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17 自己同一性

 旅館のロビーに戻ると――


『ジギジギブンブンハローyoutube、どうもヤリ〇ンです! 今回はですね、突然素っ気なくなった彼氏に取るべき行動三選を、ご紹介していきたいとぉ、思いまぁーす‼』

「ほらノワキ、やっぱり積極性だけじゃだめなんだよ。あえてつれない態度を取って、むしろ優くんの方から私たちを求めさせなきゃなんだよ!」

「そんなことしたら豆腐メンタルのスグルが鬱病になっちゃうわよ。あれ以上面倒くさくなったら手に負えないでしょ。スグルが来たら、なるべく優しく迎え入れてあげるのよ」


 ――エルとノワキが、とうとう人生の最終回みたいな動画を見ていた。


「ノワキ」


 僕が声を掛けると、二人はビクッ! と肩を震わせてこちらに顔を向けた。


 そして、恐る恐ると言った様子で、


「ユ、ユキはいない……?」

「優くん一人だけ……?」


 ただ胸がデカいだけの女になにをそれほど怯える必要がある。


「僕一人だよ。それより……ノワキ、話があるんだ。ちょっといいかな」

「……なによ。さっきまでわたしたちのことなんかどうでもいい風だったのに、今更遅いわ」

「作戦と違う!」


 エルが困惑していたが、僕は構わず、


「……っ……」

「んっ……!?」


 ノワキとそっと口づけを交わす。


「頼むよ」

「……あなた、最低だわ」


 ノワキは今にも溶けてしまいそうな真っ赤な顔で応じてくれた。


「優くん、それ私にも」

「あーうん」

「なんでよ!」


 僕はとにかく今日のうちに面倒なさざれのことを……


 ……大事なさざれのことを片付けておきたかった。


 理解しておきたかった。


 …………。


「さざれのことでさ。ノワキは、彼女の幼馴染だろ?」

「……そんなところだろうと思ったわ」


 少し不満そうだった。


「彼女のことを知りたいんだよ」

「108cmのKカップよ」

「うひょおっ!」


 ――バチンッ!


 はたかれた。

 とても痛い。


「そんなこと言われたって、別にもうあなたが知らないことなんてないと思うわ。そもそもわたしだって、ユキが魔術師だってこと、この間まで知らなかったんだから」

「ツツジもそんなこと言ってたけど……そうじゃなくてさ、些細なことでいいんだよ。どんな食べ物が好き? とか」

「ピザ」

「それは知ってる」

「ならもう本当にないわよ。あのピザ女のことは……。そうだ、あの子の両親に会うのはどうかしら」


 それはもういよいよというか、なんだか大事にしてしまうようで少し気が進まないのだが。


 一考の余地はあるか。


「でも、わたしもユキの親とは会ったことないわ。たしか京都にいるんだって……」

「…………」


 そうか。あいつ、長いこと親と会ってないんだ。


 たしか、6歳のころ離ればなれになって、それきりとか言ってたな。


「それ、いいかもしれないな」


 さざれはそもそも、親に言われて魔術師をしている。


 母親に、御簾納家として、魔術師として正しくあれと言われたから。

 だからそれが自らの使命だと信じて、親の期待に応えるために、今も魔術師であり続けている。


 そんな自分が、自分であると信じている。


 なら、親に説得してもらおう。


 恐らく、さざれには魔術の才能がない。


 まったく門外漢の僕であるが、傍から見ていてもそれくらいのことは分かる。


 彼女は努力家であり、魔術オタクでもあり、鍛錬は人一倍積んでいるはずだ。

 

 にもかかわらず、あんな自分の2Pカラーみたいなポッと出の魔術師にも敵わなそうと来ている。


 あいつにはこと魔術において、生まれ持ったものがないのだ。


 ならばそれを親から望まれたことだからといって、続けさせるのは酷というものだろう。


 そんな「自分」は早急に捨て、はやく新たな自分を探すべきなのだ。


 そのときは僕が彼女の拠り所となろう。


 そして――


 僕と似ている彼女が、もしこの方法で新たな自分と出会うことができたなら。


 僕もまたこの「顔」を捨て、この「顔」に依拠しない新たな自分として他者と共生する、そのための手がかりが見つかるかもしれない。


 いわばこれから彼女に起こる善き変化は、僕にとっても一縷の望みであるのだ。


 彼女のためにも、僕のためにもなる。一挙両得である。

 

 素晴らしい。


 僕の頭のなかで、ようやく御簾納さざれという女性が、鮮明な像を結んで立ち現れるような気がする。


 立ち込めていた霞が晴れ、そこに咲き誇るのは黄金の菊の花、御簾納さざれである。これこそが、他者の到来というものであるのかもしれない。


 彼女は僕に語り掛ける、わたくしはこのようにする、あなたもそのようにして自分を探し出せ、と。


 僕はそれを受け容れる。彼女の発話に応答し、それによってきっと僕は変わるのだ。


 僕は今、彼女を見ている。彼女に寄り添っている。これ以上ないほどに、御簾納さざれに近接している。


 ツツジ、君の言う《近さ》とはこのことだな? 僕にもそれがよく分かったよ。


「ノワキ、ありがとう。愛しているよ」

「は? ちょっと、待ってスグル――!」


 僕は彼の元に向かう――



   ☽



 どうやら話が一段落したらしく、おにーちゃんがロビーから出ていきました。


「ど、どうしよう……優くんがまたなんか変な勘違いで暴走してる……」

「あれは止めた方がいいのかしら」


 渋面を浮かべる二人に近づいたのは、イチジクでした。


「なーに言っちゃってんのー? そんなに焦ることなくなくなくない?」


 ケロリとした顔で、おどけて見せるイチジクに、二人があからさまに苛立った様子を見せました。


「いやいや、だってさ、もう全部解決したよ~ん」


 コンコン、と彼女は自身の頭を小突いて、片手をひらひらと振って見せます。

 まるで自分にはこの後の展開がお見通しだとでも言わんばかりです。事実そうなのでしょうが、彼女にそういう態度を取られると腹が立つというものです。


「てことで、ホズミックちゃんたちは適当に遊んでましょ! どこぞでデートでもしてるアキラくんとユカリちゃんも連れてきて、なんかゲームでもして待ってよ~」


 頭を振ったら中からちゃらんぽらんと音が鳴りそうなイチジクの言動に、エルとノワキは不思議そうに顔を見合わせるのでした。

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