⑰僕のおくさんが可愛すぎて困る。
「おはよう」
朝の挨拶。
声をかけるのはいつも僕だ。
僕のおくさんは声をかけても何もいわない。いつもむにゃむにゃ、ふとんに転がっているだけ。
「コーヒー入れるよ、降りておいで?」
僕はそれだけをいって、二階にある寝室のドアをしめて階下へ下がる。薄暗い廊下の先にリビング、そして朝の光が差す台所。僕のお気に入りの場所だ。
コーヒー専用のケトルに火をかけて、しばらくぼーっと柔らかな陽を浴びている庭木をながめる。
昨日は雨で、久しぶりの雨で、暑くなりそうだったここの空気を四月ぐらいの涼やかな気温に戻してくれた。
小窓から入る清涼な空気に、僕自身も浄められるみたいに思える。……実際にそんなことはないのだけれどね。
ふいにこみ上がる仄暗い想いに満たされそうになったとき、ぼすっ、と背中にやわやわした衝撃が身体に伝わってきた。
お、次はこれかな? と思いながら待っていると、脇腹からにゅっと細い腕がでて僕のお腹をきゅっと抱きしめてくる。
僕の彼女であり奥さん。可愛い人。
彼女の好きな行為に後ろから抱きついてくる、という項目があるのだ。日に数回は必ず挑まれるのだが、いつも込み上げるような嬉しさが胸に広がる。
先ほどの仄暗さを柔らかくかき消してくれる存在。
それにしても僕の胴回りは彼女には大きすぎるみたいで、いつも両手が合わさることはない。
へそから10センチずつ外側ぐらいの腹の肉をいつもやわやわと抱きしめながら確かめるのも彼女の性癖。背中にいるのでこちらから見えないけれど、きっとにまにま笑っているだろう。
「おはよう、おくさん。やっと起きた?」
僕は少し振り返って話しかけるのだが、おくさんは黙って僕の背中にぐりぐりと額を押し付けている。
僕の肩甲骨よりも下あたりに頭をつっこんでいる彼女の小さな感触が愛しい。
彼女はちいさい。昨今の男性平均身長より下の僕でも、彼女の側にいると背が大きく見られる。
そんなちっぽけな僕の虚栄心を満たしてくれる、僕のおくさん。
大好きだよ、なんてとても言えないけれど、僕は彼女のために朝でも昼でも夜でもコーヒーを淹れる。
リビングに座り、いつもよりちょっと身体を丸めて両手でうれしそうにこくりこくりと飲んでいる姿に僕自身も癒されているよ。
いつもありがとう。
可愛すぎて困るくらい、君が好きだよ。




