14 十六夜日記 五
『二十二日
優の学校へ行く たくさん迷惑をかける 彼がよく分からない、何を考えている? まるで私を見ないのだが、私だけではなく、彼は何も見ないのだ なぜ?
どうしたら私を見てくれるだろう? 私はもっと更科優を知らなければならない
今日の夕食は皐月が作ってくれた 皐月の手作りハンバーグ デミグラス とてもおいしかった 抱きしめたら、逃げられた でも少し嬉しそうな顔をしていた かわいい
優とノワがおたくの話ばかりするので、私もライトノベルを読んでみようと思う 明日買う
二十四日
晴天
寝坊、朝食を抜いたので空腹、早弁 ノワに煽られる
帰り、駅前 ダイソーで文具を補充 喫茶店でカフェオレ、サンドイッチ
夕食後、今日から皐月の音読が「ごんぎつね」になった 懐かしい 私が皐月くらいの頃は、人生がつまらなく感じて辛かった あの頃と、今を比べると……
谷●流『涼宮ハルヒ●溜息』読む アニメも有名なので、見てみたい
二十五日
曇り、暖かなり
放課後、B●●K●FFへ ライトノベルを買う 渡●『やはり俺●青春ラブコメ●まちがっている●』、平●読『僕●友達●少ない』、井●堅●『バカ●テスト●召喚獣●』 ライトノベルは基本的に特定ジャンルの「お約束」の共有の上に成り立つハイコンテクストな媒体であるが、これらの作品は「学園ラブコメ」ということだけ分かっていればよく、少し古いけれども極めてローコンテクストであり、私のような初心者でも読みやすいらしいというので、この三作品をひとまず購入した
この散財を皐月に叱られる 本を買いすぎだと言われる 「そんなにたくさん買って、ちゃんと全部読んでいるのですか?」妹に泣かされてしまう
でもご飯はおいしいと言ってくれる 愛すべき妹である
ハルヒのアニメを見る、11話まで おたくは名作アニメを見ることを「履修」というらしい この意識は教養主義の名残りだろうか いや、おたくはそんなこと考えてないか(一部のサブカルチャー論に共通のくだらなさは、まさにここにあると思う)
二十八日
明日あたりまた優に会いに行こうと思う
優と話していると、どうしても《十六夜躑躅》がブレて、つい私の言葉が出てきてしまう これが相手を混乱させる 《十六夜躑躅》として相手に通じる言葉で話さなければならない 気を付ける
昼寝をする 夕立で起こされ、洗濯物を避難させるが、遅かった
渡●『やはり俺●青春ラブコメ●まちがっている●』1、2巻を読む タイトルが長い
二十九日
夜、雨が降る
気を付けていたが、彼に対して熱くなると仮面が剥がれ落ちてしまう
優の失望に動揺して、咄嗟にトーマス・マン的な二元論を《美の奴隷》によって超越するというわけの分からない話で誤魔化す 優は話を合わせてくれた
《更科優》がいる限り、私の神である《十六夜躑躅》は単なる相対的な神であり続けてしまう まるで彼が神であり、私が神の子であるかのようだ
この状況を利用しようと思った ちょうどノワがなぜか優に近づこうとしていたので、これに便乗する形で、私は《更科優》という神に服従の意を示した
キルケゴールの「御忍び Incognito」を、レヴィナスの滅私奉公を、実践することにしたのだ ゆえに私のなかから「奴隷」という言葉が選ばれるのはある意味で当然の成り行きだったのだが、優は驚いていた さもありなん
いきなり胸を揉ませろと要求されて、困った 彼が私を〈愛撫〉するなかで悩んでくれたら、それで目標は達成されるのだが、あれはただえっちなだけ
これでなにかが変わるだろうか? 優は奴隷に身を落とした私に〈他者〉の現れを感じてくれるだろうか? 分からない
私は痙攣している
渡●『やはり俺●青春ラブコメ●まちがっている●』3、4巻を読む
三十一日
源エーデルワイス、八月一日九 二人の美少女と出会う 優のまわりには美少女が群がっており、誘蛾灯のごとし
メモ:優は陸上部
学校生活のなかで見る優は、どれもこれもが嘘くさくて敵わない あれほどつまらなそうにしながら、周囲の人々には気付かれもせで、グラウンドを駆ける姿は皮肉なほどに輝いており、周囲に浴びせるように振りまかれた美しさにはわれ知らず感嘆してしまうのだった 皐月の終わりの斜陽は灯滅せんとして光を増すごとく、最高度に濃縮された茜色でわれわれの存在を過剰に郷愁的な景色のなかに浮かび上がらせんと意固地になっている 首筋にまで汗を垂らした優の顔に、その度を越した夕陽の影が、ともすると重苦しくのしかかっているのを、私は独りで眺めていた
優の応援で草臥れたので、夕食は回転寿司 サーモンと玉子ばかり食べる妹を見て、疲れを癒す まだまだ子供
●航『やはり俺●青春ラブコメ●まちがっている●』7巻を読む
六月
五日
下校デート?
優に「僕のことが好きか」と聞かれる どうしてそんなことを聞くのだろう 私は「普通」と答えたが、普通とはなんだろう あと恋人繋ぎ 急に触られると困る 頭も撫でられた なんなの
優を家に入れてしまった デート? これについては皐月が自分の日記に書くと思うので、私の方では事実を記述するだけに留める
皐月が喜んでいた また連れてきてもいいと思った
井●堅●『バカ●テスト●召喚獣●』1~3巻読む あまり読まないコメディ小説、新鮮で面白い
六日
芒種 次期に梅雨入りかと思われる
本格的に雨になる前に、週末、皐月とどこかへ出かけようかという話をする
●上●二『バカ●テスト●召喚獣●』3.5~5巻読む
久々にボードレールに触れる
七日
梅雨の直前、不安定な空模様
優に週末、泊りがけのデートに誘われた 東京!
仕方がないので皐月に謝り、今度埋め合わせをすると約束 諸々の旅費を考える あの親に媚びねばならぬかと思うと暗澹たる心地である
●上●二『バカ●テスト●召喚獣●』6~7巻読む
十日
東京上野にての物見遊山 上野動物園 ハシビロコウ、フラミンゴ、オカピ、かわいい 優にオカピのぬいぐるみ買ってもらった! ウズリくん 膝の上に置くとちょうどよい
懸垂をして、腕が筋肉痛 字が書きにくい
夕食はアメ横のイタリアン ピザがおいしかったので、さざれがいたら喜ぶだろうと思った ホテルはそこそこのランク、ノワと二人部屋 さすがに優の部屋へ行く勇気はない
なんだか今日は少しだけ、優が近い気がした 地元を離れた場所で、同じものを見ているという幻想に浸かっている 詩人でもなければ不必要な感受性 人生とは無駄を楽しんでこそといえども、今の私は日本的自然主義作家もかくやといわんばかりに生の逼迫を感じており、そんな余裕はないのである 《更科優》を同化し、《十六夜躑躅》の定位を絶対のものにしなければならない
明日は皇居外苑、東京タワー、あとなにか エル(源エーデルワイス)が代官山を歩きたいと言っていた
十三日
ノワと相談し、明日の昼に優を誘うことに 東京への旅行を経て、この三人でいることがしっくり来はじめているように思う 優もそう思ってくれているだろうか いないような気がするから、難しいのだが
ノワに、最近楽しそうだなと言われてしまう 傍からは、そう見えるものかと驚く
皐月が珍しく夕食のリクエストをしてくれた 唐揚げ 私の作る唐揚げが一番好きだという うれしい うれしい 張り切ってつくりすぎた 太らない体質でよかった
ボードレール、昔読んだときはそれほどだったが、今日は少し直感的に理解できるようになっていた
多分優のせい 私がなにか変わるときは、全部彼のせい
十四日
放課後の●●●●大火災、火元不明 死者一名 校舎尽く燃える しばらく休校
更科優に彼女(源エーデルワイス!)アリ、問題ナシ
この国の●と●● ●●●●から●●された● ●●●●●を見るかぎり、ほとんどこの地の●●●と●●しているように思われる
大火から逃れるさなか、優に抱きしめられたとき、思ってしまったこと三つ
“あなたこそが《美そのもの》、救世主である”
“私の虚無をあなたが埋めてくれた”
“私が生まれたから、あなたに会うまでの日々は言わば、イエスさまの降誕を待つ長いながいアドベントであった”
これは一体なんであろう?
破綻が、始まっている 私の思考と理性と、私の瞬間的な本心とに、ズレが生じている 私が理性の元を離れてしまう 私の心は、優に所有されてもよいと考え始めている? 優と一緒にいると私が変わってしまう これが〈他者〉なのだろうか 〈他者〉ってこんなに怖いもの?
痙攣が治まらない
今日の晩御飯は和食 焼き鮭、卵焼き ほうれん草のおひたしを、皐月が好きだと言ってくれた 覚えておく
ボードレール読む 今更だけど女の読むものではない
稲●淳『ラン●オーバー』読む ライトノベルは息抜きにほどよい
二十五日
今年の梅雨は様子がおかしい
しばらく日記を控えていたのは、単にサボっていたというのもあるが、あまり変わり映えのしない日常であったからでもあることを記しておく 相変わらず皐月はかわいいままで、優とは昨日までしばらく会っていなかったのだ
優という神を超越するための奴隷という立ち位置は、あまり彼には好ましいものではなかったらしい
痙攣を鎮めるための他の策を考える とにかくビジュアルに訴える
ここ数年おたくのなかでは、地雷系が流行っているらしい そういうゲームが売れておりネットで賛否両論
優が好きかもと思い、髪を染めに行く ピンクメッシュ 多分似合ってる? ノワはかわいいと言ってくれた 彼女は素直に褒めてくれるので好き 「姉さんが不良になっちゃった……」皐月がたいへんショックを受けていた 私の仄聞する《美少女》は化粧をしないので、地雷系メイクは控える 優もそういうのは嫌いそう
昼はノワと駅前のガスト ノワがクーポンを持参していた マメだと思う
庄司薫『赤頭巾ちゃん気をつけて』読む 戦後日本における最後の「青春」小説 由美がかわいい
二十六日
地雷系、優は喜んでくれた かわいいって言ってくれた しばらくはこの方向性で優を振り向かせるべく努める
最近ノワが優と仲いい
高橋源一郎『虹の彼方に』読み始める 絶対これ読む順番間違えた
二十七日
いきなり自身の外見を、オシャレを変えると心が付随せずにおかしなことになる
地雷系ファッションが《十六夜躑躅》に馴染んでいない 微妙に調子が出ない
『虹の彼方に』読了、『ジョン・レノン対火星人』読む
高橋源一郎がやろうとしてることがなんとなく分かった気がする
二十九日
一日中大雨続く
ノワが学校を休む 優との間になにかあったらしい
夜、皐月が発熱 明日は休ませる
『さようなら、ギャングたち』読み始める(皐月の看病で中断)
三十日
朝、お粥を作っておく 皐月の熱、昨夜よりは下がる
ノワになにかあったらしい
優が私の頭を撫でて、笑顔の私が好きだと言ってくれた これは 違う これはまだ違うので、深く捉える必要はない
果てしない距離を感じもする 優の「好き」は軽い 私の「私はかわいい」と同じように
虚しい 痙攣が激しい
夜、皐月の熱が引く 久々に一緒にお風呂
そのまま皐月の看病という名目で妹を愛でながら、床に就く(この最後の二行は翌朝に書いている)
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