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その『聖女』様の屋敷は、厳重な警備の騎士がいる。
兄様がいない中で、大人の人に話しかけるのは初めてだ。僕はそれを考えると不安になる。だけど、兄様が僕に任せてくれたのだから。
「あ、あの、助けてください!」
だから僕は話しかけた。
僕を見下ろした騎士達は、怪訝そうな顔をする。一人は小さな僕を見て手を差し伸べようとしてくれたけど、もう一人が「こいつスーディン公爵が追っているという罪人じゃないか?」と言い出して雲行きが悪くなった。
兄様を助けなきゃなのに。
『聖女』様の元にいる騎士たちも、僕たちの父親の言葉を信じて、僕たちをあったこともない父親に差し出すのだろうか。
それを思うとぞっとした。どうしよう。どうしたらいいんだろう。
――この人たちを味方につけないと。だって僕の双子の兄様は、誰も味方がいない状況で味方を作っていた。兄様が作ってくれた人脈が僕をここまで連れてきた。僕は兄様に任されたのだ。
兄様は『聖女』様ならば僕たちの味方になってくれると信じていた。僕は兄様が信じていることを、信じる。
「僕を『聖女』様に会わせてください!! お願いします!!」
騎士の一人の足にしがみついてそういえば、その人は乱暴な人なのか、僕が罪人だと思っているからこそなのか――僕を蹴った。
「お、おい!! 幾らスーディン公爵からおふれが出ているとはいえ、子供相手に何をしているんだ!!」
「清廉潔白と噂とスーディン公爵が罪人とするような子供だぞ? お前はそんなものを『聖女』様に会わせる気なのか? 冗談だろう? この子供はこのままスーディン公爵の騎士に差し出せばいい」
「しかし……本当にこんな子供がそこまでの罪人だというのか? 確かにスーディン公爵の評判はいいが……だからといって俺はこんな小さな子供がそんな罪を犯したとは思えない。それにこんなに必死なんだぞ?」
「なんだよ、見た目がどうであれ、罪人であることはかわりないだろう?」
『聖女』様のいる屋敷を守っている騎士たちの中でも、僕の事を『聖女』様に会わせてもいいのではとそんな風に言ってくれる人もいる。その人を僕は味方につける。
だってこうしている間にも、僕の兄様が危険な目にあっているのだ。
「兄様を……僕の兄様を助けてください!! お願いします。兄様を助けるために『聖女』様に会わせてください!!」
正直蹴られていたかった。
こんな風に誰かに暴力を振るわれたことなんてなかったから、僕は泣きそうだった。でも僕は兄様の弟だから、泣いたりなんてしない。
泣くのは、兄様を助けてからだ。
また蹴られた。
痛い。
ズキズキする。
こんな風に痛いと泣きそうだ。一人の騎士が止めるけど、僕と兄様が罪人扱いされているからか、僕を蹴るのを止めない人もいる。
騎士ってかっこよくて優しい人だと思っていたけれど――僕たちが罪人だと思っているとそういう人もいるんだなって驚いた。
「お願いします!! 『聖女』様に会わせてください!!」
僕は蹴ってきた騎士の足にしがみついてそう言った。
「なんだ、こいつ!! 罪人なら罪人らしく――」
「お、おい、やめろよ!! まだ、子供だぞ?」
また足でけり上げようとした騎士は、一人の騎士に止められる。
どうしたらいいのか、どうやったら『聖女』様に会えるのか。兄様を助けてもらえるのか。――僕には出来ないのだろうか? そんな絶望を感じたその時に、僕は綺麗な女性の声を聞いた。
「何をしているの?」
「せ、『聖女』様!!」
周りにいた騎士たちが、緊張した様子の声を上げる。
『聖女』様? 『聖女』様がそこにいるの?
僕はその声のしたほうをみようとする。だけど、倒れふした僕が『聖女』様の視界に入るのが嫌なのかもしれない。僕を『聖女』様の視界に留めないようにしようとしているみたい。
兄様は『聖女』様に会えたら大丈夫って言ってた。
『聖女』様なら助けてくれるって。
僕たちはそれだけを希望に此処にいるんだ。――なら、押さえつけられてても、『聖女』様の視界に留まらないようにさせられていようとも、それでもあきらめるわけにはいかない。
「『聖女』様!!」
「あら……子供の声? そこに子供でもいるの?」
「『聖女』様!! 気にしないでください。この子供はスーディン公爵が罪人と言っていた子供です。『聖女』様のお目にかかれるような身分ではありません!」
「何を言っているの? 小さな子供が罪人なんて……。確かにスーディン公爵がそういう話を広めているのは知っているわ。でもこれだけ必死な子供の声を私に無視しろというの? いいから、その子を私の前へ」
凛とした声が響いて、僕は『聖女』様の元へと立たされる。僕がけられたりして、服が汚れているのを見て『聖女』様は眉をひそめた。
「大丈夫? こんなに小さな子が此処までボロボロだなんて……」
その言葉に僕を蹴った騎士がびくりと身体を震わせた。
『聖女』様は優しそうな顔をしている。黒髪黒目の、僕があまり見た事がない髪と目の色をしていた。でも綺麗。何だか神秘的な色だと思って、見惚れてしまった。
って、そうじゃない!!
僕は兄様を助けないと。あ、そうだ。兄様はこの歌を歌えば『聖女』様が助けてくれると言っていた。
僕はそう思って、疲れた身体で歌を歌った。
僕の歌った歌に、『聖女』様が驚いた顔をしているのが分かる。先ほど僕を蹴った騎士も、『聖女』様と一緒に現れた美しい騎士も――何で歌いだしたんだろうって顔をしている。
『聖女』様は歌の一節を聞いた後、僕に笑いかけた。
「ねぇ、貴方、転生者?」
「てんせいしゃ?」
「あれ、違う? その歌、誰に習ったの?」
「えっと、僕の兄様!! 『聖女』様、お願いします!! 僕の兄様を助けてください!! 兄様がこの歌を歌ったら、助けてくれるって……。『聖女』様、僕の、僕の兄様、助けてくれる?」
不安になって、僕はそう『聖女』様に問いかける。
これで兄様を助けられなかったらどうしよう。兄様が死んでしまったらどうしよう。
そんな不安で泣きそうになる。『聖女』様が無言な事が僕の不安な気持ちを増幅させていく。
「はっ……やばいわ。この子、滅茶苦茶可愛い。思わず固まってしまったわ!! ウゴット!! この子の、お兄ちゃん助けるわよ」
「フミ様、スーディン公爵と敵対することになるかもですよ?」
「そんなの関係ないわ。私はこの世界で何人にも代えられない『聖女』なのでしょう? その私が助けたいって言っているのよ。誰にも邪魔なんてさせないわ!! そもそもよ、こんな可愛い子供が罪人なんて頭おかしいじゃない? こんなに小さい子に何が出来るっていうの! それにこの子のお兄ちゃんは私と一緒よ。私の話し相手にはぴったりだわ!」
「はぁ、かしこまりました。フミ様」
――『聖女』様の言葉に、『聖女』様の隣にいた赤髪の騎士が頷いた。『聖女』様の言葉に、僕はほっとして座り込んでしまう。




