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兄様は『聖女』様のことだけではなく、他の情報も沢山僕に教えてくれる。兄様は博識で、僕が全く知らない情報を沢山教えてくれる。僕は兄様から色んな情報を教えてもらえるからこそ、僕も頭がよくなった気持ちになる。
兄様って教え方も気持ちが良いのだ。なんだろう、こちらのことをきちんと考えた上で教えてくれている。
「クレイズは、将来何をしたいとかあるか?」
「んー、僕には分からない。僕はただ兄様と一緒に居られたらそれでいいなって思うから」
「はー。俺の弟チョー可愛い。でも将来的なことを言えば、兄弟ってのはずっと一緒にはいられないからなぁ」
僕の頭を撫でながら、兄様がそんなことを言う。何だかその言葉に悲しい気持ちになった。
「僕、兄様と離れるなんて嫌だなぁ」
「いやー、こんなに可愛いクレイズが将来的に反抗期になったり、俺の事を嫌いとか言い出したら俺ガチ凹みする自信がある」
「僕は兄様を嫌ったりなんてしないよ?」
僕がそう言えば、兄様は嬉しそうに笑った。兄様の僕に向ける笑みは、何時だって優しい。その優しい笑みを見ると、僕も嬉しくなる。
「兄様は、将来何をしたいとかあるの?」
「そうだなぁ。折角ファンタジー世界に来たから、有名になりたいな。なんかやっぱり二つ名みたいなのとかつけられたらかっこよくね? と思っている。やっぱり可愛い子とも仲良くしたいし、折角こうして此処にいるからこそ経験出来ることを沢山したいかなぁ。というか、同年代の女の子と会うことも出来ていないからな」
なんだか兄様は女の子に会いたいらしい。
僕は兄様以外の同年代の子供に会ったことがないから、そういう気持ちもよく分からない。そもそもこの周りにいる使用人と兄様たち以外とは関わったことがない。だから他の人と関わるというのがあまりぴんと来ない。
他の人を知らない僕の世界。
僕は外の世界を知ることに対して、不安もある。だけれども兄様が隣にいてくれるなら外の世界に出ることがあっても問題はないのではないかと僕はそう思っている。
結局のところ、僕は兄様さえ隣にいてくれるのならばこの世界にいようとも、外に行こうとも問題がないかなとそう思っている。
そういう日々がずっと続いていくと、僕はただ漠然と思っていた。
だけどある日のことである。タレスが一つの情報を手に入れてきた。
それは『聖女』様がこの国に召喚されたという情報だった。兄様が会いたいと言っていた『聖女』様。
僕は『聖女』様が現れたというその情報を聞いても、いまいちぴんと来なかった。
『聖女』様が現れたところで何かが変わるとは思えなかった。僕はただその報告をへぇと思いながら聞いていた。
だけれど兄様は違った。
兄様は何だか決意したような瞳を浮かべていた。こういう表情を浮かべている兄様は時々しか見ない。兄様は何か起こそうとしているのだろうか。
兄様は『聖女』様が現れることを聞いて、調べものをしたりと動き始めた。
「兄様、何をしようとしているの?」
「クレイズ、周りには内緒だぞ」
兄様は僕の言葉にそう言って、僕の耳に顔を近づける。そして僕にだけ聞こえるように言う。
「クレイズ、俺と一緒に『聖女』の元へいこう」
兄様がそんなことを言うから、僕は驚いてしまった。
兄様はどうしてそんなことを言うのだろう。誰かに会いに、この屋敷から出て外に行く――なんて現実味がなくて、僕は実感が湧かない。
「『聖女』は俺たちが救いを求めれば、助けてくれるはずだ。俺とクレイズがこの屋敷の中だけで過ごしているなんていうそういう状況をどうにかしてくれるはずだ。なんて他力本願なんだと思うかもしれないが、俺はその『聖女』って存在に賭けたい」
僕は今の状況が兄様がそこまで言うほどの状況だとは分からない。それは僕が外を知らないからだ。僕にとっての限られた世界。僕にとっての狭い世界。
兄様は、その限られた狭い世界から抜け出すことを望んでいる。そしてそれこそが僕のためにもなると思っているのだと思う。
「……兄様、それは許されることなの?」
僕たちは、外に行くことを許されていない。僕たちはこの屋敷にいることを望まれている。なのにそういう風なことが出来るのだろうかと、僕は疑問だった。
だけどそんな僕に、兄様は言うのだ。
「そもそもこうしてこの場所でしか生きられないっていうのが、まずおかしいんだよ。俺たちは産まれが産まれだから、親の意志が俺たちの生き方になる。それは当然のことだけど……俺はもっと自由に生きたいし、クレイズにもっと自由に生きてほしい。幸せになりたいし、クレイズを幸せにしたい」
兄様は真っ直ぐにそんな言葉を口にする。
兄様の言葉には力があると思う。昔兄様が読んでくれた童話の中で、英雄と呼ばれる人が出てきた。そういう人は周りに対する影響力がとても強い。僕にとって兄様はそう言う存在だ。
僕に最も影響力があって、僕にとって絶対的な味方である兄様。
「――俺はクレイズと一緒に、外に出て幸せになりたいんだ。俺の可愛い弟に外を知ってほしいし、未来を選んでもらいたい。だからさ、クレイズ、俺を信じてほしいんだ。会ったこともない俺たちの父親は、俺たちを外に出す気はなくて、俺たちの事を疎んでいる。だから外に出ると追われるかもしれない。『聖女』の元へたどり着けるかも不安かもしれない。でも俺は絶対にクレイズを外に出すから。一緒に外に行こう」
兄様が、そう言って自信満々に笑う。
不敵で、かっこよくて、真っ直ぐで。やっぱり兄様は僕にとって物語の英雄みたいな人だと思う。兄様と一緒だったら僕はなんだって出来ると思う。
そう言う力が兄様にはあるんだ。僕はワクワクした気持ちになってくる。
「うん。兄様、僕、兄様と一緒に行くよ。だから兄様、一人で抱え込まないで。僕だって兄様と一緒に抜け出すための準備をしたいよ」
「ああ。一緒に頑張ろう。あと一緒に抜け出せる人がどれだけいるかだな。使用人は俺たちに同情してくれているものたちも多いけれど、それでも俺たちを監視しているものだっているから」
兄様は難しいことを言っている。
でも優しく見える使用人たちも、僕たちの味方ではない人もいるらしい。僕はそういうのを見破る目なんてない。でも誰が味方じゃなかったとしても、兄様だけはきっと僕の味方だ。そう自信満々に言えるから、僕は兄様のことだけはずっと信じていたいって思っている。