32 巨乳しね。
すっかり日が沈み、夜の色に染まる空を、赫奕たる威容――炎に包まれた白住学院の校舎が、明るく照らし出しています。
ぼうぼうと燃える現場からなんとか脱出した優と躑躅は現在、『白住児童公園』に避難していました。ブランコとシーソーがポツンと置いてあるだけの、よくある小さな公園です。
近頃は児童公園とは名ばかりの、不良のたまり場と化していたその場所に――部活中だった生徒たちの多くが、集まっていました。
「まぁ……ここまで来れば安全だろ」
「…………」
「ツツジ?」
同意の言葉が返ってこないので、優は隣に立っている躑躅に目を遣ります。
「手、つないだままだわ……?」
すると彼女の頬に、仄かに朱が差しているのを夜の闇のなかに認めました。躑躅は火事現場に背を向けているので、火の悪戯というわけでもなく、それはたしかに彼女が羞恥心をくすぐられているが故の反応なのでした。むしろ炎の明かりが齎すくっきりとした陰影が、その端整な顔立ちに浮かぶ含羞のどうしようもない朱色を際立たせていました。
「え、今更……?」
「な、なんなんだわ!?」
優は手繋ぎ程度で恥ずかしがる躑躅に驚きを通り越して若干引いてしまいます。躑躅はそれが不服なようで、朱色に染まる頬をぷくっと膨らませて拗ねるのでした。
「いや、散々ぱら美だのなんだのって騒いでるお前が初心なキャラは無理が……なくもない、のかな……? うーん……」
「ひどいんだわひどいんだわ! 私は今まで異性と手を繋いだこともなかった生娘美少女なんだわ!? おうちデートの時がはじめてだったんだわ!」
「生娘を自称するやつがあるか」
「私とっても乙女なんだわ? 純粋純真完璧美少女だわ?」
だから自分の扱いには配慮しろ……とまでは言葉にできないあたりが、美しいものには傲慢になれない躑躅らしさなのでした。
――そういえば、弁当を褒めた時もなんか顔を紅くしてたしな……美に関することには真剣だから照れがないだけで、むしろこっちが素なのか……?
「まあ生娘でも乙女でも構わないけど、この暗がりと人ごみでまたはぐれたら面倒だから、手は繋いだままだぞ」
「…………あぅ……」
躑躅はしおらしく俯いてしまいました。
「わ、私はスグルの奴隷だもの……そう言われたら逆らえないんだわ……?」
「ここぞとばかりに奴隷を持ち出してきた」
ほとんど忘れていた優です。
「とにかく、ノワキを見つけよう。それまでは安心できないだろ」
「そうだわ! ノワー! 不知森野分ー! 生きてたら返事するんだわーー!!」
「忙しないやつめ」
辺りを見回す躑躅は、優の手をぎゅっと握りながら親友の安否を憂うのでした。
☽
それかあらぬか、ちょうど銀髪の美少女がその時、公園に姿を現しました。
「よいしょ、っと……」
公園の茂みを抜け出て、人だかりのなかに紛れた野分は、上下ジャージ姿でした。例の『更科』印のジャージです(彼女は未だに返していなかったのです)。
「ひとまず、二人を探さないと……炎に巻き込まれてくたばってないといいけど」
さざれに逃がされた野分はまず、優たちに合流するより先に教室に向かい、自身の机に掛けてあった体育ジャージの布袋を取りに行きました。不良の暴行により膀胱が不良を起こしてしまったため、制服を着替える必要があったのです。
布袋を抱えた彼女は、着替えのためトレイに……駆け込もうとしたところで、件の火災(人災)が発生し、避難を余儀なくされたのでした。
野分は勉強はできませんが頭は良かったので、一早く非常口から脱出し、公園にたどり着き――
つい先程まで、公園の茂みでせっせと着替えをしていたのでした。
「……この格好、よく考えたらなかなかに……」
その際、粗相をした時に真っ先に汚れてしまった下着は制服と一緒に脱ぎ捨てましたから、彼女は今、下を履いていません。ノーパンジャージでした。
彼女は太腿の付け根のあたりに施された『更科』の刺繍に視線を向けて、言いました。
「こんなのもう、ほとんど性行為じゃない……!」
先ほどまで恐怖で号泣していた野分は、まだ少し情緒が安定していないようでした。
「なにかの間違えで妊娠したら、どうしてくれるのよ……!」
色々と間違えている野分は、優のジャージを肌に直に纏っているという事実に、ちょっとした背徳感を覚えていたのです。
「あの男、責任とか取らなそうよね。子供ができても全部わたしに押し付けてきそうだし。わたしが捨てられて露頭に迷っても絶対ヘラヘラ笑って……なんだかイライラしてきたわ」
本人がいないのをいいことに言いたい放題です。
「あれ不知森さんだよね」「なんか一人でぶつぶつ言ってるけど……」「とうとう躑躅ちゃんの妄言まき散らし癖が移っちゃったのかな……」「まあ、濃厚接触者だったしな……」「『仲良し美少女コンビのうるさくない方』がおかしくなっちまったよ……」「残ったまとも枠は生徒会長だけか……」「とりあえず離れとこっか、ぶつかったら難癖つけて損害賠償とか請求してきそうだし……」
彼女はその独り言の激しさから、周囲の生徒に距離を取られていました。
――……ノワー……!
「あら?」
ふと、夜の風に乗って非常に親しみのある愛称が聞こえた気がした野分が、耳をすまします。
――ノワー! 返事するんだわー! だわー! だわー……。
――自作自演やまびこやめろ。
――きゃいんっ。い、痛いんだわ!
――殴った方の手も痛いんだ。
――だからなんなんだわ!? わうぅ、スグルがいじめるんだわ……ノワー! 早くこっち来て私に加勢するんだわ~!!
「……ふふっ」
どこからか聞こえてきた声に、思わず口許を綻ばせる野分です。
それと同時に、密かに心配していた大切な存在たちが無事だったことを知って、そっと平坦な胸をなでおろしました。
「もう……ホントにバカなんだから。わたしはスグルに加勢するの」
悪態をつく言葉の裏には、嬉しさを滲ませて。
野分は、声のする方へ向けて一歩を踏み出した――
「――きゃっ」
のですが、後ろから野分を追い越すようにやってきた人影に、軽くぶつかってしまいました。
――全く……こんなのばっかりね……。
些細な接触事故から痛い目を見た数刻前を思い出した野分です。
「ねえ、ちょっと――」
それでも文句の一つくらいは言ってやろうと、衝突相手を睨めつけたのですが。
「え……?」
野分のことなど無視してずんずんと前をゆく相手の……彼女のゆるくウェーブした金髪が風に靡くのを見て、そんな気はすっかり失われてしまいます。
6月の夜の風はいよいよ勢いを増し、墨色の空を赤々と染めてさらに大きく、強く成長する魔の炎、これはかつての恋の緋鹿子着込んだ娘の淡い想いが、大火となっては江戸の市中を燃やしたごとく、真に苛烈を極めるのでした。
☽
「むむむ……あっちからノワの気配がするわ!」
「美少女は引かれ合う的なアレか?」
「あっちだわ、あっち!」
ずびし、と躑躅が指を差します。
その先には、一人の少女が立っていました。
野分ではありません。
「…………」
燃え盛る校舎を背景に、そこに佇むのは……金髪ゆるふわウェーブの美少女。
「…………」
源エーデルワイスでした。
「エルだわ! なんでここにいるんだわ?」
戸惑いつつも、知り合いの美少女に会えて万歳をする躑躅。
「――!」
……その振り上げた右手が、優の左手と繋がれているのを、エーデルワイスはたしかに見てしまったのです。
「…………っ」
おそらくは、それが決定打だったのでしょう。
「……も、もう、私……っ」
ゆらゆらと陽炎のような足取りで、縋るような目つきで、優に向かったエーデルワイスは――
「ねえ……もう、我慢むりだよ……っ」
ぎゅっ――と彼に抱き着き……そのまま流れるように、つま先立ちで――
「んっっ……」
自身の桜色の唇を、優の唇に押し付けたのでした。
「……っ」
優はゆっくりと目を閉じて、それに応じます。
空いている方の手を彼女の頭の後ろに回し、支えるようにして……
「ちゅっ……ん……ちゅ、ちゅう、んん……ちゅく、ちゅうぅぅ……んっ……」
二人は慣れたような動作で、互いの唾液を交換し合います。
「……ん、んんっ……ちゅ、ちゅむぅ、ん……ちゅ、れろ、れぇっ……ちゅぷぅっ……!」
時には水音のようなものも交えつつ、強く抱き合った二人は、いったいどれほどそうしていたか分かりません。10秒か、1分か、はたまたそれ以上……
ともかくエーデルワイスが身じろぎし出したあたりで、優の方から口を離しました。
「ンっ……はぁっ……」
二人の舌から名残惜し気に糸が引いているのが火明かりによって照らされ、隣にいた躑躅にも見えたほどです。
優を見つめるエーデルワイスの眼差しは、切なそうにとろんと惚けていて、キスを終えたあとも、その懐から離れる気はないようでした。
「……………………スグル?」
驚きのあまり後退った躑躅は自然、優の手を離してしまいました。
解放された左手で、優はエーデルワイスの片頬を優しく撫でます。
「んっ……」
くすぐったそうにするエーデルワイスを見つめる優の顔には、どこか寂し気な色がありました。
「……そっか。ここまでか」
「……ごめんね、本当にごめんね、優くん……」
優に抱きしめられながら、泣きそうな声色でエーデルワイスは陳謝します。
「エルが謝る必要はないよ。これまで全部、僕のわがままだったんだから」
「そ――そんなことないよ! 優くんは、私のために頑張ってくれてたのに……っ!」
二人はお互いを綽名あるいは略称で呼び合い、躑躅にはなんのことやら分からない言葉を交わします。
「違うよ。エルのこれからのことなんだから、それはつまり、二人のためだ。そうだろ?」
「……優くん……ありがとう。うん、うん、そうだよね」
黄金の波のような髪を撫でられながら、エーデルワイスはこくこくと頷きました。
……これまでにない疎外感を覚えていたのは、躑躅です。
すっかり困惑してしまった彼女は、狼狽えながらも優に訊ねました。
「す、すぐる……? なに、してるんだわ……?」
その疑問に答えたのは、しかし、エーデルワイスの方です。
「なにって、それは私の台詞なんだよ? あなたたちが私の優くんとイチャイチャべたべたしてるのを、私がどんな気持ちで見てたと思う?」
「私の、って……」
その言葉の意味するところを、躑躅はもはや半ば悟っていました。それでもなにかの間違いだろうという一縷の望みを胸に、エーデルワイスの言葉を待ったのです。が、
「だから……私は、優くんの彼女なんだよ」
あまりに決定的な彼女の言葉に、躑躅は意識が遠のく気持ちでした。
「えっと、特にノワキには誤解されてそうだから言っておくけど、私だって、付き合ってなかったらこんなにツツジたちのこと憎んでないよ? 彼女でもないのに一方的に二人のこと敵視してたら、それはちょっと嫉妬深すぎるというか、危ない子だし……」
エーデルワイスが躑躅と野分を目の敵に思っていたのは、自分の彼氏が他の女に色目を使われているが故なのでし。
エーデルワイスは例えば浮気された時、彼氏ではなく浮気相手を責めるタイプでした。
「……な……なんで、だわ……?」
自身の声が震えていることを、この時躑躅は自覚します。いつも自信に満ち溢れて快活な彼女の声が震えるのは、いつぶりだったでしょうか。
そんな躑躅の言葉足らずな問いを、やはり賢い優は、すぐに解します。
「その『なんで』が何に掛かってるのか聞きたいんだけど……まあ、全部だよね。彼女がいるのに、君たちをストーカーしてた。彼女がいるのに、君たちを好きになろうとしてた。そもそも彼女がいることを隠してあ。そりゃ『なんで』だ」
淡々と事実と説明だけを与えていく優。諦観にも似た念が、彼の言葉からは感じられます。覚悟はできていたのでしょう。
「――全部この《眼》のためだよ」
一転、優は魔力を迸らせた桃色の両目を見開きます。
「正確には、この眼を使う僕たちのため、か?」
それは《恋目》――視界に入れた者を恋に堕とす魔眼です。
「な、なに……それ?」
突如桃色に光輝いた眼に、躑躅が問います。とうに彼女の許容量は限界を超えていました。
「この眼はな、シラガミが僕らに与えたものなんだよ。ツツジも今日行ったばかりだから分かるだろ? 三手白神社、あそこの祭神だ」
躑躅の脳裏には、数時間前の三手白神社境内で起こった様々が過ります。あの時はまさか、こんな思いをするだなんて思ってもいなかった躑躅です。
「あの神が、僕にこの《恋目》を与えた」
「か、神さま……だわ?」
あまりの衝撃に、状況が上手く呑み込めず、もはやなにに驚いたらいいか分からない躑躅ですが……かろうじてその「神」なる単語には反応しました。
「スグルは……神さまと、会ったってこと、なんだわ……?」
彼女とて半信半疑で、そう返します。
並外れた美少女とはいえ、彼女は一般人です。魔術の存在も知らない躑躅が、神の存在を信じられなくとも、おかしなことではないでしょう。無宗教の日本人が神社仏閣にお参りするのだって、願掛けのようなものでしょう。本当にこの世に神がいると信じて祈る人が、いったいどれほどいるでしょうか。
「信じられないか? まあそうだよな、僕だって未だに信じたくないよ。でも、実際にこの眼がここにあるんだから、仕方ない」
冷たく突き放すように優は言いました。
いい加減、優には信じてほしいのですが。なぜか恨みを買ってしまったらしく、頑として受け入れてくれないのです。
「これに関しては、実物を見た方が手っ取り早いか。それで嫌でも納得せざるを得なくなる。――おい、シラガミ!」
優は天を仰いでは、そう叫びます。
「お前のことだから、どうせ今も近くで僕を監視してるんだろ。出て来いよ!」
彼はいつになく乱暴な口調を、夜の空に向けます。
監視だなんて心外です。優が希望に満ちた未来を歩めるように、そっと見守っているだけなのです。
……さて、本来ならば、神が人目のつく場所で姿を現してはいけないのですが。
他ならぬ優の頼みです。聞かないわけにはいかないでしょう。私は御魂に施していた透過の魔術を、一つ一つ解除します。
そうしてついに私は、彼らの前に姿を曝すのでした。
☽
――僕の呼び声に呼応するように、闇色の空が白く光り輝く。
「くっ……!」
眩いばかりの閃光に、僕は反射的に目を瞑ってしまう。それはこの場にいるエルや躑躅とて同じことだろう。
数秒後、その光が収まったのを感じて、ゆっくりと瞼を上げると――
『……ようやくスグルの方から、私のことを呼んでくれました。私は嬉しい気持ちでいっぱいです』
――檳榔子黒の長髪が、夜空に溶けゆくように広がっている。
中空に浮かぶそれが纏うのは、その身が清いことの証である――巫女装束。黒漆塗の浅沓に、白足袋を履いた足を通し、緋色の袴と白衣の上から、千早を羽織った……それは巫女が、己の清浄を神に伝えるための、正装なのだ。
巫女服姿の、黒髪の少女――夜空に漂うその名こそ、白足恋染津媛命。
僕とエルと、そして躑躅たちにまつわるすべての始まりを創造した、三手白神社の女神だ。
躑躅を見れば、あいつはぎょっと目を見開いて、空中に霧のように漂う人外の存在に驚いていた。
「え、う、嘘だわ……? ――宙に浮いてる女の子、とってもかわいいんだわ!!」
「あぁ、ツツジはやっぱりそっち優先なんだ」
先ほどの困惑はどこへやら――とまでは言えないだろう。おそらく未だに大いに戸惑いつつも、あいつは自分なりの矜持に従ってその『美』に反応したらしい。
ミタシロの女神は――シラガミは、神だけあって芸術品のように美しい容貌をしている。躑躅が食いつくのも詮方ないことなのかもしれない。
「あなたがシラガミさま!? とてもかわいいシラガミさまは、本物の女神なんだわ?」
『はい。私は白足恋染津媛命と、現在はその名で呼ばれている神の1柱です』
「声も透き通ってて綺麗なんだわ! ずっと近くにいたなら、もっと早く会いたかったんだわ?」
『私も、ツツジがスグルと接触して以降は、ずっと見守っていました。ツツジはこの上ない美少女です』
「話の分かる女神さまだわ! スグル! この神さまはとってもいい神さまだわ!!」
「やっぱりあいつ根本的にアホなんだろうな」
「本当にいつもあんな感じなんだね、ツツジって……」
早くもシラガミにほだされかけている躑躅に、僕とエルは苦笑いする。
うーん……エルが僕の彼女だって知って、あいつも多少なりとも動揺したりするだろうから、そのケアをどうしようかとずっと悩んでたけど……この分だとシラガミで勝手にメンタル快復しそうだね、あの女。それなら手間が省けて、僕としてはいいんだけど。
まあ、話が面倒くさいのはここからだから、助かるといえば助かる。
神の前でこの表現はちょっとおかしいかもしれないが……僕は躑躅のメンタルケアに関しては他力本願で行こうと、たった今、心に決めたのだった。
☽
時を同じくして、銀髪ツインテールの美少女――不知森野分が、その場にたどり着いていた。
「そ、そんな……!」
野分が目を瞠る理由はもちろん、先ほどのエーデルワイスの彼女宣言である。普段声の小さいエーデルワイスはしかし、あの台詞だけは周りに聞こえるように大音量で発していたのだ。
「源エーデルワイスが、スグルの彼女だなんて……」
ようやく優たちと合流できたと思った矢先の手酷い仕打ちに、その場にがっくりと頽れる野分。
「そんな、それって……」
地面に両手をつきながら、彼女は目線だけはエーデルワイスに向けて……
「あのエーデルワイスが、スグルの彼女ってことは……」
具体的には、優に抱きしめられたエーデルワイスの――彼の腹に押し付けられてむんにゅりと楕円形になっている、豊かな二つの実りを睨みながら言うのだった。
「スグルが巨乳好きってことじゃないの……!」
野分はまだ不良に泣かされたショックから立ち直れておらず、少し精神が不安定なのだった。
「別に彼女がいようがいまいが、わたしのすることは変わらない……けれど……けれど! ……う、ううぇえええええん……!!」
野分はもううぉんうぉん泣いていた。不良に殴られた時の比ではないほど、涙をボロボロ零しながら咽び泣いていた。その貧相な胸の内は悲しみに満ち満ちていた。
「うえええぇぇぇぇっ……大きなおっぱいがなんだっていうのよぉぉぉぉ……! そんなの重くて肩が凝るだけだって……よく聞くもの……!」
あくまで又聞きであり、実体験ではないのだった。
優のためを思う野分にとって、彼女の有無など些細なことだった。彼に女がいようがいまいが、野分は自分が大切だと思う優のために尽くしただろうし、その過程で優が自分を好きになってくれるのなら、その愛の形はなんでもよかったのだ。
しかし――
「どうして……どうしてわたしの胸はこんなにも平たいの……!! これじゃわたしには1ミリの望みもないって、あらかじめ言われたようなものじゃないのよ……!!」
優が巨乳しか愛せない男であるとなれば、話は別だった。それではどうしたって自分に振り向いてはくれないじゃないかと、彼女は考えたのだ。野分にとっては、優に彼女がいたことよりも、優の彼女が巨乳だったことの方が、余程大事なのだった。
「イヤ……イヤよ、そんな理由であの女に負けるなんてわたしイヤぁ……!」
彼女は自身の胸に手を当ててみる。すか、という空気の抜ける音がした。整地済みの土地なのだった。
「う、うぅっ……」
項垂れる野分だが、これまでの彼女なら、ここで見栄を張っていたことだろう。「わたしだってちゃんとあるもん……揉めるくらいあるんだからぁ……!」と誰にともなく言っていただろう。
だが今日ばかりは様子が違った。
前々から自身の薄い胸をコンプレックスに思いつつも、その事実から目を逸らし続けていた野分は――
――目を赤く腫らしながら、この日ついに認めるのだった。
「……わたしは、貧乳……」
そして強く、その貧しい胸の内に誓うのだった。
「このまま終わっていいはず、ないもの……!」
今からでも遅くはない。これから毎朝、牛乳を飲もう――と。
野分「ステータスオープン!」
ステータス:貧乳(貴重)
野分「うえええええぇぇぇぇぇぇん……」




