ユカリにもその美少女紹介してくださいよ!」
「きゃっ、ユカリ……」
狭衣に抱き着かれたエルを見て、ツツジがぽつりと呟く。
「あ、そこそこかわいい子だわ」
「あれっ、なんかユカリに対してだけテンション低くないですか……? なんだか声も低い……」
「何か私に用なんだわ?」
「えっ、いえ……そう言われると、別に……」
ツツジ的にはユカリは、「まともに話をしてやろうと思えるくらいにはかわいいけど、いつもみたいに大声ではしゃぐほどではないんだわ」という絶妙なラインの女の子らしい。
「とりあえず、後輩なら敬語使ってほしいんだわ」
「本当にさっきの人と同一人物ですか!?」
僕の周りには、相手によって態度を変える、よろしくない人間ばかりなのだった。
「でもたしかに、ユカリって、学園ものエロゲのヒロインの中だと一番格が低いし、シナリオも外注のハズレライターが書いてるイメージあるかも」
「後輩ってのもあるよな。学年一の美少女クラスメイト、お節介焼きの幼馴染、文武両道でたまに生徒会長とかしてる先輩、部活の後輩……そんな感じのヒロイン構成よく見るけど、だいたい後ろ二人が底辺争いしてるし」
「無理やりヒロイン数を5人で揃えてた時期には絶対いたけど、近年の攻略ヒロイン数減少の傾向に伴って真っ先に消された属性だよね」
「何言ってるのかは全く分かりませんが、なんとなく貶されているんだろうなってことは分かりました」
ツツジも冷たい真顔で付け加える。
「典型的な『大型犬的な愛らしさでクラスのマスコット的な存在として好かれている女の子』って感じだわ」
「その表現がマイナスの意味で使われることあるんだ……」
ツツジの持論では、「『学年一の美少女』なんていう表現はバカなんだわ! せいぜい百数十人のなかで一位取ったって、サル山のボスに過ぎないんだわ?」とのことなので、「クラスのマスコット」などもっての外なのだろう。
「ちなみにツツジの私評ってどんな感じなの? ちょっと気になるかも」
好奇心に突き動かされたエルが、そんなことを訊く。
「金髪巨乳美少女だわ!」
「あ、外見が十割なんだね」
「なあ、それだとさざれは……」
「金髪爆乳美少女だわ!」
「私を型落ちみたいに言わないでよ!!」
普通に嫌な気持ちになって落ち込むエルと狭衣、楽しそうなツツジ。
この光景を見て、僕は改めて思う。
「エル、僕はそんな感じでツツジとも仲良くなって欲しいよ。友達にはなれそうって話だっただろ? ノワキはともかく」
「うん。さっきの悪態も冗談半分だし、この一週間でツツジのことはなんとなく分かってきたから、大丈夫だよ。ノワキはともかく」
「ノワがなにをしたんだわ……?」
僕らが教室でワイワイ話をしているのを、今まで横で聞いていたらしいヨウが、ちょっと引き気味にボソッと零す。
「お前らって友達をバカにされて悔しいとかその手の感情はねえの……?」
そこの考えに関して、僕とツツジは一致している実感があったのですぐに答えられた。
「まあなんというか、自業自得なところあるしさ」
「普段傲慢に振舞ってるなら、多少仕返しを食らってもそれは甘んじて受け入れるべきなんだわ?」
「そこで変な仲間意識で庇ったりしても醜いだからね」
「そんなことしたら、私たちのやりたい放題を看過している有象無象に示しがつかないんだわ?」
「――それこそが、自由ってことなんだと思う」
「エル先輩が唐突に神妙な面持ちで自由を語り出した……」
エルは多分適当にそれっぽいこと言ってるだけの便乗野郎だ。
「そ、そういうもんかね……」
額に汗を垂らしたヨウが、付き合ってられんとばかりに鞄を肩に掛けて教室を出ようとする。
それに気づいたユカリが……ツツジの言葉を借りれば大型犬のように、しっぽを振って追いかけていく。
「一緒に帰りましょう、アキラくん!」
「おう」
あの二人も仲が良く、大変よいことである。収まるべきところに収まった感じがある。世界はよくできている。
「――あっ、ノワ!」
ツツジが声を弾ませる原因が、二人と入れ違いになるようにして現れた。
銀髪のツインテールを黒のリボンで括った美少女が……俯きがちに、ふらふらと覚束ない足取りで、僕の元までやってきたかと思うと……
「おねがい……おねがいスグル、わたしと一緒に帰って……! わたしの家に来て……!」
今が放課後で、僕たち以外教室に誰もいなかったのが、不幸中の幸いだろう。
「え……急にどうしたんだよ」
ノワキは僕の制服を皺ができるほど強くつかみながら懇願する。
「あなたがわたしのこと嫌いなのは分かったわ! だからもう面倒なこと言わないから! 理解者ぶったりしないから! もういちどだけわたしにチャンスをちょうだい! 今度はちゃんと、あなたの前で料理するからぁ!」
「え、えぇ……」
突然戻ってきたと思ったら、なんか迫真の表情で泣き付いてくるノワキに、普通にドン引きしてしまう。もしかして、あれからずっと泣いてたの? やば。
――この女、情緒不安定なんじゃないか? こっちとの温度差がすごい……。……いや、でもプールで溺れた時もこんな感じで取り乱してたっけ。
普段は気丈に振舞っているが、いざというときのメンタルが脆いのだろう。あの家庭環境なら頷ける。
……正直僕は、どっちでもいい。こんな女は切るべきだとも思うし、むしろ手懐けてみたさもある。気持ち的にも半々だ。
ので、僕は彼女に判断を仰ぐ。
「エル、今日はノワキと帰ってもいいか?」
「んー。どうしようかなあ」
形の上では悩む素振りをしたエルだったが……最初から言うことは決まっていたのだろう。
「あ! じゃあノワキが、頭を下げて誠心誠意、私に優くんとの下校を懇願するというなら、今日だけ譲歩してあげましょう!」
照度十万ルクスぐらいの笑顔で、そんな提案をしてきた。
「…………分かったわ」
引きつった顔も一瞬のこと、ノワキはすぐにその提案を呑み、相手の言う通り、深々と頭を下げて言った。
「……っ、お……お願い、します……今日だけ、スグルと帰らせて……ください……っ!」
「…………」
「……おねがい……」
「あ、え? それだけ? ノワキの誠意ってそんなもんなんだ?」
エル、性格わっる。
「…………自分が、人の彼氏を取るようなことをしてるのは……卑しい女だっていうのは……自覚してます……もうこれで、終わりにするので、今回だけ、お願いします……!」
ノワキの声は震えていたが、それがノカゼの愛の衝動に突き動かされての言葉だと分かっていれば、全く同情する価値もない。
「んふ。いいよ。特別に許してあげる」
エルからは聞いたことのないタイプの笑い声が聞こえてきてひっくり返りそうだった。
まあ、こうなったらやることは一つだ。僕はノワキに、自分のなかのノカゼを認めさせる。それで目を覚まさせる。僕を認めさせる。僕に惚れさせる。それで……この心のイライラを、治めるだけだ。




