1
「クレイズ、今日は何をして遊ぼうか」
「兄様と一緒なら、何でもいいよ」
「くぅうう、愛い奴め!!」
僕――クレイズ・スーディンは、僕をぎゅっと抱きしめる双子の兄――アイルズ・スーディンに思わず笑ってしまう。
兄様のそんな様子を見て、傍仕えの執事――タレスがごほんっと咳払いをする。タレスは僕と兄様が赤ちゃんの頃から、僕たちの傍にいてくれたんだって。
僕には赤ちゃんだった頃の記憶がない。
だけど、兄様には赤ちゃんだった頃の記憶もあるらしい。だから僕に兄様は「タレスは、信用していいぞ。赤ちゃんの頃から俺たちの事を慈しんでくれたからな!」なんて前に言っていた。
「はっ、タレス、うらやましいんだろう。こんなに可愛い弟がいる俺が!」
「そうですね。クレイズ様のような可愛い弟がいるのはうらやましい限りです。アイルズ様、いつまでクレイズ様を抱きしめているつもりですか? 貴方様は私共が止めないといつまでもクレイズ様を抱きしめているでしょう」
「僕は兄様にぎゅってされるの好きだから、ずっとされててもいいよ!」
タレスは止めるけれど、僕は兄様にぎゅってされるのが嫌いじゃない。
「ぐはっ、やべぇ、俺の双子の弟、マジ可愛い!! やばいぜ。いつまでも推せる!!」
「……アイルズ様、変態染みてます。五歳児がなんて顔しているんですか」
「だって、俺の弟、可愛い!!」
兄様とタレスは何だかこそこそと会話を交わしている。変態って、なんだろう? そう思って問いかければ、
「近づいてはいけない、危ない人です」
そんなことをタレスに言われる。
「兄様、危なくないよ?」
「……アイルズ様以外の変態は危険です。この方はクレイズ様のお兄様なので、近づいても問題はございません」
「そうなんだー」
よく分からないけれど、兄様に近づくことは問題がないらしく、それが嬉しくて僕はにこにこしてしまう。
「ぐはっ、可愛い!!」
「同意しますが、その顔やめましょう。クレイズ様に引かれますよ?」
「はっ、俺の可愛い弟は俺がどんな顔をしていようが受け入れてくれる天使だから問題ない!」
「はいはい……。それよりもアイルズ様、今日はどういった遊びをするつもりですか?」
「んー、そうだなぁ。今日はしりとりでもするか!」
“しりとり”とは、兄様が教えてくれた遊びである。
貴族→黒猫→コルセット→などという風に相手の言った言葉の最後の文字から始まる言葉を口にしていくゲームである。
僕はこの遊びを兄様に教えてもらうまで知らなかったし、この屋敷の使用人たちも知らなかったと言っていた。ちなみに兄様とやるしりとりは、ただしりとりをするだけではない。
「じゃあ、クレイズからな」
「うん。ええっと、じゃあ……銀鉱石」
「銀鉱石のこの国一の産地は、クラッタ伯爵領だ。覚えておくんだぞ。えーと、俺はキルト。布と布の間に詰め物をして縫い合わせて生地にしたものだな」
「トンネル。山道とかだと、穴を掘って通りやすい空間をつくるんだよね。僕、見た事ないからいつか見てみたいな」
「いつか一緒に見に行こうな。ルビー。ルビーの装飾品は貴族社会で流行っているんだ。それも王妃様が赤い瞳で、ルビーを気に入っているからだって話だ」
僕と兄様のしりとりは、情報を学ぶ遊びでもある。
兄様は僕と同じ年で、双子だけれども、凄いのだ。僕よりもずっと色んな事を知っていて、大人びている。
僕と兄様は、一応だけど貴族の血を継いでいるらしい。
らしい、というのは僕はあまりその実感を抱いていないからである。
僕と兄様は、貴族の庶子――要するに奥さん以外が産んだ子供らしい。僕と兄様は貴族の血が引いているから生かされてはいるけれども、僕と兄様は親に期待されておらず、この限られた世界を生きている。
僕に親がいるというのはあまり実感が湧かない。母親は僕たちを産んだ後に亡くなったらしく、記憶にない。父親は僕たちに会いに来ることもない。僕の家族は兄様と、この屋敷の中で共に過ごしている使用人たちだと言える。
いつか、一緒に兄様と外に行けたら――とは思うけれど、僕は兄様がいるだけでも幸せだから、このままの暮らしでもいいかなぁと思っている。
けれど、兄様は僕と一緒で外なんて知らないはずなのに、外を知っているようなことを言う。
「お姉さん、僕、これについての本が欲しいなぁ。でも父様、僕たちの事、嫌いだから……手に入らないんだぁ」
「……持ってこれたらもってきますわ!」
兄様は僕や親しい使用人がいる時は、大人びた言動をよくしているけれども、他の所から使用人が来た時とかは様子が違ったりする。タレスなんかはそれを見て呆れていた。でも兄様がそういう態度をするのは、これからの将来のためなんだって。
僕たちの父親は、僕たちに期待をしていない。だから僕たちは放っておかれている面も強いらしく、そんな中で平和に過ごせているのは兄様があらゆる手を使って、色んな物をもらっているかららしい。
「俺の顔は良いからな。こんな可愛いショタっ子が困っていたら助けるのは人として当然だからな」
「……兄様、ショタっ子ってなに?」
「可愛い小さな男の子ってことだ。まぁ、俺よりもクレイズの方が可愛いけどな!」
「見た目一緒だよ?」
「見た目は一緒でも中身の話!」
兄様はよく分からないことをいつも言っている。でも兄様がこうして行動をしているのは僕のためというのはなんとなく分かる。
僕は兄様に沢山のものを与えられている。
僕はただ周りに助けられていて暮らしていて、色んなことを考えて行動を起こしている兄様におんぶにだっこされっぱなしだと思う。兄様はとてもすごいのだ。
「クレイズ、俺たちについての基本情報は覚えているか?」
「うん。僕たちの父親はスーディン公爵家の当主。で、僕たちの母親は侍女の一人だったんだよね。それで僕たちの父親は奥さんがいて、僕たちとは違う所に住んでいるんだよね」
「そうそう。それで母さんは亡くなって、本妻にも子供がいるから俺たちは放っておかれている。普通なら公爵家の子供ならもっと大事にされるものだけど、俺たちはある意味育児放棄されているようなものだな」
「んー。でも僕は兄様たちがいるから、そういうの全然分かんない」
「本当に可愛いなぁ、クレイズは。まぁ、この俺の行動により、育児放棄されているにしては、中々良い暮らしが出来ていることは確かだろう。だけれども、俺たちの暮らしは普通ではないし、俺は……この状況からどうにか抜け出したいって思ってる。――他を知らないクレイズに、未来を選べる状況にしてやりたい」
「兄様は、いつも難しいことを言うね。僕は正直、よく分からないことが多いけれど、兄様がそうしたいならしたらいいと思うよ」
僕は兄様の言っていることは、よく分からなかったりもする。だけれど、兄様が僕のことを思ってそんなことを言っていて、それでいて僕が嫌がる事は絶対にしないって分かっているから僕はそういう。
兄様がそうしたいと思って選んだ選択肢ならば、きっと僕にとっても良い事だと思うから。
兄様は僕の言葉にいつも、にっこりと笑ってくれる。兄様がいつもと違う態度で笑う時よりも、こうして自然に笑った兄様の笑みの方が僕は好きだと思う。
3万字程度の物語です。
20日0時から、12時、18時と投稿していきます。