時間にうるさい委員長とのデートは、分刻みのタイムスケジュールでそれどころではない。
「──ゴメンゴメン!」
「遅いわよ寺田君!! 三分も遅刻じゃない! 三分あったら何が出来ると思っているの!? だいたい貴方は普段からのんびりしてるから──」
デートの待ち合わせに三分遅れた俺は、店の前で委員長に御説教を受けている。そっと静かに腕時計に目をやると、五分近く経っていた。俺の遅刻よりも長い御説教はとても謎に満ちている。寒空の中、委員長を待たせたのは悪いと思ってはいるが、誕生日プレゼントを直前まで選んでいたせいだとは、口がお滑りしても言えないんだな、これが。
「貴方のせいでデートの開始時間が十分も遅れちゃったじゃない! もう、さっさと中に入るわよ……!」
「申し訳ありませぬ」
ささっと店内へ入ると、委員長は駆け寄ってきた店員へ「二名です」と眼鏡を上げながらこたえる。店内は活気に満ちていて、とてもざわついていたがそれが何とも言えない心地良さを生んでいた。
「はい、今日のしおり」
席に着くと、委員長は当たり前のように手作りの小冊子を二部取り出して、一部を俺に手渡した。
委員長は学生時代から真面目だけが取り柄で、修学旅行のしおりを辞書並みに厚くし、イメトレを何度もさせられブーイングを買った事があったが、どうにもこうにも細かい事をやらないと気が済まないタイプなので、俺はもう半分以上は諦めている。
「……20:00開始、20:05注文、20:06雑談20:15注文、20:16雑談……」
「誰かさんのせいで十分遅れてるけどね」
果たしてそのタイムスケジュールに意味があるのかは分からないが、それが無いとデートも出来ないと言うので、俺は何も言わず従うのみ。
「おしぼりどうぞ。ご注文がお決まりになりましたらお手元のボタンで──」
「ビール二つ。鶏の唐揚げとフライドポテト、焼き鳥の盛り合わせをお願いします」
「……かしこまりました! 少々お待ち下さいませ!」
ササッとメモを取った店員が厨房へと向かい注文を伝える。オーダーについても予め委員長が美味い物をリサーチ済みなので、俺の出番は無い。
「あ、あのさ──」
「なに?」
委員長はしおりの内容を全て記憶済みなので特に見もせず、横に置いたまま俺の方を向いた。
「22:15の誕生日プレゼントってのは……まさか」
しおりを指差して聞くと、「私のよ。買ってあるんでしょ? だから遅くなったのよね? ちゃあんと知ってるんだから」と、笑いながら委員長。どうやら完全にこちらの行動は見透かされている様だ。
「まあ、まあ……その」
誕生日だ。当然あるだろう。しおりに書いてあってもおかしくはない……多分。
が、問題は次の予定だ。『22:30キス』と書かれた恥ずかしさMAXの予定については、ちょっと他人にお見せ出来ないぞい!?
「22:30のキ、キスって……」
「──ビール二つに鶏唐ポテトおまちどうさまです!」
なんとも絶妙なタイミングで、店員がテーブルにビールを置く。委員長は眼鏡を外し、ケースへしまった。委員長は食べる時は眼鏡を外すタイプの人だ。
眼鏡を外した委員長は少し目付きが鋭くなるが、それが何とも何とも絵になると言うか、中国の切れ者女社長みたいな感じでメッチャ好みなんだよね。
「22:30の──」
「唐揚げとポテトが出来たてが勝負よ。一秒でも早く食べなさい」
仕方なく唐揚げを一つ頬張り、ビールを隙間へと流し込む。熱々の唐揚げとビールの組み合わせが最高に染み渡っていく。
ビールを大きく傾けた委員長の口元には、泡で泥棒髭が出来ていたが、時間にうるさい割にはこういう所は気にしないタイプなので、それはそれで複雑だ。まあ、可愛いからいいんだけどさ。
「委員長」
「なにかしら?」
ようやく話せるタイミングが来た。タイムスケジュールにある接吻の項目について、質問せざるを得ない。
「22:30の……キ、キスっ──」
「焼き鳥盛り合わせお待たせしましたー!」
やけに威勢の良い店員が、ドンと焼き鳥が積まれた皿を置いていった。完全に会話を遮られたが、ここで引く俺ではない。
「22:30の──」
「焼き鳥は出来たてがベストタイミングよ」
「……」
またしても機を失した俺は、仕方なく焼き鳥を取って口へと納める。ビールとの相性は言うまでもなく、最高に最高だ。
「委員長22:30の──」
「すみませーん! ビールを二つ!」
ビールのおかわりが運ばれ、委員長が再び泥棒髭になった所で、俺はキスについて聞くのを諦めた。どうせ時間になれば分かる事だ。それにキスについて聞いたところで仕方ない。今更キス一つでキャピキャピする……………………あれ?
……あれれ?
…………いやいやいや。
………………ちょっと待て。
……………………キス無かったぞ!!
おいどん委員長と初めてのキスぞい!?!?
「──寺田君」
「いやいやいや、そんな委員長」
「寺田君!」
「ふえっ」
「トイレ休憩の時間よ。20:50までに戻ってきてよね」
「あ、はい」
トイレも自由に行けないデート。それが委員長クオリティなのだが、どうにもこうにも慣れてしまったせいか、感覚が麻痺しつつある。特に不快な気持ちは無く、当たり前になっている自分が少し怖い。そして当たり前のように押し切る委員長はもっと怖い。
「早いわね。お酒頼んでおいたわよ」
「ありがとう」
店に来て何一つオーダーをしていない俺だが、出て来た物に関しては満足度100%だ。
「お待たせしました。カシスサワーと日本酒の熱燗になります」
委員長へカシスサワーを渡すと、代わりに熱燗を手にした委員長は「ほい」と、御酌をしてくれた。
お酒で顔を赤くし、頬杖を突きながらする酌はとても失礼な気がするけれど、内心メッチャ嬉しくて仕方ない。
「ありがとう」
「どういたしまして」
「……古来より男は女に酌をさせたがるけれど、これってさ『女性が注いだ酒』がどうこうじゃなくて、『酒を女に許して貰いたい』からなんだと思ってさ……」
「ふぅん」
「だからさ、お店で『もっと飲んで』みたいなやり取りってさ、ある意味的を射ていると言うかさ、弱点を突かれている気がしてさ、だから皆ついつい飲み過ぎるのかなぁ、ってさ……」
「寺田君って、お酒が入るとよく喋るよね」
「あ、ごめん……」
咄嗟に謝ったが、委員長は頬杖を突いたまま更に御酌をしてくれた。
「良いのよ。寺田君って普段あまり自分から喋らないから……」
「いや、本当は──」
「あ、時間だわ。すみませーん! きゅうりの漬物とフライドポテトをお願いします!」
「……」
本当は喋りたいんだってば委員長……。
やがて酒が深くなっていくと、委員長は呂律が回らなくなってきた。しかし真面目な所は変わらず、それはそれで厄介だ。
「てりゃだ君!! 時間! お会計! カードで!」
「ッス」
22:00。予定通りに飲み屋を出ると、委員長は覚束ない足取りで歩き出した。
「上! 夜景がきれい!」
指差しながらフラフラと階段を登っていく委員長。
階段の上には噴水のあるちょっとした広場があり、噴水を囲むように置かれたベンチには、他のカップルが愛を語らっていた。
「ちかれた! 時間通り!」
ベンチに雪崩れ込むように横たわる委員長。時間にうるさい割には、本当にこういう所は気にしないタイプだ。
時刻は22:15。
言わずもがな早く出さねば怒られる。
「委員長、コレ……」
「あ、ありがと……」
恥ずかしそうに小さな箱を受け取る委員長は、ちょこんと座り直し、そっと自分の横をポンポンと叩いた。どうやら座れということらしい。
「……夜景。綺麗だね」
「私の方が綺麗」
「自分で言っちゃダメだって」
「じゃあ、私とどっちが綺麗?」
「……勿論委員長」
「あほたれめ」
「はいはい」
二人向き合い、そっと微笑み合う。知らず知らず顔が近付いてゆく。
が、寸前でデコを押さえられて止められた。
「二分早い」
「待てない」
「ウチのジョンは二分待てる」
「俺は犬じゃない」
「犬以下」
「ワンワン!」
ガバッと委員長をベンチへと押し倒す。もう言葉は要らない。ただその唇へと引き寄せられた──。
「はい。練習はここまで。それじゃあ来週のデート本番も宜しくね♪」
「……デートの練習要る?」
「要る!!!!」
「…………はい」
まさに犬のようにお預けを食らい、しょんぼりと肩を落として帰る俺。
何故にデートの練習までせねばならないのかは、今更なので聞かないが、兎にも角にも精神衛生的に宜しくないのは確かだ──。
──本番当日。
「──ゴメンゴメン!」
「遅いわよ寺田君!! 三分も遅刻じゃない! 三分あったら何が出来ると思っているの!? だいたい貴方は普段からのんびりしてるから──」
練習通り三分遅れで店へ着いた俺は、そのまま十分遅れで委員長と店内へ。
「二名です」
「先週も怒られてませんでした?」
不思議そうな顔をする店員へ愛想笑いを返し、俺達は前回と同じ席へと無事に辿り着いた。
練習と違う席になると、委員長が少し不安げな顔をするので、練習と同じ席はとてもありがたい事なのだ。
「はい。今日のしおり」
先週見たから要らないのだけど、それを言うと委員長は怒る。「本番の為のしおりなのに!?」と怒る。仕方なく見る。見ても同じだから安心。心置きなく流し目で大丈…………ヴ!?
「おしぼりどうぞ。ご注文がお決まりになりましたらお手元のボタンで──」
「ビール二つ。鶏の唐揚げとフライドポテト、焼き鳥の盛り合わせをお願いします」
「……かしこまりました! 少々お待ち下さいませ!」
ササッとメモを取った店員が厨房へと向かい注文を伝える。オーダーについても予め委員長が美味い物をリサーチ済みなので、俺の出番は無い。そこも練習通りだ。
が、ちょっとした問題が発生した。流し目で読んでいたしおりのタイムスケジュールがおかしい。
前回はキスで終わりだったのに、その後『22:45チェックイン』から始まってビッシリと予定が秒単位で入っているのだ。
「委員長22:45の──」
「先にビール二つお待ちです!」
威勢の良い店員が、ビール二つだけを運んできた。
鶏唐とポテトが無い。
困るなぁ、練習通り運んで貰わないと……折角聞くタイミングだったのに!
「22:45のチェックイ──」
「鶏唐お待ちです!」
「22:55のシャワーって──」
「フライドポテトお待たせしました!」
やたら威勢の良い店員に妨害され、何もかもが聞けず仕舞。
「シャワーってこれ──」
「出来たてが一番よ。一秒でも早く食べなさい」
「頂きます」
ここは練習通りだから仕方ない。
唐揚げを頬張り、隙間へビールを流し込む。何度味わっても飽きない至福がここに在る。
泥棒髭の委員長を眺めつつ、焼き鳥の盛り合わせを待つ。どうせ急いで聞いたところで被るんだから。
「焼き鳥盛り合わせお待たせしましたー!」
「委員長、23:20泡風呂って──」
「焼き鳥は焼きたてがベストタイミング」
「……」
練習通りだから仕方ない。
焼き鳥とビールで幸せを掴んだ俺は、ようやく来た質問タイミングを逃さずに口を開いた。
「委員長ピロートークが1:25と2:55で二回あるんだけど──」
「こちら店長からサービスです!」
「うおおおお!!!! 練習通りにやってくれー!!!!」
「寺田君。怒ってるの? 落ち着いてよね。練習通りにお願いよ」
「うおおおおおおおお!!!!」
初めてのキスすらお預けを食らった俺には、いきなりのお泊まりは刺激が強すぎた。出来ることならお泊まりの練習したいのですがね!!