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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

戦争の絶えない世界で最強二人が服屋を開こうとしたワケ

作者: 村岡 太一

『ガイゼル様へ


 この度は、帝国騎士団の入団試験を受けて頂き、誠にありがとうございました。

 厳正なる選考の結果、採用を見送らせて頂きます 帝国事務局より』


 これで、5回目の不採用(お祈り)通知だ。


 悔しい気持ちもあるが、それ以上に「やっぱりダメだったか」とどこか諦めがついていたお陰か、そこまで気に病むことはなかった。


「センパイ! 何見ているんですか?」


「今日の仕事を休めるか賭けていた。残念ながら、無駄だったがな」


 手紙を破り捨てる。


 ここは戦場。第六平野なんて愛想の無い名前の付いた戦場だ。

 俺の職業は傭兵で、俺の事を『センパイ』と呼ぶ女も傭兵。


 戦場と傭兵。この二つが意味することなんて誰が説明しなくとも分かるだろ?


「俺より強い奴は今回出ているか?」


「いや、見る限りはいないですね。どうします?」


「様子見は十分だ。行くぞ」


 俺は、少し名の通った傭兵だ。


「おい。《武器狩り》が出てきたぞ」


「チッ。逃げるぞ。割に合わない」


 敵側の傭兵が俺を避けて別の場所に逃げて行った。


 代わりに俺に向かってくるのは、なんの情報も持っていない徴兵だ。

 あいつらは国を守る為にという大義で集められ、若さしかない。戦闘訓練すらまともに受けていない兵士なんて敵じゃない。


「うおおおッ!」


 己を鼓舞しながら、一人の兵士が剣を振り上げて来た。


 目を閉じながらも俺を真っ二つにする勢いで剣を振り下ろしたが、なにか違和感に気付き目を開けた。


「剣が……切られ――」


 真っ二つになった剣を見ながら、茫然としている所に蹴りを入れて倒した。


 俺がやったことは単純だ。相手の剣が振り下ろされた瞬間に武器を切った。

 たったそれだけ。だが、一般人には俺の動きはほとんど見えていなかっただろうし、剣が切れるなんて想定外だっただろうな。


 俺の二つ名は《武器狩り》。その名の通り、相手の武器を破壊するか奪うことを主にやっているB級傭兵だ。


 大多数の傭兵にとって武器は商売道具の一つであり、命の次に大事にしている。そんな傭兵たちからすれば俺は害悪としか言えない。


 俺はあまり人を殺したくない主義なんだ。

 だから、武器を破壊するだけで誰かを殺すことを極力避けている。


 今日の戦場は小競り合いの意味合いが大きいお陰で、あまり強い敵はいないはずだ。早く安全に今日の業務は終わるはずだ。


 ――――――


 かなり昔、世界に資源が枯渇した。金属、植物、食料、そして水。当然、人類は死滅の一途を辿るしかなかった。


 それを見かねたイカれた神が手を差し伸べた。


『あらゆる資源を恵んでやろう。ただし、戦争を繰り返し続ける限りな――』


 そんな理由でこの世界は常に戦争が発生している。

 人が気軽に死ぬが、戦争を辞めることは種の全滅を意味する。


 元々、資源の減少によって争いが絶えなかったこともあり、この世界は再び息を吹き返した。


 神は出生率や幼児の死亡率まで操作ができる。命の価値が著しく落ちた代わりに人類は更なる発展を遂げた。


 正に弱肉強食。強い人間だけが生き残り、弱い人間は成人することも出来ずに死んでいく。


 俺は戦場から生還して、所属する傭兵団の本部で何もせず席に座っていた。

 仕事が終わってから騎士団への不採用通知を思い出し、落ちた原因をのんびり考えてはいるのだが、周りから見れば何もやっていないようにしか見えないだろう。


 傭兵には個人事業主として、一人で活動している奴もいるが、ほとんどの奴がどこかの傭兵団に所属している。


 俺は個人事業主ではなく、大手と呼ばれる『ジオールド』に所属している。


 非正規の傭兵が多い中、正規社員として傭兵団に雇われている。

 戦場に出るのを拒否したりしたら、クビになる環境ではあるが大規模戦争じゃない限り戦略的撤退は許される立場で傭兵にしてはそこまで過酷な環境ではない。


 今の仕事に不満がある訳じゃない。


 給料も俺には使いきれない額を貰っているし、残業もない。

 職場の雰囲気もまあまあいいし、人間関係も良好。


 改めて考えてみると、かなりいい職場だな。ここ。


 だが、それでも俺は騎士団に入ろうとしている。

 そろそろ死にそうな気がするからだ。根拠なんてない。


 今は勘としか言えないが、傭兵になる前に入っていた訓練校にいた同期の連中も大方死んでしまったし、そろそろ俺の番かなと言った具合だ。


「せーんぱいっ! 何、辛気臭い顔しているんですか? 死期はまだ早いっすよー」


 戦場で俺の隣にいた女が馴れ馴れしく肩に手を置いてきた。

 こいつの名前はコウハイ。俺の相棒でかれこれ半年は生死を共にしている。


 本名は暗殺者養成校特有の五桁の番号で、味気がなかった。3か月前に名前が欲しいと言ってきたので俺がコウハイと名付けた。


 こいつは室内なのに全身真っ黒の装束で目元までフードを被っている。ちらっと白い髪が見えるぐらいで顔を晒さない。

 (つら)はいいんだがな。


「そろそろ足を洗いたいと思ってな」


「傭兵辞めたら何をする予定なんですか? 護衛とかですか?」


「それが未定だから困っているんだ」


 転職をするなら、自分の唯一の長所である戦闘力を生かした職にしたい。

 コウハイが言っていた人や物の護衛という手も悪くはない。


 俺はB級の傭兵で、そこそこ名が通っている。


 傭兵の9割以上がC級以下だと考えるとB級の傭兵は国にとっても重要な戦力とみなされるレベルだ。

 戦闘力という点だけで見れば、王を守る近衛騎士団にも引けを取らない。


 じゃあ、なぜ俺が騎士団に入れないのか。


「そういえば、今日も自分以外ついてこれてなかったですね」


 いつも戦闘時は集中しているせいで、敵と自分の事しか見えなくなる。

 そのせいで、戦場を突き進む俺に誰もついて来れない。敵全体は見えているが、味方まで目が届かず連携がダメになる。


 他人と連携して任務を達成することを前提としている騎士団の仕事や護衛は俺には難しい。

 ほとんどの国の騎士団長とは知り合いで誘いも受けているから騎士団に入ろうとしているが、かなり前の段階で落とされてしまう。


「いっそ、わたしと独立するっていうのはどうです? 私となら連携できるってこの半年で分かりましたよね」


 独立か。リスクはあるが面白い案だ。


 確かに、コウハイは半年も俺と同じ戦場を渡って来た。戦闘中、何をやっているかは分からないが、俺の傍にいながら死んでいないということはついて来れているということではある。

 それに、コウハイと戦場で始めてから明らかに戦いやすくなった実感がある。


「壊し屋なんてどうですか? センパイのスタイルに合うと思いますよ!」


「……考えておく」


 こんなに積極的になって提案してくるとは、他の相手ならこんなに推されたら疑ってしまう所だが、他でもないこいつの誘いだし少し考えてみるか。


「ガイゼル。ちょっといいか」


 そうこう話していると、ジオールドの団長であるヘルナーが声を掛けて来た。

 彼女はA級傭兵で《神速》の二つ名を持つトップレベルの傭兵だ。


「団長。どうしたんですか?」


「武器の新調と次の戦場について相談したくてな。私の所に来てくれるか?」


「分かりました」


 一応、俺はかなりの地位を与えて貰っていて、傭兵の派遣先を決める時に相談されるぐらいには地位がある。実績ぐらいしか取り柄がないが、なぜか信頼されているとは思う。


 俺は団長と部屋を移動した。


 ――――――


「おい! 《狂気の死神》」


「なんですか? 副団長」


 ガイゼルが団長室を去った後、副団長と呼ばれた巨漢がコウハイに詰め寄っていた。


「お前が組んだ傭兵は必ず死ぬんじゃないのか?」


「はて? そんなのただの迷信ですよ」


「たった半年の間でもお前と組んで死んだ人数は両手じゃ数えきれないんだぞ。その中にはA級もいたそうじゃないか」


「それは今までの人たちが()()()()()()()だけですよ」


「……仕方がない。これでどうだ?」


 副団長はずっしりと金貨の入った麻袋を机に置いた。


「くれるんですか?」


「ああ。だが、分かっているな」


「貰えるものは貰う主義なんで」


 コウハイは袋を受け取ると、外に出て行った。


「ガイゼルめ。ジオールドは俺と団長のもんだ! 勝手に手を出したことを後悔させてやる」


 ――――――


 団長は俺に頑丈な武器をオーダーメイドで作ることが決まった事と次の戦場について話を貰った。


「次の任務はかなり規模の大きい。いくら君とは言え、かなり危険なものになるだろう」


 次の戦場は平野と森林に分かれた第二戦場で行われる。

 かなり広いフィールドで個人の力よりも集団の力が優先される場所だ。


「なにより心配なのが、《狂気の死神》の存在だ。能力こそ優秀だが、パートナーとなった傭兵が必ず死んでいる。君が望むなら担当を外そう」


 《狂気の死神》。コウハイに付いている二つ名だ。


 戦闘能力はA級に匹敵し、出会った敵を笑いながら確実に暗殺する姿から《狂気の死神》と呼ばれている。ただ、この異名には裏の意味もある。それが、仲間が必ず死ぬということだ。


「君のように直接戦闘を得意としている傭兵には、暗殺対策として暗殺者を護衛に付ける。だが、その暗殺者に殺されては本末転倒だ」


「もし、あいつに殺されたとしてもそれは俺が弱かっただけ。それに今更、相棒を変える気もないです」


「そうか。君の判断なら尊重する。だが、私の個人的な感情としては君に死なれると悲しい。いざという時はどんな手段でも生き残って欲しい」


 俺としても死ぬ気は毛頭ない。どんなに無様で卑怯な手段であっても生き残る。


「これで要件は終わりだ。この後、個人的に飲みに行かないか?」


「それは副団長と行ってあげて下さい」


「あいつとはそんな関係ではないと()()()言っているだろう……今日はゆっくり休め」


「失礼します」


 ここ最近、俺が団長に近づく度に副団長が今にも殺しそうなほどの殺気を俺に向けて来ている。どうやら、うちの副団長さんはヘルナー団長の事が好きらしい。

 今日もすれ違った時に睨みつけられた。


 こんな状況で二人でどこか行こうものなら、奴はなりふり構わず毒を盛るか、暗殺者を派遣してくるだろう。

 俺としてはヘルナー団長はただの上司なだけだし、無駄に危ない橋を渡る必要はない。


 部屋から出て、帰ろうとデスクに行くとコウハイが俺の席に座っていた。


「あっ! センパイ! 今日、飲みに行きませんか? ()()()()が入ったんでおごりますよ!」


 珍しい。こいつの方から誘ってくるとは。

 普段から人懐っこい感じではあるが、こうやって飲みに誘うことはなかった。


 そういう俺も、上司に強制された飲み以外は断っていて行ったことはない。

 他の奴の頼みなら断っているが、部下の頼みだし、断る理由もないな。


「分かった。ただ、金は俺が出す」


「わーい!」


 ――――――


 という訳で、俺たちは近くにある酒場にやって来た。


「センパイ。ちょっと弱すぎませんか?」


「う、うるしぇ」


 最初の一杯目で俺はダウンした。ここの酒は他の所に比べて強い……気がする。


「まだ、半分以上残っていますよー」


「もうムリだ」


「仕方ないっすねえー」


 コウハイが俺の分も含めて一気に飲んだ。


「センパイは水でもチビチビ飲んでいて下さいね」


 吐き気こそしないが、少しだけ朦朧とする意識の中、俺は水と料理を黙々と食べていた。

 反対に、コウハイはいろんな種類のお酒をガブガブと飲み干している。


 同じ人間とは思えないような量を飲んで、ようやく少し顔が赤くなり酔いが回ってきていた。逆に俺の方は少しずつ回復し、まともに喋ることができるレベルまで戻った。


「ずっと、気になっていたんですけど、センパイってなんで人を殺さないんですか? 武器を壊すよりも首刎ねた方が楽っすよ」


「殺したら傭兵ランクが上がっちまうだろ。そうなったら、俺だってすぐに死ぬ」


「へえー。ヘタレなんっすね」


「賢いって言え」


 傭兵ランクによって出られる戦場の規模が変わる。

 俺みたいなB級の傭兵は小さな規模の戦争の主戦力。大きな規模では普通の戦力として扱われる。


 逆にA級以上は大きな戦場しか参加できず、参加しようものなら今後傭兵として生きていくのが難しくなるほどのペナルティを負う。


 傭兵ランクは戦争での活躍を元に作られる。俺がB級なのは殺害数が0だからに他ならない。戦闘力ならA級中位に入るレベルなんて言われている。まあ、言ってしまえばランク詐欺だ。


 ……っと、まあ。それらしい理由があるが、全部嘘だ。


 俺は人を殺せない。

 正真正銘ヘタレなだけだ。


 このことは誰にも言っていない。もし、知られようものならその弱点を利用されて俺が殺されてしまう。だから、どんな親しい仲の奴であろうとも言わない。


「はあ。羨ましいですよ。私だって殺しなんてしたくないですよ。正気のままじゃ人を殺せないんですから」


 正気か。

 かなり前に別の傭兵団に所属していたコウハイと戦ったことがある。


 あの時の戦場は半分ほどがあいつの殺気で覆われていた。

 C級以下の傭兵たちは戦意を失い、B級以上の奴らも恐怖で体が硬直していた。そのレベルの殺気をたった一人のC級の暗殺者が出している異様な状態だった。


 戦闘が始まってすぐに自陣から狂気染みた笑い声と悲鳴が起こった。主戦力のほとんどを殺された後に俺が元凶である《狂気の死神》と戦ったが、かなり苦戦した。もし、武器の性能差がなければ俺は奴を殺していたかもしれない。

 それほど、《狂気の死神》の戦闘能力は高く。そして狂っていた。


 今思い出しただけでも、目の前の女と同一人物だとは思えないほどだった。


 いつも明るそうに振る舞っていながらも、こいつにも悩みがあったのか。

 半年も生死を共にして、初めてこんな弱音を聞いた気がする。


 コウハイの奴とは長い付き合いになりそうだし、上司としていろいろ聞いてやるか。


「よし。今日はとことん話そうか」


「えっ。センパイ。そのイッキは……」


 残っていたお酒を一気に飲んだ。半分で酔っていた人間が回復しきっていない状態で、新たに飲んだらどうなるか。酔って、冷静さがなくなるに決まっている。


 ――――――


 翌日、目覚めると頭が痛かった。


「あっ。センパイ。おはようございます」


 見慣れない部屋だ。どうやら、コウハイの住んでいる部屋だ。


「昨日はありがとうございました。おかげで、心の奥にあったものがすっきりした気がします。って、センパイは何も覚えていないですよね。これ水なんで飲んで下さい」


「ああ」


 記憶が残らない程の泥酔具合だったと判断されている。


 だが、俺はしっかりと覚えている。


 今、思い返してみると俺は明らかに羽目を外しすぎていた。

 中々、本音で話してしまったみたいだ。


「今日は鍛冶屋に武器の依頼をしに行くんですよね。私もついて行ってもいいですか?」


「そうだな。特に問題ないだろう」


 昨日、そんな話もして一緒に行くことを約束した。だが、お互いの為に覚えていないフリをする。


「ありがとうございます! じゃあ、準備をするので昨日の酒場近くに集合でいいですか?」


「ああ」


 俺は一回、自分の家に帰って普段使っている武器を持って待ち合わせ場所に向かった。


 集合場所には黒いフードを被った女はいなかった。

 コウハイはいつも顔を隠している。昨日聞いた話だと、暗殺者としてあまり顔を見せたくないとのことだった。俺も顔や髪型をはっきり見たことがない。


 今日はプライベートな状態で行きたいと言っていたから、私服でいるはずだ。


 おそらく、見た目じゃ分からない。だが、あいつから漏れ出す殺気は姿形が変わっても分かる自信がある。


「待たせたな」


 はっきり言って、見た目が全然違う。

 ふわふわとした淑女のような印象を受ける。

 

 普段の全身真っ黒の暗殺者みたいな恰好からは想像の出来ないほどの変貌具合だ。


「よく分かりましたね。流石、センパイです! 今の私、かわいいですよね」


「そうだな」


「ですよね! じゃあ、今からデートに行きましょうね」


 外見が変わっても中身は全然変わっていない。

 昨日、この服を自分でデザインして裁縫まで自分でやったと言っていたな。素人目に見てもデザインセンスの高さが分かる。


 その日は、俺だけのオーダーメイドの武器を依頼した。

 新しい武器の事もあるが、今日は今まで生きていた中で一番心地良く過ごせた。


 コウハイの存在が俺にとって大きくなりつつある。戦場にこの感情を持ち込まないように注意しないとな。


 戦闘後に大事な仲間がいなくなっている時にどうしようもない気持ちになってしまう。あんな思いはもうしたくない。


 ――――――


 一か月後、新しい武器のお披露目となる戦争が始まろうとしている。


 今回の戦場は平野と森林に分かれた広い第二戦場。

 そして、今回の戦争規模は世界に五人しかいないS級の傭兵が両陣営に一人いるレベルの大規模な戦争になる。


 俺とコウハイは味方陣営のS級に呼び出されていた。


 《軍神》

 ――優れた軍師であり、将軍である。この世で最も戦争の才能を持つ人間にのみ与えられる称号。


 そんな立派な称号を持つ女が椅子を蹴り飛ばすだけで首を吊ることができる状態で俺たちを待っていた。


「やあ、久しぶり。一年ぶりかな。この戦場が終わったら飲みに行こうよ。あれ? その子。新しい相棒? ボクより強そうじゃん。二人でボクの傭兵団に入らない? 待遇は良くするよ。でも、君の事だし、来てくれそうにないね。もしかして、転職しようとしているの? いいなー。ボクもとっとと引退したいんだけどね」


 こいつはS級傭兵の《軍神》。

 訓練校時代の同期で、意図的に俺の一つ下の順位を取っていたような変態だ。


 今では俺よりも遥か出世しているが、上下関係はほとんどない。


「要件はなんだ?」


「あっ。ごめんね。また脱線しちゃう所だったよ。まず、今回はS級が一人、A級が三人、その他大勢的な戦場なんだけどね。なんと、相手側のS級があの《魔人》」


 《魔人》か。厄介だな。


 あいつは銃と呼ばれる武器で鉄の塊を音速を超えた速度で放つ。

 弓よりも射程が長く、威力も桁違いらしい。


 単騎型で自ら軍を率いることはないが、トップの狙撃手として主戦力を殺してくる。


「平地で正面衝突するなら確実に勝てるけど、森での戦闘になったり、回り込まれてしまったらボクは死ぬ。相手もそれを知って森から攻めて来る。しかも、A級一人だけを護衛にして二人だけ。平地には時間稼ぎの戦力を残す。ボクは平地で軍を率いなきゃいけない。だから、本当はしたくはない事なんだけど――」


「俺は何をすればいい?」


 こいつが遠慮しがちな時は大抵、俺にとんでもない負担が掛かる作戦を伝える時だ。


 俺は《軍神》の力を信じている。

 逆にあいつも俺の力を信じている。


「君たち二人で《魔人》とその護衛の相手をして欲しい。時間稼ぎしてくれれば、平地は四時間以内に終わらせる」


 無理難題。


 仮に他の奴に命令されていたら、俺は断っていた。だが、あいつが言うなら話は別だ。


「無茶を言っているのは分かっている。もし、嫌だったらこの椅子を蹴飛ばしてくれ。君に殺されるなら本望だ」


「《魔人》の足止めは引き受ける」


「すまない。もし、君が死んだら、ボクもすぐに後を追う。君がボクの生きる意味なんだ、君のいない世界に価値なんてない。生きて帰って来てくれ」


 そう言って、《軍神》は首に掛かっていたロープを軽く引き裂き、こちらに向かってきた。


「君らの子には仕えてもいいかもね」


 すれ違いざまにそう言ってから、出て行った。


「今、さらっとセクハラ受けました?」


「そういう奴なんだ」


 今回の戦争はかなり覚悟を決めなければならないみたいだな。


 ――――――


 第二戦場の森の中。遠くの平原から戦場特有の雑多な殺気が微かに感じられる。


「本当に二人だけなんですね。足止めだけとは言っても、相手は最上位レベルの相手ですよねー」


「そろそろ、開戦の爆音が流れる。警戒をしておけ」


 開戦は他国による合図で行われる。戦場のどこにいようとも聞こえる音が()()()()瞬間に攻撃ができるようになる、


 あと数分で戦争が始まる。相手は遠距離から攻撃できる狙撃手。いつ攻撃されるか分からない以上、警戒はしておかなればならない。


 俺の新しい武器は自由変形をし、どんな武器にでも姿を変えることができる。


 形状を盾に変形させ、盾にしておく、仮に開戦と同時に撃たれても対応する。

 

 俺たちの任務は足止め。受け身の対応で粘れば勝ち目は十分にある。


 ピー


 頭に響くような開戦音が鳴った。


「危ない!」


 声と同時に背中を押され、微かに木が砕ける音が聞こえた。


 一瞬の混乱に襲われたが、すぐに状況を把握する。


 敵は開戦音を利用して攻撃を仕掛た。

 殺気か何かを感じたコウハイが俺を庇った。

 コウハイの腕の根本付近から血が溢れ出ている。

 木の貫通孔から敵の方角が分かる。


 俺は、敵のいる方角に盾を向け警戒をした。

 あの開戦音さえなければ、木々を貫通する音を聞き取れる。


 敵側は何らかの手段で木々を透視し、俺たちの様子が分かっているようだ。


 対して、こっちが分かるのは一発目を放った方角のみ。狙撃地点を移動をされたらかなり不利な状況になる。

 だが、同じ場所から撃つなら余裕を持って受けられる。


 コウハイの怪我は命に別状はないが、出血が激しい。早く治療しないと出血死する。


「撤退する」


 あいつは俺を守った上で負傷した。俺が油断さえしてなれば防げた事態だ。

 すべての責任は俺にある。


「ダメです。大規模戦争で敵前逃亡をしたら、処刑は免れません。わたしの事はいいですから」


 痛みに耐性があるのかコウハイは腕を押さえながらもいつもの表情で俺を制止した。


「このままだと死ぬぞ」


「死期ってやつです。最後にセンパイの役に立てただけでも。この命に価値がありましたよね」


「傷口は押さえておけ、すぐ終わらせる」


 コウハイを弾が当たらないように寝かせて、武器を短剣に変えた。

 こうなったら、やりたくはなかったが……


 ――《魔人》を()()


 敵のいる方角に向かう。


 どれだけ早い弾丸だろうと集中して殺気さえ感じられれば、どこに打ち込まれるかは事前に分かる。


 左肩周辺。


 身を捩り躱す。


 貫通された木々の隙間から遠くにいる《魔人》と目が合った。

 これで場所が分かった。


 武器を槍に変えた。


 短剣はブラフだ。相手に「もしかしたら、弾丸を切れるのか?」と思わせ実験的に撃たせるためのフェイク。


 敵の正確な位置さえ分かれば、槍を投げ込める。


 全身の力を使い上空に向かって槍を放った。俺に木々を破壊してまで槍を貫かせる力はない。

 だから、曲射を狙う。敵を貫くまで時間が掛かるが、意識外の攻撃ならば刺さる可能性も高い。


 さらに確実に殺す為にも接近する事にした。


 残った金属を短剣に変えて、《魔人》に向かって走った。

 一流の射手ならば、殺気を出さずに弓を射るが、《魔人》はその強力な武器に依存しているせいか、殺気を隠す努力すらしていない。


 距離が近くなればなるほど相手の殺気はより明確に感じられ、弾丸は躱しやすくなる。


 あと少しの所で、背後から殺気を感じた。


 この殺気はコウハイのモノだ。


 これは背後に誰かいることを伝える為のあいつからの警告だ。

 振り返り、背後で俺を殺そうとして男の首を切った。


「グハッ。バカな。完全に殺気は殺したはずだ。この《死神》がこんな所で……」


 A級の中でもS級に最も近いと言われているトップの暗殺者。《死神》が首の出血を止めようと必死になっていた。

 あの出血量は助からない。


 特に何も言うこともせず、俺は再び《魔人》に向かって歩みを進めた。


 護衛を失った《魔人》の姿はまるで、怯えた子供の様だった。

 振るえる手で銃をこちらに向けて、一歩一歩と後退している。


「な、なにこれ。ちょっとルール違反したことは謝るから。ね。ゆる――」


 俺が投げた槍が銃を貫き、ついでに《魔人》の指を数本持って行った。


「うわぁぁぁ! い。いたいよぉぉぉぉ!!」


 泣き叫びながら、のたうち回り始めた。


 これなら、今回の戦争中はまともに動けないだろう。

 殺す必要もないな。


 俺の戦いはこれで終わりだ。早くコウハイの奴を治療しに行かなければならない。


 ――――――


 あの戦争は俺たちの陣営が圧勝したらしい。


 トップの暗殺者を殺し、S級の《魔人》に大怪我を負わせた俺は今回の戦争で一気にS級に昇格することになった。


 新しい二つ名が武器の帝王として《武帝》となった。


「センパイにピッタリの二つ名だと思いますよ。今までの《武器狩り》が少し弱々しかったですもん」


「……」


「わたしの腕の事は気にしないで下さい。片腕がなくても生きていけますから」


 コウハイは腕を切断することになった。もっと治療が早ければ、残っていた可能性もあった。


「いつも無口で無表情ですけど、なんとなく分かります。この前、先輩が泥酔した時の話を覚えているんですよね。じゃないと、腕だけでこんな責任を感じるわけないですからね」


 コウハイの夢は自分で作った服を売る服屋だと言っていた。


 片手では服の裁縫は絶望的なはずだ。


「俺が責任を取る。なんでもする」


 俺はどこの国の首都でも一生生活に困らないぐらいのお金を持っている。

 それにS級になったことで、給料も今とは桁違いになる。


 人の一生を買うぐらいの気持ちはある。


「ふーん。じゃあ、えっとですね」


 コウハイは恥ずかしそうに視線を外した。


「一緒に服屋さんをやりませんか?」


 店の資金援助かと思ったが、そうではないみたいだ。


「ほら、センパイって威圧感はありますけど、かっこよくて、いい素体になると思うですよね。だから、二人でやりませんか?」


 二人で……か。


 現実的な諸問題を考えるよりも先にその未来を想像してしまった。

 想像の中の俺は傭兵をやっているよりも楽しそうに生活をしている。


 フッ。考えるまでもないか。


「分かった。計画を練らないとな」


「あっ。センパイが笑った」


 柄にもなく笑ってしまっていたみたいだ。


 S級になってしまったせいで傭兵から足を洗うのは少々面倒かもしれないが、初めて「やらなくてはいけない」じゃなくて「やってみたい」と思った。


 ヘルナー団長は個人的な感情で怒ってきて、副団長の奴は喜ぶかもな。

 俺にリベンジを誓っていそうな傭兵たちはどんな反応になるのか。


 あと、どこで店を開くか、開業届の出し方とか許可の取り方とか経営のノウハウが全体的に足りない。


 考えれば考えるほど、課題が立ちはだかっている。


「当分、死期は来て欲しくないな」


「死期はまだ早いっすよ」


 戦争が主資源なこの世界で元傭兵と暗殺者が服屋を作る。

 これまで戦うことしか出来なかった人生が、こんな軌道修正をすることになるとはな。今更、経験のない所に行くのは怖くはある。だが、不安はない。


 これほど頼もしい相棒さえいれば、どう転がっても俺は幸せに死ねるはずだ。




 

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