④突然王立魔法学園に入学決まったって、私ただの羊飼いなんです。(信じて!)
人里離れて山に住む世間知らずのアン。魔法使いに憧れている。しかし親から伝えられた、そのおまじないこそが、古代に失われた大魔法の数々であった。
それを知った魔法学園長より招待状が届き、魔法獣古代竜(本人は犬だと思い込んでいる)を引き連れ、下山する。
魔法学園に到着すると、入学は手違いだと勝手に思い込み屋根裏に召使いとして生活を始める。
私はウィザラン王国にあるエシャート山の頂上にほど近い場所に住む羊飼いのアン。
家族はたくさんの羊と白い犬のドンだけ。
両親は早くに亡くなって、私は残された遺産の羊と戯れ畑を耕す毎日。
人里から遠く離れており、滅多に人など見ない。
「はぁ、煌びやかねぇ」
山の上からはこのウィザラン王国を一望できる。山の下の集落にはたくさんの灯り。そして一際大きな建造物はこの国の王宮。そして、そばに立つのは王立魔法学校なのだと母から聞いたことがある。
「学校か。そこではいろんなことを教えてくれるのよね。そしてたくさんのお友達も。行ってみたいな」
そんな私を慰めるようにドンは私の手の匂いを数度嗅いで、手のひらをペロリと舐めた。
「ふふ。ドン、慰めてくれるのね。学校なんて無理よね。魔法を知らなきゃダメだし、魔法獣もいないとダメだって言ってたわ。私には羊とドンしかいないもの。はぁーあ。ねぇドン。その背中に乗せてくれない?」
ドンは身を伏せて私が乗りやすいようにしてくれた。ドンの背中は広い。私はドンの背中に跨がり、前のめりになって角を摑む。
ドンは空高く舞い上がった。そしてエシャート山の頂上を数度回転したかと思うと家に向かって急降下。早い早い。
私はドンの背中から降りた。
「ふう。やっぱり気持ちよかったわ。ドンの背中の上。やっぱり犬ってすごいわぁ」
ドンは照れたような顔をして長い体を丸める。私は放牧している羊たちを柵の中に入れた。
そして家の中に入ろうとするも、いつものようにドアの調子が悪くて開かない。でもこういうときのために、母はおまじないを教えていてくれた。
「アノック」
このおまじないをかけるとドアはなんなく開く。家の中は薄暗い。それを明るくするおまじないもあるのだ。
「ピラト」
その瞬間、天井、壁が明るく光る。私は羊を追う杖を掲げて光りを調節した。
「このおまじない、便利だけど毎回調節が必要なのよね。それが不便よ。さぁ、テンダ。アロータ。コメッス」
私が呟いた言葉で箒が立ち上がり掃除を始める。かまどに鍋がかかり、火が灯る。床が温かくなり部屋中が寒くなくなった。
掃除と料理と暖房のおまじないだ。
しかし、鍋の中に水を入れるとか、温度の調整は羊を追う杖を掲げてやるしかない。
「結局、おまじないって便利なんだかなんなんだか。やっぱり魔法はもっとすごいんでしょうね。習ってみたいなぁ」
畑でとったジャガイモのパンと、貴重なお肉のスープ。それが私の食事。その恵みに感謝をして晩餐を始める。
「行ってみたいな。街のほうに。他の人と話をしてみたい。それって贅沢かしら? でも山しか知らない私が街の文化のことなんて分からない。それも怖いから一歩が踏み出せないのよね」
毎日毎日が同じ生活。刺激がなく平和そのもの。それが私の中の街への欲求を高めるのかも知れない。
「あーあ。さぁ、今日も寝ましょ。明日も頑張らなくちゃね」
私は大きなあくびをしながら体を伸ばし、ベッドに入り込んで寝むりについた。
その夜──。
大きな唸り声。羊の危険を示す声が聞こえた。
ドンも羊の柵の方へ吠えている。
「あらなに? ひょっとしてクマかしら……。まさか、そんなことないわよね」
私は寝ぼけ眼を擦りながら、羊追いの杖をとって、窓から覗いてみる。
すると、やはり柵の方には三メートルはあろう黒いクマが、羊を襲おうと柵を破ろうとしていた。
「た、大変!」
私は大慌てで家のドアを開けようとするも、堅くて開かない。
「こんな時に! 早くしないと! アノック!」
扉はすぐさま開かれた。私は羊たちの柵の方へと急ぐ。
その時の私の顔はどんなのだったろう。恐怖に歪んでいたかも知れない。
「早くしないと! お肉が逃げちゃう!」
そう。クマは私の大事なタンパク源。逃げられたらと思うと怖かった。最近賢くなったのか、なかなか羊を襲いに来ないので、備蓄が少なくなってきていたのだ。
クマは私を見ると針葉樹の森に逃げようとしたがそうはさせない。
「ゴラキマ!」
それは、狩猟のおまじない。狙った獲物は黒い影が包まれ、そこに倒れ込む。一撃で葬れた。安楽死させるなんてなんて文化的なおまじないかしら?
私は杖をクマに向け、別なおまじないを呟いた。
「フラース」
それは、重い荷物を運ぶおまじない。こんなクマくらい簡単に運べる。母屋の横に隣接している作業小屋にクマを押し込め、解体は明日にしようと私は眠りにつくことにした。
「ふふ。これでお肉はしばらくもつし、毛皮もとれるわ。骨はドンに食べさせるといいし。本当にクマは捨てるところが無いから助かるわ」
明日の仕事はお肉の解体。ドンにも手伝わせよう。人間の形に変化させれば、オスだしきっと役に立つわ。
次の日。羊を放牧させながら、私はドンに命じて人間の姿に変化させた。その姿は銀色のウロコの鎧を着用した武人そのもの。
「やぁ、アン。正直この姿はキツいんだよね。さっさと終わらせてしまおう」
「あらご挨拶ね。後でちゃんと骨をあげるのに」
「骨かよ」
「大好物でしょ?」
「どうだろ」
まったく口の悪い犬だわ。よその犬もこんな感じかしら?
二人でクマの肉を解体。山の温度は寒いから、梁に吊しておけば熟成して、良い味になるの。貯蔵も兼ねるから山の暮らしも慣れればいいところよ。