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3  空言(くうげん)

 三年はみんな同じクラスになれたので、下校時には六人(僕、躑躅、エル、野分、さざれ、ズミ)でどこか寄り道をするのが通例となっていた。

 だが、今日ばかりはさざれとズミの二人だけを呼び出して、三人で帰ることに決めた。


 今朝の件を。二人もエルと同じ気持ちなのではないかということを、確かめたかったのだ。


「わたくしたちだけ、ですの?」

「な、なんですか? また……えっちなことですか? 昨日も三人でしたばかりなのに……」


「いや、違う……違くもないのか? とりあえず、目的はそれじゃない」


 僕の要領を得ない話に、二人は「はぁ」と首を傾げていた。

 

 ……僕たちはミニストップに寄って、各々ソフトクリームやらクランキーチキンやらを買い、店の前で立ち食いを始める。


 僕は頭のなかで、二人のパーソナルデータをぼんやりと並べ始めていた。


「それで、なんですの? 改まって、わたくしたちに話だなんて……」


 御簾納さざれ。

 お嬢様口調の、髪は白金色の、ツーサイドアップの、Lカップの、ツンデレ気味の、面倒見のいい、魔術師の、美少女。


「な、なんだか……ドキドキしてしまいます……こういうの……」


 八月一日九。

 吃音症の、黒髪の、二つ結びの長いおさげの、そこそこ巨乳の、陰キャで、会話下手な、神社の巫女の、文学少女。


 …………。


「……ん?」


 僕はそこで、二人がどこか不安げに目くばせしているのを感じた。


「どうしたんだ?」


「優さん。……違っていたら、ごめんなさいですわ。ですから……」

「あ、あの……これってもしかして、あまりよくないお話、だったりするのでしょうか……」


「……えっと?」


 また、ちらちらと、二人で目くばせ。

 やがてズミが一歩前へ進み出て、顔を俯かせながら言うのだった。


「その………………別れ話、とか…………」


「………………………………………………」


 僕は絶句した。あまりにも絶句と呼ぶのが相応しい沈黙だっただろう。


 ――そうか。


 確認するまでもなかったのか。


 そんなにか? ……そんなに、なのか。


「……優さん……?」


 僕は……。


「まさか、そんなんじゃないよ。……おいで」


 さざれとズミは、ほっと脱力して僕の懐に凭れかかる。


「……っ、よかった……」

「ごめんなさい、でしたわね……」


 僕はそんな二人を、まとめて抱きしめた。


「いや、不安にさせちゃったんだな。ごめん。そんな気持ちは全くないよ」


 本音だ。これは本音だぞ! もっと気持ちを込めろ。じゃなきゃ、また伝わらないじゃないか。


「なら……信じさせてくださいまし」

「うん。さざれ、大好きだよ」

「……っ……」


 僕は彼女の頬を親指で撫でつけながら、口づけを交わす。


「…………」


 横で寂しそうな顔をしているズミにも、同様に。


「ズミ。愛してるよ」

「は、はいっ。私も……!」


 そうだ。僕はこんなにも。二人を愛しているじゃないか。

 伝わってるみたいじゃないか。


「あなたがそう言ってくれる限り、わたくしたちは信じていられますのよ……」


 うっとりとした顔で、さざれが。

 言葉にすることに意味がある、的なことが言いたいのだろう。

 その奥に潜む真意などは考えたくもない。億劫だ。


「それで……お話とは、なんなのでしょうか?」


 腕を緩めて二人を離すと、信頼と愛情で溢れた瞳に僕を映して、ズミが訊ねてくる。

 僕は軽く頭を振って、答えた。

 

「もう用は済んだよ。僕も、もっとズミを、さざれを、大事にしたくて。ちゃんと愛してるよって伝えようと思ってさ」


「そ、そうだったのですね……っ」「ほんとうに、疑ってすみませんでしたわ……」


「こういうのは、寂しいって思わせた方が悪いんだ。――でも、ちゃんと覚えておいてほしい」


 そう言って、僕は先程買ったクランキーチキン辛旨味を一つ、ズミの口へ突っ込んだ。


「――っ!? ~~っ」


 彼女は目元に涙を浮かべ、口元を押さえて、素早く足踏みしはじめる。


「ズミが辛いのすごく苦手なのも……」


 次に、僕はさざれを正面から、彼女の全身を包み込むように両腕で抱きしめた。


「ぁ……、ん……」


 小さく息を漏らした彼女は、そのはずみで手に持っていたソフトクリームを離してしまう。べちゃりと、モンブランソフトは地面に真っ逆さまに落ちた。


「さざれが、こうやってちょっと強めに抱きしめられると、体から力が抜けちゃうのも、ちゃんと知ってる」


 彼女を解放すると、やはり眦は小さく光っていた。


「僕は二人のことをちゃんと知ってるんだってことを、分かってほしい」 


 結果的に、二人とも顔を真っ赤に染めている。理由はだいぶ異なるけれど。


「……冬だというのに、熱くて仕方ないです……優くん……」

「……やっぱり、ずるい人ですわ……」


 最後にもういちど、二人と熱い抱擁を交わした。僕もその熱を感じてみたかったのだ。



 ◇◆◇◆◇



 二人をそれぞれ送り届けて、気づけばもうじき僕の家に着くところだった。意識が飛んでいたのではないかと思うほど、一瞬である。


 冬の日の夕暮れ時は、明澄の空に茜色がひときわ色濃く広がっており、一日の終わりの厳しい寒さと相まって、人間の心を脆く崩れやすいものへと変えてしまう力があるかのようだ。


 この冬の斜陽の寒威に、僕もやられてしまった。


 先程からずっと胸が痛いのだ。


 愛おしくてたまらなくて、痛いのではない。


 これは、助けを求める人を見殺しにしたときの痛み。人を騙したときの痛み。誰かをぬか喜びさせたときの痛み。


 罪悪感だ。


 僕はあろうことか、二人に……さざれに、ズミに、罪悪感を抱いている。なぜだ? それは今、二人に対していちばん覚えてはならない感情ではないのか?


「ただいま」


 精神をダメにする冷気から逃れるように、僕は早足で帰宅した。

 

 マフラーを取りながら、リビングへ行く。


「……あ、おかえりなさい、優」


 野分だ。


 銀髪の美しい少女だ。日本人の母のような女だ。


 まだ制服のままで。その場で脱いだらしい黒のストッキングを床に散らかし、妙に男の情欲を煽る生足を晒してソファでくつろいでいる。


 彼女はここではない別の場所を見るような目で、考えごとでもしていた様子だった。


「……優?」


 彼女は、僕が浮かない顔をしているのを見つけて、心配そうに眉を下げる。

 

 ……僕を、慰めようとしている。僕がなにか暗い気持ちで帰ってきたから、優しい言葉をかけて労わろうとしているのだということが、その素振りから分かる。

 放っておけば、すぐに彼女はこちらまでやってきて、僕に優しい労わりの言葉をかけてくれることだろう。その光景が瞬く間に頭の中を駆け巡った。


「ねえ――」


 野分が口を開く。前のめりになって、立ち上がろうとする。僕の方へと、寄ってこようとする――


 ――その前に、僕の方から彼女の前に詰め寄った。


「わ、どうしたの。優」


 彼女の両肩に手を置く。


 すると――僕は我慢の限界だったのだ、バネに弾かれたように言葉が飛び出してきた。


「野分、出ていってくれ」


「……え……?」


 ぽかん、と口を開ける野分。


 かわいらしい。


 しかし少々言葉が足りなすぎた。これでは野分を混乱させてしまう。


 僕は説明に努める。


「ああ違うよ居候をやめろってんじゃなくて今日だけはどこか別の場所にたとえばエルの家とかに泊めてもらえ。……そうしてほしい」


「あ、えっと、どうして? そんないきなり」


「お願いだ! 今きみに優しくされたら気が狂いそうなんだ! 頼む! いなくなってくれ!」


 ――僕はそれほど、不甲斐ない表情をしていたのだろうか?


「……優……」


 僕の名前を深刻そうに呟いて、野分は顔を歪めるばかりだ。


 銀髪の美少女は、自らの胸に手を当てて、目を閉じ、大きく深呼吸をしてみせると。


「――分かったわ。いまは、何も聞かない。その代わり、辛かったら、いつでもいいから、誰でもいいから、ちゃんと頼るの。あなたはね、悩みは抱え込むより、吐き出した方がいい人よ」


 野分は僕の両手を取って、諭すようだった。


「分かった」

「……それじゃあ、また明日ね、優」

「うん」


 それだけ告げると、彼女は何も持たずに家を後にした。僕の望む通り、深く追及もせずに……。


 ……野分が、この家から出ていってしまった……!


 あまりの急な展開に、僕は頭を抱えた。


「……なんで行っちゃうんだよ、野分……!」


 自らが発した言葉に、呆気に取られる。


 なんだそれは。身勝手な。自分が願ったことだろうに。


 お前はいったい、どこまで他人に期待しているんだ?


「…………」


 すべてが、すべてが気持ち悪かった。


 ――なぜ僕は野分を追い出そうとした? 自分で自分の行動に、理解が追いついていない。


 どうして僕はこんな、突発的な行動をする? 僕はなんのためにこんな……。


 いったい、僕の何がダメなんだろう? 僕がダメなのは、もう分かり切ったことだ。とにかく僕には、なにかが欠けているはずなのだ、人として、あるべき何かが欠落している。いい加減、それはもう理解しているつもりだ。問題はその次だ。僕はその欠陥を知りたい。その正体はいったい……。どこに……。どうすれば……。


 それを結局、誰も教えてくれない。だから、自分で一から考えるしかないのだ。


 僕には友人がいないから、悩みを話す相手がいない。僕の悩みを客観的に分析したりして、意見してくれる友達が僕にはいない!


 なら彼女たちに相談するのか? 


 野分? エル? さざれ? ズミ? 


 あるいは――……


 暁? ツィア? しるべ? 硯? 琴女?


 ダメだ!


 彼女たちはみんな僕を愛してくれているから、みんな僕を愛してくれる! 彼女たちは僕を愛してくれてしまう!!


 僕のセカイは愛で溢れすぎている!


 誰か僕を愛さないでくれ。しかし、愛してくれ。

 誰か僕を愛さないでくれ。しかし、愛してくれ。


 ――誰か僕を愛さないでくれ! しかし! 愛してくれ! 頼む!!


 お願いだ。僕を置いていかないでくれ。僕を愛さないでくれ。僕を愛してくれ。置いていかないでくれ。繰り返すな。同じ言葉を繰り返すな! 一回性の神秘を汚してはならない! 言葉ってのは一回きりなんだぞ、人生なんだ! 更科優!! 同じことを二度も言うくらいなら死んでしまえ!


 嫌だ! 生きたい! ――僕は生きたいんだ!


「……生きたいよ……母さん……」




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