35 絶対明日からも付きまとってくる問題……お、ダブルミーニングだ。
「そっか……ヨウは振られちゃったか……」
僕は懐にエルを抱きながら、親友の失恋を思う。
「うん……明日、ちゃんと謝らなきゃだね……」
「そうだな」
僕はヨウの恋が実らなかったことを悲しんだ。
エルはヨウを悲しませてしまったことに責任を感じていた。
「…………」
僕は、《片恋目》を発動させる。
「……優くん」
この時、エルは片目の視力を失う。彼女に宿っていた眼の力が、僕に移されるからだ。僕がたまにしか、それも一瞬しか魔眼を開かなかったのは、エルの見ている景色を奪わないためだった。
「ノワ! 無事だったんだわ!」
「ええ……あなたたちも」
「私たちは無事! ……だけど……」
「聞こえてたわ。残念ね」
淡い桃色にぼやけた視界で、躑躅と野分、二人を見遣る。
……しかし……
「反応なしか」
魔眼は、なんらの力も見せやしない。
――魔力自体は、《片恋目》が使えなくてもなんとか供給はできる。いや、本来はできないんだが、例外的に、僕らの近くには魔術師がいたから。
八月一日九が……ズミが。三手白神社の秘巫女が、定期的に魔眼の様子を診て、必要とあらば魔力を流してくれていた。
そのおかげで、この数か月間……僕はついに一度も《片恋目》で魔力を集められなかったにも関わらず、魔眼のモノを見る力だけは保たれ、エルは今も晴眼者として暮らせている。ズミには本当に、感謝してもしきれない。
とはいえ、いつまでも彼女の力を借りてばかりもいられない。僕らはやはり、自力で魔力を集める必要があった。
――だからこれは、実質的には、エルと僕との勝負でもあったのだ。
魔力が切れないなら、物理的な期限はないに等しい。もしそれが終わるとしたら、精神の問題によってだった。
エルがこうして不満を爆発させて、僕の彼女だと公言するようになるのが先か。
僕がエル以外の子を好きになって、《片恋目》が使えるようになるのが先か。
そういう勝負だった。そういう勝負で、僕はエルに負けた。僕は、躑躅を、野分を……好きになれなかった。
だから……
「ツツジ、ノワキ」
「……なんだわ?」
「ねえスグル、いいの。そういうのは言わなくて――」
「今まで、悪かった。通報でもなんでもして構わない。もう『通報するな』と、この顔で脅すようなことはしない。好きなようにしたらいい」
この二人とも、ここまでだ。
「何言ってるんだわ?」
「別にあなたに彼女がいようが、わたしには関係ないわ」
「あの子ほんとうに苦手……!」
エルにそこまで言わせるってよっぽどだぞ、ノワキ……。
「二人がどう思おうと、僕はもう君たちとは会わないよ」
「それは困るんだわ!? まだ私、奴隷としてなにもしてないもの!」
「それでいいじゃないか」
そうやって形式にばかりこだわって、内実が伴わない空虚な関係。この1ヶ月間がずっとそうだった。あるべきものが、あるべき形で終わろうとしているのだ。なにが不満なのだろう。
あなたの奴隷になるだとか、君を好きになりたいだとか、そんなのいくらでも言える。
「言葉はすぐに裏切る。約束なんて意味を為さない。絶対の誓いだの、固い意志だの、そんなものは簡単に覆る。ノワキなら分かるだろ?」
「あら、わたしに分かってもらいたいの?」
は? この状況で僕を煽ろうとするの頭おかしいんじゃないの、あいつ。……ニヤニヤするな!
「べーっ」
エルもなんかムキになってるし。普段あっかんべーとかする子じゃないよね、源エーデルワイスさん……。
「それ喧嘩売ってるのよね? いいわ、わたし今日は厄日で、もう散々なの。この溜まった鬱憤をあなたで晴らしてあげる」
「ノワやめるんだわ! 美少女は殴っちゃだめなんだわ!!」
「そこでふよふよ浮いてる女神、あなたも加勢しなさい」
『私は皆の味方です』
「キューちゃんによると、わたしはシラ2号だって。ならあなた1号でしょ? 1号と2号は共に戦うものよ」
『あまりあのアバズレ巫女のつけた綽名で呼んでほしくはないのですが』
最後くらいはまともに向き合おうと思ったのにこれだよ。
そうやってふざけてたら、なんとかなるとでも思ってるのかな。
ならもう、付き合いきれない。……付き合おうだなんて思わないうちに、早くここを去ろう。
「行こう、エル」
「もういいの?」
元々まともに機能したこともない《片恋目》。それがエルのネタバラシによって、僕と彼女らを繋ぐマクガフィンとしての価値すら失った。
もはやあいつらと一緒にいる理由もない。適当に他の女で、しらみつぶしに試していけばいい。
「美少女なんていくらでもいるしね」
「最低ぇ」
僕の腕を抱き、ぷくーと頬を膨らませるエルと一緒に、白住公園から抜ける。
「スグル! 待つんだわ!」
「また明日よ、スグル」
「僕がなんで彼女がいることを隠してたか、教えてやるよ」
相変わらず諦める気のない二人の姿は、その言葉は――
「彼女持ちだと知って、なお言い寄ってくるような非常識な女……僕が好きになれないからだよ」
――すぐに大勢の人だかりに紛れて、消えてしまった。
「結局僕らは、お互いのことを何一つ知らなかったな」
風に煽られた白住の炎が、宵の口の大空に高く舞い上がる。どうかこの業火が、これまでのすべてを焼き尽くしてくれますように。
優「もう少しだったかもな」




