初恋の皇子に罵られるのは堪えます。
一生続くような長い廊下を歩き、客人との接見をするラウンジに近づくと、既にいい香りがした。
前菜を出す準備はできているようだ。
重厚な扉を開けると、そこには目を見張るような恐ろしく顔の整った男がいた。
サラサラの黒髪で冷たい目をしてるのにどことなく雰囲気は柔らかい。昔の優しかった彼をすぐに思い出すことができた。
だが、冷酷な色を宿し、今にもその目で人を殺せそうだ。
「あら、お待たせしてしまったようですね。ジェイド皇子。申し訳ございませんわ。」
既に定位置に座った男に私はピタピタのドレスの裾を持って礼をした。
嫌な沈黙のまま私は席に着いたが、ジェイドの目を見るからに平和な会食とはいかなそうだ。
物凄く汚物を見るように顔を歪ませたジェイドは、暫く黙っていたかと思えば挨拶もせずに口を開いた。
「王女。今日も求婚者と寝ていたというのは本当か。」
ああ……。
私の護身術は皇子の耳にも入ったらしい。
なんて言おうかしら。
「…、素敵な時間を過ごさせて頂きましたわ。」
食前酒を口に含みながら、心にもないことを言った。
ジェイドの目は、親の仇でも見るような目で私を見ていた。
昔は親しかった、いや……初恋の人と言ってもいい、この男に軽蔑されるのは少し心が痛かった。
だが、そんな事より自分の人生の方が可愛い。
「本当なのだな。
男と誰彼構わず関係を持つというのは。」
「………。」
「幼い頃は、品位の塊だったユアン姫が、こんな欲求不満の売女に成り果てたとは。
あの頃の私が今のあなたを見たら泣いてしまうだろうな。」
私が何も言わずに黙っていると、彼はどんどん言葉を続けた。
「私に求婚する為に、清楚な令嬢たちを蹴落とすためにその父親をも寝盗ったらしいな。
そのような、下品で下劣な身体でよく私と結婚したいなどと願えたものだ。」
ん?
私の護身術の他にも大分尾ひれが着いている。
私の噂はどんどん広がり、最終的には最低最悪の悪役令嬢になり下がったらしい。
それに私は、ジェイド皇子に求婚するつもりなんてさらさらない。
「お言葉ですが……」
口を開いた私の反論も聞かず、整った顔は嫌悪に歪んでいる。
「幼なじみの縁で、今日は夕食をセッティングしてやったにも関わらず、その前に男と寝るとはな。私を愚弄するのもいい加減にしろ。」
もう既に彼の足は出口へと向かっていた。
手のつけられていない料理が痛々しい。
私の座る椅子とすれ違う時に言われた言葉には、殺気すらも篭っているようだ。
「ファビエンヌ王国の敷居を跨いだら死罪にしてやる。」
バタンと音を立てて、客人用のラウンジの扉が閉まった。ジェイドが出ていったようだ。
というか、私の事覚えていたのね……。
淫売と罵られるのは慣れているけど、これは流石に堪えるわね……。
少しだけ手が震えていた。
次の料理を出そうとするシェフが困った顔でこちらを見ているのに気づき、震える手を強くテーブルに着いて私も立ち上がった。
涙を堪えるのに必死だったけど、この人生を歩んだのも私。
明日からまた同じように体たらくなタダ飯食いに戻るだけだ。