特技『イオマズン』で不採用にされた紋章使いだけど、誰にも古龍魔術のすごさがわからなかっただけでした。~あれ? 採用担当の皆さん、俺のこと「いらない」って言ってませんでした?~
「特技はイオマズンとありますが、イオマズンとは何ですか?」
パーティ採用29連敗中の俺に投げかけられた質問だ。
「魔法です。広範囲に爆裂ダメージを与えます」
「そんな魔法聞いたことがありません。ふざけているなら帰ってください」
「ですがっ――」
「テル様のご健闘をお祈りいたします」
そしてこれが、記念すべき30回目の敗北。
また今日も、まともに話も聞いてもらえなかった。
……いい加減、認めようじゃないか。
古龍魔術を必要とする人間なんて、どこにもいないって。
だけど、それなら。
別にパーティに所属しなくてもいいのではないか。
「決めた。楽な仕事だけ選んで適当に生きよう」
*
今となっては昔の話だけど、追放がブームになった時期があった。
役立たずの人間を追放して、より優秀な人材をパーティに迎え入れようとする風潮が強まったのだ。
だけど、それはうまくいかなかった。
程度の差はあれど、理不尽な追放をした者たちは、いつもきまって苦渋をなめてきた。
たとえるならそれは、おでんから大根を追放するようなもの。
不要だと思われていた人物こそが核を担っていたと気づくのは、いつも手遅れになってからだった。
だからあらかじめきちんと話し合おう。
面接制度はこうして生まれた。
たしかに、追放件数は大幅に下がった。
最初はこれを喜んでいた者たちもいた。
だが、やがてみな、気づき始める。
数字のマジック、面接制度による悪影響に。
言うまでもない。就職難だ。
新顔は、パーティに、加入できないのである。
俺もこの就職氷河期に飲まれた一人。
「……はぁ、この本の主人公みたいにはいかないな」
俺は一冊の本を取り出した。
タイトルは『ロード・オブ・ザ・ドラゴン』。
意訳するとたぶん、龍王のおしごと。
ずっと、この本の主人公に憧れていた。
勇者の運命を背負って、村を焼かれ、ただ一人生きのびてしまった少年が、魔王を倒す冒険譚だ。
主人公の行く先には様々な苦難が待ち受けていた。
無理難題と思われる試練が、幾度となく彼の行く手を阻んだ。
だけど、そのたび。
彼は何度でも立ち上がり、時に仲間の力を借りて、最後には世界に平和を取り戻したのだ。
俺は、そんな主人公に憧れた。
死の物狂いで努力した。
だけど、世界はそんな俺を必要としなかった。
30回に渡る不採用通知が、それをありありと物語っている。
「すみません、依頼を受けたいのですが」
「あれ? テルさんじゃないですか! 依頼を受注ってことは、ついに採用先が決まったんですね⁉ おめでとうございます!!」
「いえ、今回も駄目でした。それで、申し訳ないんですけど、ソロでも受注可能な依頼ってありますか?」
「そう、ですか。あの、ごめんなさい」
依頼を受けるのはパーティを組んでから。
これまではそう決めて、一度も受けてこなかった。
冒険者とはそれだけ危険な職業だからだ。
これまでは貯金を切り崩して生活してきたけど、こうも採用してくれるパーティがないのは想定外だった。
都会に出てくる前に田舎で稼いだ貯金も、そろそろ底が見えてきている。
「そうですね、ではゴブリンの討伐はいかがでしょうか? 駆け出し冒険者の定番で――」
「あ、もっと楽なのありますか?」
「テ、テルさん、性格変わりました? 前はもっと、こう、『死んでも歴史に名を遺すんだ!!』って感じだったじゃないですか」
「そうでしたっけ?」
そんな時期があったかもしれない。
でももうそんな熱量は残ってないや。
「……これなんてどうでしょうか? 薬草採取! 町の外に出なければいけませんが、門の近くまで寄ってくるモンスターは稀なので危険度は低いですよ?」
薬草採取か。
聞いた話だとなかなか見つからないとか何とか。
一日野草とにらめっこしても、必要な数を集められなかったって話も聞く。
めんどくさいなー。
(いや、待てよ? 探索魔法を使えば)
本の中の主人公が使っていた、隠れているものを探す魔法。彼に憧れた俺は、もう数年も前にはその魔法の再現に成功していた。
「や、やっぱりいやですよね! 不人気な仕事ナンバーワンですもんね! あはは」
考え込む俺に何を思ったのか、受付のアリエスさんが苦く笑い、依頼の紙を引き下げようとする。
おっと、それは困る。
「いや、この依頼でお願いします」
「え? ほ、本当にいいんですか? 今からだと指定数を集められるかどうか……」
「大丈夫だ。問題ない」
*
「戻りました」
「はやっ⁉ まだ30分も経ってないですよ⁉
依頼失敗RTAでもしていらっしゃるのですか⁉」
「いえ、きちんと採取してきました」
「そんなはずは……なぁっ⁉」
冒険バッグから指定量の薬草を取り出すと、受付のアリエスさんは驚きの声を上げた。
「もしかしてすでに採取してあった……? ううん。この鮮度は摘みたてじゃないとありえない。ってことは、まさか本当にこの短時間で⁉」
だからそう言ってるじゃないですかー。
報酬はよ、ぷりーずぎぶみー。
「テルさん、薬草採取の専門家になりませんか」
「なりませんもんか」
「上手いこと言ってないで真剣に考えてください」
「考えましたよ。海より高く、山より深く」
「それ海抜0メートルじゃないですか」
「そうとも言いますね」
今回は楽そうだったから受けたけど、一度摘んだ薬草が再び成長するには時間がかかる。
そのうち遠くまで足を運ばないといけなくなるだろうし、薬草一本で食っていくつもりもない。
「へぇ、これ、君が集めたの? すごい鮮度だね」
「……いや誰?」
知らない女性が、俺の隣に立っていた。
プラチナブロンドの髪を腰まで伸ばした、切れ長の瞳が特徴的な女性だった。
こんな美人さんと知り合いだったっけ?
記憶にございません。
「ふふっ、誰、か。久しく言われてなかったからこれもまた新鮮だ」
「はぁ、それで、どちらさんで?」
「レパルダ・フリューリング。『天翼の導』のリーダーと言えばわかるかな?」
「どこかで聞いたような……」
聞き覚えがあるっていうことは有名なパーティなんだろう。
「ふふっ、もっと有名にならなければいけないな。そこでどうだろう。私たちは優秀な人材を探している」
「優秀な人材……」
なんだろう。
何かが引っ掛かる。
俺は何を忘れているんだ……。
「もし無所属なら、面接を受けてくれないだろ――」
面接。
その言葉を聞いた瞬間、俺は思い出した。
「ああああ!! 俺に不採用通知送り付けた6パーティ目だ!!」
「なに?」
『天翼の導』。
この町を拠点に5年間活躍している中堅パーティ。
同業他パーティと比べて探索に特化しているのが特徴的だ。
「そうか。君も我々のパーティに興味を持ってくれていたんだな。だったらぜひ面接に――」
「お断りします」
「な⁉ 何故だ?」
「俺がどれだけの思いをもって面接に向かったかわかります? 過去の実績を調べて、他のパーティとの違いを明確にして、自分のどの技能がどういかせるかのアピールを必死に考えて――」
俺はあの日、特技にトラメナとアブラカタムを書いてアピールした。トラメナは床に仕掛けられた罠や毒を回避できる魔法で、アブラカタムは鍵開けの魔法だ。
迷宮探索の際に役立つと思って、必死に自分を売り込んだ。
「その結果なんて言われたか知っていますか?」
レパルダさんは何も言わない。
「『我々は君を必要としていない』。そんなパーティ、こっちから願い下げです」
「……そうか。すまなかった」
「……」
「ん? どうした?」
「いえ、もっと、理不尽に怒鳴られるかと思って」
レパルダさんは一瞬きょとんとした後、からからと笑った。
「ふふっ、もし君の言い分が支離滅裂ならそうしたかもしれないけどね。今回の件はこちらの不徳が招いた結果だ。君を責めるのは筋違いというものだろう?」
「……」
「もっとも、採用担当の者にはきつく当たらせてもらうけど。こんな貴重な人材とのパスを断ち切るなど、人事はいったい何を考えているんだ」
「あの、お手柔らかに頼みますね」
「善処しよう」
そういうと、レパルダさんはギャリと奥歯を鳴らしてどこかへ去っていった。
姿が見えなくなってから、受付のアリエスさんがこっそりと俺に耳打ちで教えてくれた。
「あらら、面接担当さんは災難ですね」
「どうしてですか?」
「レパルダさんは今でこそ探索特化パーティのリーダーですけど、その前は――」
「あ、『烈火大斬』の剣鬼……!」
今は解散となったが、当時国でも五指に入る火力集団と呼ばれたパーティ『烈火大斬』。
その中でも、彼女は一秒あたりの斬撃ダメージ量がトップなことで有名だったはず。
『ぎゃあああああああ! お見逃しをおおおおお!!』
『調べはついている!! 天誅!!』
聞こえない。
何も聞こえない。
すっごく聞き覚えのある採用担当の声だったけど俺は何も覚えてないことにする。
*
一日が過ぎた。
「うまみ」な依頼はないかなと掲示板を見ていたけれど、ラインナップは昨日とさほど変わらない。
まあおいしい依頼は回転率が高くて、しょっぱい依頼は長く掲示板に残るから、もともと期待はしていなかったけど。
「テルさんおはようございます! 今日はどうなされましたか?」
「薬草採取の依頼お願いできますか?」
「受けてくださるんですか! ありがとうございます!!」
結局妥協して昨日と同じ薬草採取の依頼を受けたんだけど、受付のアリエスさんはすごく喜んでくれた。
薬草を摘んでくるだけの簡単なお仕事でかわいい受付嬢の笑顔までついてくるってめっちゃお得じゃね?
「そういえばテルさん。東の方には寄らないでくださいね。なんでもゴブリンキングが現れたそうです」
「あのでっかいゴブリンですか?」
「覚え方が雑! 討伐難度Aランクのモンスターです!! もし鉢合わせたら逃げてくださいね!」
「だったら討伐されるまで依頼受けるのやめ――」
目にもとまらぬ速さで依頼用紙の遂行中の欄に俺の名前が記入されて、そのままカウンターの奥に吸い込まれていった。
魔法か? 魔力の流れは感知できなかったけど。
「それでは! よき旅路をお祈りしております!」
ちくしょう、営業スマイル張り付けやがって。
*
「子豚をのーせーたーならー、あの風にーなりー」
鼻歌交じりに探索の魔法を使い、サクサクと薬草を採取する。忠告された通り東にはいかないように気を付ける。
東と言えば地図の右側だ。つまり左に向かえばいいってことだな。南門を出て左にゴー。
「未知の先ーみらーいへっ、どなどーなどーな、どーなー……どな?」
目の前に、影が落ちた。
見上げると、そこに醜悪な姿をした鬼がいた。
「どうなってんの?」
ゴブリンキングだ。
「グオオオオオ!!」
「うおっ、インパクトカウンタ!!」
樹木をそのまま使ったようなこん棒を振り下ろすゴブリンキングに、魔法で作った障壁で対処する。
硬い物どうしがぶつかった音が響き渡る。
「くそっ、ゴブリンキングは東にいるんじゃなかったのかよ!!」
考えてみればゴブリンだって足がある。
足があるのは移動するためだ。
発見位置と遭遇位置がずれても仕方がない。
「ちっ、ダメージが通らなかったとしても、目くらましくらいにはなってくれよ!! イオマズン!!」
両手を顔の前で合わせる。
刹那、迸る閃光。
「やったか⁉」
やれてないんだろ?
知ってる! 様式美!!
なんて言ってる間にも風が舞い込んで、煙を晴らしていく。
そしてそこには無傷のゴブリンキングが……立っていなかった。
「は?」
そこにいたのは、全身の皮膚がただれ、焼け焦げた筋繊維が剥き出しになった、悪鬼の醜態だった。
「し、死んでる……!」
白目をむいて、仁王立ちで動きを止めていた。
「……ゴブリンキングじゃなかったのか?」
もしかすると、これが標準サイズのゴブリンなんだろうか。俺が見ていた小ぶりのゴブリンはコブリンという別個体の可能性まである。
「と、せっかくだから討伐証明に魔石を持ち帰るか。よいしょ……うお、でけぇ」
ゴブリンキングの胸板の奥、心臓部に紫紺に輝く石が見えたので抜き取る。両手で抱えないといけないくらい大きな魔石だった。
「……持ち帰るのめんどくせぇ」
いやいや。
初めての魔物討伐だ。
頑張って持ち帰るぞ。
*
「あ! テルさん! おかえりなさい! 今日は少しかかりました、ね……」
ギルドに入るなり、受付のアリエスが笑顔で迎え入れてくれた。
だが、次の瞬間には表情が青ざめていき、全身をわなわなさせている。
「ひ、東に行かないでくださいって言ったじゃないですか!! そしてどうしてゴブリンキングを討伐しているんですか!!」
「待ってくれ。俺は言いつけ通り南門を出て左に向かった。東ってのは右のことだろ? 俺は悪くない」
「南に向かって左に進めば東でしょうが!!」
「なん……だと……?」
えーと、地図は北を上にするから、南を向いて左に進むと……。
「本当だ!」
「馬鹿なんですか⁉」
「俺が悪いってのか……? 俺は悪くねえ。だって、誰も教えてくんなかっただろっ! 俺は悪くねぇっ」
「聞き覚えのあるセリフで言い逃れしようとしないでください!」
ちっ。
「はぁ、もういいです。で、ゴブリンキングの討伐報酬の話をしましょうか」
「これ本当にゴブリンキングだったんですね」
「知らずに倒したんですか」
「イオマズン一発で倒れたので偽物かと思いました」
ごとりとカウンターに魔石を置く。
受付のアリエスさんが算盤をガガガと唸らせて何かしらの計算を開始する。
「ねえ君、少し話を聞かせてもらってもいいかな?」
「誰?」
「アルバス・アノニマス。『陽炎の刃』のリーダーと言えばわかるかな?」
「どこかで聞いたような……」
俺の隣には黒髪黒目が特徴的な、精悍な顔立ちの好青年が立っていた。
こんなさわやかな知り合い、いないはずだけど。
聞き覚えがあるっていうことは有名なパーティなのかな。
「そうか、もっと有名になれるように頑張るよ。そこでどうかな。見たところ無所属だろう? 僕たちの面接を受けてくれないかな」
「面接……」
その言葉を聞いた瞬間、俺は思い出した。
「ああああ!! 俺に不採用通知送り付けた13番目のパーティか!!」
「なんだって?」
『陽炎の刃』。
この町を拠点に10年間活躍しているベテランパーティ。
同業他パーティと比べて魔物討伐に特化しているのが特徴的だ。
「そうか。君も僕たちのパーティに興味を持ってくれていたんだね。だったらぜひ面接に――」
「お断りします」
「……理由を聞いてもいいかい?」
「俺がどれだけの思いをもって面接に向かったかわかりますか? 過去の実績を調べて、他のパーティとの違いを明確にして、自分のどの技能がどういかせるかのアピールを必死に考えて――」
俺はあの日、特技にイオマズンとギガントブレイクを書いてアピールした。イオマズンはゴブリンキングにも使った超火力の魔法で、ギガントブレイクはドラゴンの鱗さえ切り裂く斬撃魔法だ。
強力な魔物討伐の際に役立つと思って、必死に自分を売り込んだ。
「その結果なんて言われたか知っていますか?」
アルバスさんは何も言わない。
「『我々は君を必要としていない』。そんなパーティ、こっちから願い下げです」
俺にだって、パーティを選ぶ権利はある。
「……そうか。少しだけ、待っててくれるかい?」
「え? あ、はい」
「ありがとう。すぐ戻る」
綺麗なフォームで走り去るアルバスさん。
いったいどうしたんだろう。
「あらら、面接担当さんは災難ですね」
「どうしてですか?」
「アルバスさんは今でこそ冷静沈着と謳われていますが、もともとは激情家で有名だったんです。そしてそれは、今でも時折片鱗を見せて」
その時だった。
酒場の隅っこで怒声が上がったのは。
『貴様か! 彼を不採用にしたうつけものはァ!!』
『ア、アルバスさん? いったい何を怒って』
『黙れ! 黙ってついてこい!!』
そう言って、アルバスさんは採用担当者さんを引き連れて俺の前にやってきた。
え、その人を差し出されても俺にどうしろと。
「やぁ、見苦しいところを見せたねテルくん」
「い、いえ」
ひっ、二重人格かよ。
このさわやかな笑顔の下にゴブリンキングも真っ青な鬼の表情を、青筋立てて浮かべてるんでしょ?
「ゴブリンキング相手に使ったという魔法を、彼にも見せてやってくれるかな? なんなら、彼自身を的にしてくれてもいい」
「ヴェ⁉ ア、アルバスの旦那、それは……」
「黙れと言ったのが聞こえなかったのか?」
「……っ!」
採用担当さんが、両目から涙をあふれさせて俺に命を懇願している。
さ、さすがに人に向けて放つつもりはない。
「ざ、残念でしたね。今日はもう魔力が足りないみたいです」
「む、それは大変だ。マナポーションがあるから使うといい」
「あ、ありがとうございます」
くっそ、いい笑顔で!
え、と、これはどうすれば。
採用担当者さんと目が合った。
ぶんぶんと首を振っている。
え、と……、どうしよう。
そうだ。
「イオン!」
指パッチンをして、採用担当者さん前方に魔力の爆発を起こす。
採用担当者さんに被害は出てないはずだけど、爆発魔法の威力は思い知ってもらえたと思う。
「い、いまのはイオマズンではなくイオンです。この魔法はあと3回進化を残しています。この意味、わかりますね?」
採用担当者さんがブンブンと首を振る。
今度は横ではなく、縦に。
「す、すまなかった! いえ、申し訳ございませんでしたぁ!!」
ゴンゴンと何度も床に地面を叩きつける担当さん。
痛そう。
「えと、アルバス、さん? 彼もこう、態度で示されてますし、許してあげられませんか?」
「……テルくんは、それでいいのかい?」
「はい! もう全然気にしてないので!」
「そうか……、おい、命拾いしたな。彼の寛容さに感謝して明日を生きるがいい。だがもし、二度同じミスをしてみろ。その時は」
「はい! 承知いたしました!! 不肖ながら、精いっぱい採用を頑張らせていただきます!!」
こっわ。
この人だけは敵に回さんとこ。
「残念だ。君となら、本気で頂点を目指せると思ったんだが」
「は、はは……買い被りですよ……」
「そうか。もし気が変わったら連絡してくれ」
「はい。その時は必ず」
よ、よかった。
強引に勧誘してくるタイプの人じゃなくて。
そうして、アルバスさんは立ち去った。
何というか、嵐みたいな人だったな。
さりゆく彼を、ぼんやりと眺める。
「テルさん、どうなされたんですか?」
「いえ、俺、ずっと、ずっと不採用ばっかりで、誰にも必要とされていないのかなって、ずっと、悩んでて……でも」
頬を、暖かい雫が伝っていった。
「俺を認めてくれる人も、いるんですね」
そのことが、無性にうれしかった。
「あたりまえですよ。テルさんは、私にとっても必要な人なんですよ?」
「……え?」
「私、この職に就いたはいいですけど、毎日毎日荒くれ冒険者のクレーム対応ばっかりで、鬱屈としていて、辞めようと、何度も思ったんです」
それは初耳だった。
「アリエスさんも、悩むんですね」
「えへへ、そりゃ悩みますよ。私だって、年頃の乙女なんですから」
それでですね、と。
アリエスさんが続ける。
「そんな時にですね、一人の新人冒険者と出会ったんです。彼は情熱にあふれていて、だけど、面接はなかなかうまくいかないみたいで……そんな彼を、私はひそかに応援していたんですよね。
彼を見てると、もうちょっとだけ頑張ろうって、ほんの少しの勇気がもらえたんです」
そう言って、アリエスさんは口元に人差し指をたてた手を添えた。
口元に、とびきりの笑顔を浮かばせて。
「彼にはナイショですよ?」
「は、はい」
彼っていったい誰だろう。
そんな鈍感主人公みたいなことは聞かない。
(俺じゃん!!)
間違いなく俺だ。
生きててよかったぁ。
「アリエスさん」
「なんですか? テルさん」
「俺、今めっちゃくちゃ幸せかもしれません」
アリエスさんは、ころころと笑ってくれた。
「私もですよ、テルさん」
おお、おおお?
これは、これはぁ⁉
俺はガッツポーズを天に掲げた。
間違いなく、幸せ真っただ中だ。
ここまでお読みいただきありがとうございます。
よければブクマや評価をおねがいします。