14 なきむしツインテール
「それなのにその弱さ?」
「………………………………」
「ごめんな?」
けっこう本気で傷ついた感じの表情で涙を流されてしまった。
「実際のところ、どうなの?」
「……物部麻莉亜の方が、その、ほんのちょっとだけ」
かなり開きある感じだ。
「だ、だいたいあんなド田舎に飛ばされて、そこで強くなれって方が無茶なんですわ!」
「地元のせいにしだした」
「魔術師の人生は常在戦場だからこそ、その技も磨かれていくんですの! なのになんですの? 長野!? 日本アルプスとフォッサマグナしかないアネクメーネじゃないですの!」
「言いすぎだろ」
「あんな何もなければ人もいない街に10年も住んでいたら、そりゃ強くなれませんわ! わたくしが弱いのは平和ボケしたこの国のせいですわ! わたくしをバカにするのは日本の国力をバカにするようなものですわよ!!」
「国にケツ持ちしてもらおうとすんの図々しすぎない?」
思った以上にメンタルにきているようだった。
「なんというか、そもそも僕には、魔術師の勝つとか負けるとか、強さとかいうのがピンと来ないんだけどさ」
恐ろしい敵とか世界の危機とか、そういうのとは無縁の人生を送ってきた一般人の僕には、さざれの抱えているものがよく分からないのだが。
「さざれは、ちゃんとやることやれてたじゃん。カネコリサマの時だって、ちゃんと来てくれたし。ノワキから聞いたけど、あいつが不良生徒に襲われた時も助けてやったんだろ?
なら何も問題なくない?」
「わたくしは、ただ……」
僕に心配をかけまいとしてか、笑いに持っていこうとしているので分かりにくいが、さざれの心は折れかけている。
きっとさざれには「魔術師」しかないのだ。
僕に「顔」しかないように。
ツツジに「美」しかないように。
さざれには「魔術師」しかなかった。
それが砕かれたのだ。
「ずっと……お母様の言葉を……守ろうと……」
僕はまたもや思う。
「強くあろうと、優しくあろうと、思っていたのに……」
ああ。彼女は僕と似ているな、と。
「なあ、さざれ」
ならば僕はさざれに何を言うべきだろう?
考える。
「別にそれでもよくない?」
「わたくしは……っ!」
「……あぁ、この言い方は違うな」
「……??」
これは決して本心ではないけれど、それが彼女には必要だ。
あの時とはまた異なった意味で、僕は無責任である。
「これからも、僕とノワキの監視を続けてくれないか?
ほら、僕の魔術の練習に付き合ってくれるって、約束したろ?」
「え、ええ……もちろん、そのつもりですけれど……」
これでもない。
もっと相応しい言葉がある。
心にぽっかりと開いた穴に、ぴったりと埋まる最適な形の言葉が。
「さざれに、傍にいてほしい。僕がそう思ってる」
「なっ……!?」
さざれが顔を赤くする。
これだ。
彼女の求めるもの。
「だからそんなに悲しそうな顔をしないでくれ。僕には君が必要なんだよ、さざれ」
「ま、待ってくださいまし! わ、わたくし……なにかまた、あなたの言葉を勘違いしているかもしれませんわ……?」
「行動で示さないと分からないか?」
「……っ、ちょっ……更科、さっ……!?」
僕はやや強めに、彼女を抱きしめる。
彼女が僕の言葉を本心だと思うように。
「僕はさざれに感謝してるんだよ。もっとさざれと仲良くなりたいんだ。さざれが欲しいんだ」
さざれが「魔術師」という存在理由を失ったのなら。
僕やノワキが、その代わりになればいい。
僕に価値なんかない。誰も僕を必要としない。
その考えは今も変わらないけれど。
彼女がそれを求めるのなら、今ひとまずはそれでよいのだろう。
「……そんなの……嘘ですわ……」
「嘘じゃないよ」
「口から出まかせ、なんですわ……」
「本心だよ」
「……本気、ですの?」
「さざれ」
僕は、じっと彼女の目を見つめる。
彼女だけを見つめる。
「…………っ」
僕が本気であると、彼女が感じるように。
これ以上ないほど真剣な眼差しを作って、彼女を見つめる。
「……や、やぁっ……」
もう耐えられないとばかりに僕の腕を振りほどいて、逃げ出そうとするのを、
「ダメだよさざれ。どこにもいかないでくれ」
強引に抱きすくめる。
「……あっ…………うぅっ……」
観念したか、さざれは身体から力を抜いた。
「だから、元気出してくれよ、さざれ」
すると、彼女は――
「…………もし……」
意を決したように、僕の方を向いて。
「もし――本気だというのなら。……更科さん」
「なに?」
「……あなたは……わたくしのために、生きてくれますの……?」
「もちろんだよ」
「…………!」
このような重い決断、本気ならば、迷っていたはずだ。
心にもないことだから、即答できた。
しかしさざれには、それがむしろ僕の固い決意の表れのように思えたらしい。
「……そう、そうですの……」
「さざれ?」
彼女は何度か、僕の言葉を咀嚼するように頷いたかと思うと……
「嘘じゃありませんのね」
「ああ」
「本気ですのね」
「本気だよ」
「……そうですの、そうですのね」
嘘のように綺麗な笑みを浮かべて、さざれは言う。
「分かりましたわ。わたくし、あなたを信じますわ、更科さん」
「……あ、ああ」
その言葉は、あまりに混じり気がなくて、まっすぐで。
でもどこか歪で、僕は少し怖いと思った。
けれどすぐに、それはお互い様だなと思いなおして、僕も柔らかな微笑みを返すのだった。
――僕は上手くやれただろうか? 彼女にとって価値のある人間になれただろうか?
誰もそれを教えてくれないのが、僕には少し歯がゆい感じがした。
☽
やることもなくなったので、宿に戻ったところ。
「優くん、温泉入ろ~……」
――バチバチバチ――ドゴオオオォォォォン……ッ!
「っ!?」
こちらに来ようとしていたエルの目の前を、電撃が通っていった。
「更科さん、離れちゃいやですわ」
「さ、さざれ?」
片手に雷を纏わせたさざれが、幸せいっぱいという感じの困り眉で立っていた。
彼女とはさっき綺麗に解散したはずなのだが。
「え、え、御簾納さん? 今なにして……」
「《大雷》」
――ドゴオオオォォォォン……ッ!
「えぇ……」
エルはドン引きだった。
「こんなことなら混浴のある宿に泊まればよかったですわね? でも個室なら一緒に入れますでしょう?」
「そ、そうだな……」
さざれは強引に僕の腕を抱いて、室内のシャワールームへ行こうとする。
「目を離した隙に御簾納さんが堕ちてる……!?」
徐々に遠くなりゆくエルの呟きが、この現状を端的に言い当てていた。
☽
「どうなってるのよ……!」
エーデルワイスからとんでもないタレコミを入手したわたしは、全速力で宿の部屋に戻る。
心に沸々と沸き上がる途方もない焦燥感を必死に押し殺して、その浴室のドアを開けると――
「ほ~ら更科さん……これが好きなんですのね……」
むにゅうんっ!
「おおおおおおおおぉぉぉ……!」
そこには、全身泡だらけの状態で、恍惚とした表情で無駄乳を背中に押し当てる親友と、その感触のために気持ち悪い声を上げる彼氏の姿が――
「ねえユキ、スグル、これどういうこと?」
「あっ、ノワキ……これは違くて」
「もう、更科さん……今はわたくしと洗いっこの最中ですわ」
ぎゅうっ。
「うおっ……すごっ……」
ユキが後ろから、スグルの頭を両胸で挟み込む――
「なにしてるのよ!」
産まれたままの姿で、どこもかしこも密着している二人に怒鳴りつける。
「すごいぞノワキ、さざれのおっぱいで耳塞がれちゃった! ノワキの声聞こえないや! そんなことあるか!?」
「なんでそんなに嬉しそうなのよ!」
「今なんて言ったんだ……!?」
満面の笑みを浮かべるスグルに、わたしの心は挫けそうになる。
「リノ、今はわたくしと更科さんの時間ですのよ。邪魔しないでくださいまし」
「そ、そもそもどういうことよ……なに? スグル、本当にユキにも手出したの?」
胸で両耳が塞がれている(???)スグルの代わりに、ユキが答える。
「ええ、そうですわ。わたくし、更科さんに手を出されてしまいましたの……一生を、誓いましたのよ……」
幸せの絶頂みたいな親友の言葉に、わたしは眩暈がした。
「ほ、本当に……?」
「ね、そうですわよねぇ? 更科さん……」
ぽよんぽよんっ。
「あひひひひひっ」
ユキに両胸を揺らされて、気色の悪い声を上げるスグル。
そんなスグルは見たくなかった。
「ねえ、それなら少しくらいはわたしにも相談を……というか、まず離れなさいよっ」
と、わたしがスグルとユキを引き離そうとすると――
「リノにわたくしと同じことができますの?」
「――――」
一瞬、何を言われているのか、分からなかった。
「ほら、リノ、見てくださいましな。更科さん、わたくしの胸に挟まれて……とっても気持ちよさそうですわよ……?」
「そ……そんなの……」
「わたくし、嬉しいんですの。今までのわたくしにとって“これ”は、殿方の邪な視線を徒に集めるだけの、重たい醜い脂肪の塊……端的に言ってコンプレックスでしたわ。
でも、そんなわたくしの体で更科さんが喜んでくれている……わたくしは今日はじめて、この体に生まれてきてよかったと思えておりますの……
更科さんに喜んでもらうためなら、いくらだってこれを使いますわ」
知らない。
そんな悩み、わたし知らないわ。
大きすぎるのがコンプレックス……?
???????????
「まあ、これはリノに言っても仕方のないことですわね」
理解が追いつかない。これは本当に、あの優しい親友の口から発せられてる言葉?
わたしは急に人が変わったようになってしまったユキに言う。
「ど、どうしたのよユキ……! いつものあなたは、そんな意地の悪いことを言う人じゃないでしょ……!?」
「そうですの……? ……そうかもしれませんわね。
愛する殿方との蜜月の時を邪魔されて……気が立っているのかもしれませんわ」
ユキの言葉には一切の遊びがない。
この上なく真剣だ。
「ともかく、リノのような貧乳……というのもおこがましいですわね」
「…………」
ユキはひどく冷めた流し目で私を見る。
「胸の無い方に、居場所はありませんわ。出て行ってくださいまし」
ズキンッ、と……強く。
心の弱いところを的確に突かれたわたしは――
「――――」
頭の中で何かが爆発して、目の前が真っ赤になった。
なんで。
「な、なによ!! 大きい胸が、偉いの……!? ユキ、いくらなんでも調子に乗りすぎよ……!」
なんで、そんなこと言うの……。
と、わたしが徐々にエンジンを上げようとすると。
「……な、なによっ」
ユキは、わたしの胸に視線を寄越して――
「……フッ」
「……う……うええええええええええん……」
ユキがわたしを負かすのに、言葉すらいらなかった。
わたしの心はいともあっけなく折れてしまう。
「――リノ。残酷な話ですけれど、あなたでは更科さんを満足させられませんわ。大人しく引き下がってくださいまし」
「い……言ってくれたもの……! わたしのおっぱいもっ、好きだって、す、スグル……言ってくれたもの……!」
「あぁ、わたくしの“これ”を知る前の更科さんならそうだったかもしれませんわね」
「うわあああああ、わあああああああああん……っ!」
わ……わたしだって……
わたしだって……!
「あ、あれ!? なんかノワキが泣いてるぞ……何があったんだ」
わたしはなりふり構わずスグルに泣きついてしまう。
「スグル、お願い……! 嘘でもいいから、わたしの胸も好きだって言って……!」
「うぉっ、すごい剣幕……何言ってるんだ……?」
「だ~め、ですわ? 更科さんはもうわたくしのもの、ですのよ……っ」
ぎゅむぅっ。
「おっほほほ! さざれぇ……ありがとう……!」
「そ……そんな……」
わたしの心のなかに、昨夜のエーデルワイスに対する悔しさにも勝るような喪失感と無力感が、じわじわと広がっていく。
「うふふ……更科さん……」
ユキがそんな風に笑うのを、わたしはこれまで見たことがなかった。




