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16 いっけないちこくちこく~……遅刻だからなんなんだわ?

「ちょっと胸を貸しなさい、ユキ」

「ぎにゃあああああああああ!! ちぎれるちぎれるちぎれますわああああぁぁぁぁ!!!」


 部屋中に、御簾納(みすのう)さざれの叫び声が響き渡る。


「いいいいきなりなにするんですの!?」

「スグルが巨乳好きらしいから、ユキに胸を貸してもらおうと思って」

「頓智ですの!?」

「ユキも育ちすぎて困ってるでしょ、少しお裾分けしてくれる?」

「あなたがたまに付けてるパッドとは違って、これは取り外せませんのよ!!」

「チッ」

「そもそも人の胸を勝手に触るのはやめてくださいまし……!」

「いいじゃない。どうせ偏差値40の爆乳なんてAV女優確定路線だし、練習だと思って」

「こんな女、不良たちから助けなければよかったですわ……!」


 さざれは野分(のわき)を睨みつけながら、強く後悔した。


「――おろ? さざれ、なんで泣いてるんだわ?」


 お盆にお菓子とジュース、グラスを載せた躑躅(つつじ)が、部屋に入るなり首を傾げた。


「なんでもありませんわよ」 

「ありがと、ツツジ」

「サイダーでよかったんだわ?」

「ええ」

「このお菓子手作りですの?」

「バターサンドクッキーと……普通のクッキーには余ったラムレーズン入れてみたんだわ!」

「スグルのために作ったのに連絡つかなくて渡せなかったのよ。ウケるでしょ」

「十六夜さんでなければ鬱展開でしたわね」

「なんでだわ!? 私だって普通に悲しかったんだわ!?」


 詮無き言葉を交わしながら、各々飲み物を注いだコップを持って――


「それじゃ、校舎全焼&休校を祝して――」

「乾ぱ~いっ、だわっ!」

「一応休校ではなく、リモート授業がありますのよ……当たり前のように誰も出てませんけど」


 グラスを触れ合わせてから、サイダーに口をつける白住三女神(しらずみさんじょしん)の面々。


 先日、白住学院にて一般人の魔力暴走が確認された。幸いにも、その場に居合わせた魔術関係者(さざれ)の尽力により、人的被害は最小限に留められたのだが――魔術による炎によって、校舎は丸焼けになってしまった。消防が駆けつけるもなかなか鎮火せず、建物は全壊。学校は閉鎖され、現在は市の公民館などを使えないかと学校側が掛け合っている状況だった。よって、向こう数週間ほどは臨時的にリモート授業を行うこととなっていたのだが――白住の生徒がそんなものに律儀に出席するはずもなく、そもそも教員にすらあまりやる気がない。その授業形態は、開始数日にして早くも形骸化していたのだった。


 その例に漏れず、躑躅と野分もこの期間を休校かなにかと勘違いしている。暇を持て余した二人は、真面目にリモート授業に出席しようとしていたさざれを強引に誘い出し、平日の昼間にもかかわらず、躑躅の家に集まって「白住終了記念パーティー」を開いていたのだ。


「学校燃やしてくれたバカには感謝しかないわね」

「私たちも学校が嫌になったら燃やせばいいんだわ!」

「こんな奴ら、男に弄ばれて捨てられるのも当然ですわ……」

「その話したいわ! 第三回、更科優攻略会議! みんなで寝取ろう更科優、だわ!」

「今回はそのために集まったんだもの」

「わたくしは自分たちの校舎が燃えたのを祝う最悪の集まりだって聞いてましてよ」

「どうせもうすぐ夏休みだし学校なんてないも同じよ」

「まだひと月近くありますわよ」


 躑躅たちにはこの頃、時間の進みがとても素早く感じられた。


「スグルの彼女であるエルをどうするかなんだわ」

「あんなのどうでもよくないかしら」

「美少女をないがしろにするのはだめなんだわ!」

「その美少女から彼氏を寝取るのはいいんですの? かわいそうですわよ」

「まあ、私の方がかわいいし?」

「わたくしはたまに十六夜さんが怖くなりますわ……」

「そもそもの話、わたしはスグルが彼女持ちかどうか、あんまり気にしてないの」

「そう言われると、私も私の美を認めてもらえたらそれでいい気がするんだわ」

「身を引くという選択はありませんのね……」


 無事、エーデルワイスから寝取る計画は白紙となった。

 

「なら、どうしましょう」

「さざれ、なにか案はないんだわ?」

「どうしてわたくしに振るんですの……」

「ユキが最近、魔術がどうのこうのって大義名分の元にスグルに近づいてること、知ってるもの」

「下心があるような言い方はやめてくださいまし! 純粋に例の魔眼の件でお話があるんですのよ!」


 ここ一週間、優とさざれ、そして(いちじく)はたびたび集まっては魔術やそれにまつわる事柄について情報共有していた。


「たぶん巨乳好きでナチュラルに女を見下してるスグルの前に、頭は悪いけど胸だけは大きい抜きゲーのヒロインみたいな美少女が現れたらどうなるか分かったものじゃないわ」

「一生に一度あるかないかというレベルの侮辱を受けましたわ」

「巨乳のエルがスグルの彼女だって分かってから、ノワ、胸のことばっかりだわ!」

「…………」

「ノワ、自分の胸を揉んだって大きくならないんだわ?」

「やらない善よりやる偽善よ」

「何言ってるかよく分かりませんし、本当に切羽詰まってるんですのね」

「私も奴隷契約を解約されちゃったし、次の関係性を考えないとなんだわ!」


 実のところ、二人はわりに焦っていた。優の彼女発覚から一週間が経ち、その間、優とは一度も会っていない。この事実が、これまで自分たちが短期間で積み重ねてきたものがすべてパーになったのではないかという感覚を、躑躅と野分に与えていたのだ。 


「リノが巨乳ネタをひたすら擦りまくる安易な貧乳キャラになってしまわれる前に、更科さんともう一度しっかりと話をする必要がありますわね」

「もうこうなったら、多少強引な手段を使ってでも印象付けをしていくしかないと思うんだわ!」

「それをやりだしたらなんだか負けを認めたみたいだから避けてたけど……仕方ないわね」


 これまでの二人は、なんだかんだ自分のような美少女と一緒にいれば、何もしなくとも向こうは振り向いてくれるだろうというプライドを捨てきれていなかった。こうして口先だけではない主体的な行動を取ろうとするようになったことは、二人にとって、大きな成長と言えるだろう。


「具体的にはどうしますの?」

「そんなの決まってるわ。イベントを強制発生させて好感度を稼ぐのよ」


 野分は妙に生き生きしていた。



   ☽



 前方から、下校中の優が歩いてくるのを、T字路の角に隠れた三人はしっかりと確認する。


「それじゃ、打ち合わせ通り行きなさい、ツツジ」

「えっと……私がスグルに向かって走って、わざとぶつかればいいんだわ?」

「そうよ。慌てて走ってて速度を落とす暇もないから『どいてどいて~』とか言いながら、主人公とぶつかって、尻もちつきながらパンチラするヒロイン」

「ラブコメ名物、お転婆衝突パンチライベント――軽いラッキースケベですわ。多少今更感はありますけど、これまでエロハプニングが少なかった分、更科さんにも新鮮に映るはずですわ」

「二人ともフィクションの恋愛に詳しいんだわ!」

「褒め言葉として受け取っておくわ」

「ほら、十六夜さん。そろそろ更科さんがこちらに来ますわ」

「わ、分かったんだわ!」


 意を決した躑躅が通路の中央に躍り出ては、優に向かって元気よく走り出す。


「そこの前の人~、どいてどいて~、だわ~!!」


 優が道の端に寄った。


「なんでどくんだわ!?」

「え、どけって言われたから……というかお前、ツツジじゃん。なにしてるの?」

「…………ひ、久しぶりだわ?」



   ☽



 一同は躑躅の家に撤退し、作戦を練り直すことにした。


「失敗しちゃったんだわ……」

「スグルが運動神経良いのを失念してたわ」

「なんなら前フリの方が長かったじゃないのですの」

「次はどうするんだわ?」

「とりあえずこの路線でいけば間違いはないはずよ」

「どこらへんに手応え感じたんですの?」

「ツツジ、あなた水分に転校しなさい。美少女転校生よ」

「学力的に厳しいんだわ?」

「そんな悲しいこと言わないでくださいまし……」

 

「――まあ、ノワ姉とさざれお姉さま! 遊びに来てくださっていたのですか!」


「おじゃましてるわ、サツキ」

「久しぶりですわ。相変わらず姉と違ってしっかりしていますわね」

「いえいえ、姉さんがダメすぎるだけですよ」

「それもそうね」

「私こういうのあんまりよくないと思うんだわ……」

「愛ゆえですわ」


 本日一番適当なさざれの発言だった。


「嫌よ嫌よも好きのうちなのよ。というわけで、スグルにたくさん嫌がらせして好感度稼ぎましょう」

「無理やり話を戻しましたわね……」

「話はよく分かりませんが、応援しています」

「そうなったらやっぱりスグルに会わなきゃだわ!」

「ユキ、最近スグルとキューちゃんとよく会ってるのよね? 次スグルと会う日時を吐きなさい」

「そこへ突撃だわ!」

「この状況を楽しむのは結構ですけれど、わたくしを巻き込まないでくださる?」


 口ではそう言いながら、どこか頬が綻んでいたのは、さざれが真に二人の友人である何よりの証拠だった。



   ☽



「ああ、そうそう、シラガミに逃げられましたわ」

「ニギホが学校から帰ってきたら……いなくなってました……」

「へぇ、ヤバいじゃん」

「ヤバいんですわよ」

「な、なんか……今度は芝蘭堂くんに魔眼、あげちゃったみたいです……」

「ガチのマジでヤバいじゃん」

「ガチのマジでヤバいんですわ」


 土曜日。三手白神社の社務所内に集まった僕ら三人――僕とズミとさざれ――は、魔術の勉強の休憩中、アイスを食べながら平和に雑談していると、


 ――ドンガシャバタァン!!


「御用だわ、御用だわ!」

「よろしゅうおたのもうしますぅ、わたし野分と言います」

「言われてみると源氏名っぽいね。何しに来たんだよ」


 もうあまり驚きもない、ツツジとノワキが戸を蹴破り、突如として現れたのだった。


「う、うちの戸がバキバキに……あとでママに怒られるぅ……」

「あ! アイス食べてるんだわ!」

「そろそろ夏だものね」


 そしてズミを泣かせた二人は当たり前のように僕の問いを無視する。


 ツツジは、ピノを食べているさざれにダル絡み。


「一つちょうだいだわ?」

「いいですわよ」


 ノワキは僕の雪見大福を見つめている。


「二つちょうだい」

「そんなことある?」


 ズミは棒アイスを一人で食べていた。


「誰かニギホにも絡んでぇ……」


 僕は以前と変わらぬ厚かましい振る舞いを見せるツツジとノワキに、思わず苦笑いしてしまう。


「……君たち、相変わらずだね」

「私たちはずっと変わらないわ!」

「いえ、あなたが十年後も同じノリだったら普通に縁を切るけど……」

「なんでまだ僕に構うんだよ。これでも僕は、二人に嫌われることをした自覚があるんだけどな」

「自覚があるなら大丈夫よ」

「そうだわ! 『自覚がある分なおさら質が悪い』みたいな言説ははっきり誤謬だと私は思うんだわ!」


 謎の全肯定美少女二人を眺めながら、僕はこの状況を当事者意識の欠如した妙な視点で見ていた。……要するに、僕は少し白けていた。


「好きでもない男のために大変だね」

「え?」「ん?」

「なんだ?」

「……そうだわ?」「……感謝しなさい、スグル」

「急につけあがるよね」


 なんだ今の反応。

 ……まさかこいつら、僕に惚れてしまったのか?


 あまり好かれるのは怖い。

 好感度調整してみるか。


「美少女のハメ撮りって売れば金になるらしいね」

「わたしとえっちしたいの?」


 難しいな。


 ……惚れてないなら、やはりこいつらが僕を追いかけてくる理由が見つからない。


「私ばっかり変人扱いするけど、スグルもわりと突飛な発言多いんだわ……?」


 ツツジは分かる。いつもの美だなんだとかいう頭の病気だ、仕方ない。


「いろいろ複雑なお年頃なの、許してあげて」


 ……ノワキは? 

 こいつは元々、それとは知らずに僕の魔力集めに協力してくれていたにすぎない。僕にその気がなくなった今、ノワキが僕によくしてくれる理由は、もはやないように思える。


 ……やっぱりまだ、二人については分からないことだらけだ。ひと月ばかり一緒にいたからって、理解した気になるのは間違いだと……あの日、二人に言ったのは他ならぬ僕だというのに。


「……はぁ。ツツジにノワキ、ともかく……この間は悪かった。二度と顔見せるな的な発言は取り下げるよ」


 あれは少し勢い任せで言いすぎてしまったかもしれない。エルも珍しく嫉妬するし、僕自身、用もない異性に付きまとわれるのは御免だと考えていたことによる例の発言だったのだが……女友達ができたのだと思えば、少しは気も軽くなるか。


「じゃあ、これからも会っていいんだわ?」

「うん」

「また授業中にお邪魔してもいいんだわ?」

「ううん」

「やったわ!! ノワ!!」

「よかったわね」


 二人とも笑顔だ。どうやら喜んでいるらしい。二人は僕と会えるのが嬉しいようだ。それは、一体何のために? それはどうして?


「じゃあじゃあスグル、明後日から一緒に学校行くんだわ!」

「お前んとこの学校は燃えただろ」

「スグルの学校!!」

「勝手にしろ」

「わーい!」


 僕は平穏な学園生活を諦めた。


「ノワキもか?」

「もちろんよ」

「もちろんではないよ」


 白銀のツインテールをぷらぷら揺らして、ノワキはくすくす笑っていた。何が面白いのか。

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