なんで帰ってないのよ!
「あら、覚えててくれたのね。でもそんなことはいいのよ、早くこちらにいらして。」
誰かは分からなかったけど、分かったふりをしてベッドの天蓋の隙間から私は手招きをした。
生足をガウンの隙間から放り出し、真っ赤な塗料の着いた爪で男の肩を引き寄せる。
男は、他の求婚者と違って戸惑うこともせずにベッドに膝を着いた。
「いい男になったじゃない。私と結婚したいのね。
私があなたを奴隷にしてあげるわ。奴隷と言っても性奴隷よ。毎日一晩中奴隷のように使ってあげるわ。
そうね、他の女に目移りしないように1日10回は奉仕してもらおうかしら。起きている間は常に口付けをして頂戴ね。もしそれが1日でも守られなかったら…この顔を活かして見世物小屋にでも売り飛ばそうかしら。」
あまりのイケメンに、決めゼリフのキレも悪くなった。以前の尻がどうというような言葉があまりに似合わなくて言えなかった私が少し可愛く思える。
それにしてもかっこいい。
大柄なのにも関わらず顔は犬のようだ。今にでも顔を舐めて来そうな迫力がある。
あとは、湯浴みをすると言って目を離せばパッと帰るはず……。
「湯浴みをしてくるわ、精々奴隷としての覚悟を決める事ね。」
奴隷とか言ってしまって、とても偉い人だったらどうしよう。
いつものように湯浴みのふりをして時間が経つのを待っていた。
そろそろいいかしら。
あまりに恥ずかしかったのか、足音もたてずに帰ったようだ。
浴室から寝室を伺うが、侍女の姿はない。
おかしいとは思ったが、寝室のドアを開けるとそこには巨体がベッドに腰を下ろしていた。
って……まだいる!!!
危ない、居ることに驚いてはいけないという理性と男が去っていない状況に驚いて、奇声が出かかったが何とか、飲み込んだ……はず。
どうしよう。
湯浴みから戻った時に男が残っていた事は初めてなのだ。
もっと脅しつけて帰らせないと……。
「あら、性奴隷になる覚悟が出来たのかしら?」
先程の言い慣れたセリフとは違い、少し声が震えそうになる。
私は、浴室のドアにへばりつくように必死に次のセリフを考えていた。
「殿下、なぜそんなに遠くにいるのですか?俺を性奴隷にして起きている間はずっと口付けをしてくれるんですよね?」
あんなに優雅に男を誘っていたベッドは今は恐怖の象徴のようで、近寄ってしまえば終わりな気がする。
どうにか誤魔化そうと焦っていると、巨体は私を迎えににじり寄ってきた。
「きゃっ……。」
私をお姫様抱っこの形で抱き上げると、最愛の場所……基最悪の場所へと運んだ。
私が1番愛するベッド、いつもなら私を包み込む最高の場所だが、今は男と共に入るこのベッドが最悪の場所に見えた。