⑨宇宙海賊なんて怖くない!
貧乏零細企業『三毛猫商会』は宇宙の便利屋。大企業プラナル・コーポレーションの社長のサンダースから、娘を惑星エレメンに連れて行ってほしいと頼まれる。
エレメンはまだ開発途中の星で、周辺には海賊も出るという。
腕っぷしには自信のあるリンダの指示の下、船は惑星エレメンへと向かうのだった。
「くぁーっ。このままじゃ駐港代も払えなくなるぅ」
リンダ・ヘミルトンは呻く。燃えるような赤い髪は、腰まで長い。三十二歳だというが、透き通る肌に崩れないプロポーション。端整な作り物めいた顔。黙って立っていれば、絶世の美女である。もっとも、彼女が黙って立っていることはまず無い。
人呼んで、炎の堕天使。宇宙の何でも屋、三毛猫商会の社長であり、この宇宙船『猫丸号』の船長でもある。
かつては宇宙軍に所属したエリートだったらしいが、セクハラ上司をぶっ倒して、この商売を始めたらしい。
三毛猫商会は零細企業であるけれど、その筋では、腕が良いと評判だ。
とはいえ。フリーランスの仕事は、仕事がぴたりとこなくなるということがある。
従業員は、三名と一匹。リンダを含め四人と一匹が食っていくのはなかなかに厳しい。
宇宙港のすぐそばのボロアパートに構えた事務所で、三毛猫のサンが退屈そうにのびをした。窓からは、宇宙港へと向かう人の波が見える。
もう二週間近く、何の仕事もしていない。宇宙船一艘の、零細企業に回ってくる仕事はそれほどないとはいえ、こんなにも仕事がないのは深刻だ。
応接セットのソファに腰を下ろしたものの、リンダは頭を抱えるしかすることがない。
「社長、こうなったらいっそ、港で日雇いの仕事でも見つけてきましょうか?」
「何言ってんだい。宇宙船乗りが、船から降りてどうしようって言うのさ」
「今だって、ずっと船から降りているじゃないですか」
デューク・ヒアンラインはリンダの隣に立ったまま、大きくため息をついた。こげ茶色の短い髪は少々くせっ毛で、くるくるとうねっている。大企業の宇宙船のパイロットだったが、超過勤務で身体を壊して退職。
リンダに拾われて、現在に至る。年齢は二十九歳。
最近はすっかり健康を取り戻し、体を鍛えてもいるのだが、未だにリンダからは『虚弱』扱いされている。
デュークとしては納得のいかないところであるが、人間、第一印象が大事ということなのかもしれない。
「社長、依頼が!」
声をあげたのは、エリン・ブレット。かつてはリンダとともに宇宙軍にいたというエリンだが、今は家庭を持っている関係で、社員の中で、唯一船に乗らない。
三毛猫会の事務と、この商会のコンピュータを管理しているのも、彼女だ。
「何?」
リンダは立ち上がって、エリンの見ているディスプレイを覗き込みに行く。
「えっ。プラナル・コーポレーション? 信じられない。大企業じゃない?」
「社長令嬢を惑星エレメンに連れていく、というのが依頼のようですね」
エリンは画面をスクロールしていく。
「惑星エレメンてどこの星だ?」
デュークは首をひねる。聞いたことのない星の名だ。
「詳細は、本社に来てほしいとありますが?」
「当然、行くわよ」
リンダは即決する。
「しかし、社長、怪しくないですか? プラナル・コーポレーションなら、宇宙船なんていくつも自前で持っている大企業ですよ?」
「私もそう思います。社長。これは、かなり危険な仕事の香りがします」
エリンもデュークと同じ考えのようだ。
「今の私たちに、仕事を選ぶ余裕はなくってよ」
リンダはそう言って、おろしていた髪を簡単に束ねた。
「少なくとも、話だけは聞く価値はあると思うわ。ダラス、宇宙船をスタンバっておいて」
「あいよ」
返事をしたのは、猫のトイレの砂を掃除していた大男のダラス・ギーバニオン。
大きな体に似合わず、細かな作業の得意なエンジニアだ。
「デューク、行くわよ」
「大丈夫ですかねえ」
デュークは肩をポキポキとならす。
「当然、備えはしていくわよ」
「社長は、嬉しそうですね」
「当り前よ。いつまでも事務所にこもっているよりは、ずっといいわ」
リンダはくすりと笑って、洗面台の前でルージュを引き直した。
カーナル宇宙ステーションの中の一等地に広大な敷地面積を持つプラナル・コーポレーションの本社は、宇宙港から少し離れた位置にある。
人工物の塊のステーションの中に緑生い茂る公園まで整備されており、銀河でも指折りの大企業であることが、その見た目からもわかる。
リンダとデュークは、巨大な本社ビルに入った。
ふきぬけになっていて高い天井の巨大なエントランスの床は磨き上げられていて、光沢を放っている。
「三毛猫商会ですけれど、社長のサンダースさんはいらっしゃいますか?」
リンダは、受付の女性に話しかける。
「少々お待ちください」
受付の女性は、コンソールを操作する。
「生身の受付嬢は久しぶりですね」
デュークはリンダにだけ聞こえるように呟く。
昨今は受け付けはアンドロイドのことが多い。人を配置できるということはかなり会社経営に余裕があるという証だ。
「お待たせいたしました。そちらのエレベータをお使いください」
「ありがとう」
受付嬢に礼を述べ、二人はエレベータに乗り込む。エレベータは直通のようで、壁面のパネルには、開閉ボタンしかなかった。
「いったい、このビル何階あるんですかね?」
「さあ? カーナル宇宙ステーション内の建物は、構造上、百階以上は立てられないはずだから、それよりは低いはずよ」
リンダが興味なさそうに答える。
「なんにせよ、ステーション随一の面積を誇る会社だもの。高さも一番のビルだとしても驚かないわ」
「なーんか嫌な予感がするんですけどねえ」
デュークは肩をすくめた。
「プラナルくらいに大きい会社だと、違法なことを依頼したりはしないわよ。とはいえ、やっかいな臭いはするけどね」
「だったら」
「安全、簡単なお仕事なんかに興味はないわ」
ふふっとリンダは笑う。
エレベータの動きが止まる。目的に地についたようだ。
扉がゆっくりと開く。
「お待ちいたしておりました。リンダ・ヘルミトンさま」
上等なスーツを着込んだ男が頭を下げる。
広い部屋の真ん中に、大きなテーブルとソファが置かれていて、女性と男性がそれぞれ座っている。
女性は二十代前半。男性は五十代くらい。どうやら、社長のサンダースとその娘のようだ。
リンダとデュークは勧められるままに、ソファに腰を下ろした。
「お嬢様を惑星エレメンに連れていくとのことですが?」
「はい。私の甥がエレメンで新規に事業を立ち上げる補佐に行かせるのですけれど、エレメンは辺境で便もなく、また、一応まだ事業については機密のため、本社の宇宙船を動かすわけにはいかないのです」
サンダースの顔は険しい。
「失礼ですが、お嬢さまの専門は?」
「惑星の土壌改造をしております」
「つまりは、エレメンはまだ、惑星改造中ということですか?」
「……まあ、そうですね」
娘は頷く。
「連邦に許可は?」
「当然取ってあります。ただ、人が住んでいない地域になりますので、連邦宇宙軍の管轄外なのです。ゆえに無法者がよく現れまして」
サンダースは眉根を寄せた。
連邦宇宙軍の管轄は、あくまでも人が住み着いた星域のみになっている。人口が十人に満たないような開発途中の星は、管轄に入らない。ゆえに宇宙海賊などは好んでそういう星域に潜んだりする。
「荒事になりそうね」
リンダは嬉しそうに微笑んだ。