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婚約破棄の悪役令嬢、死体と悪魔に取り憑かれる。  作者: あおだるま
第一章 悪魔との出会い
9/10

9.人でなし

 私の体が燃えた。


 正確には体が発火したのではない。私の体を炎が包んでいる。熱さより痛みが先に来た。


 髪が焦げる匂いがした。骨が溶ける音がした。激痛と呼ぶには生ぬるい痛みが全身を刺す。背後から『何か』のおぞましい耳鳴りが聞こえる。


 この上ない非常事態に、呑気な声が頭に響く。


『そうそう、それが人間だよ。感情に正直に生きたまえ、君』

『貴方、何が目的ですか』


 声の主はあの純白の男だった。声だけだが、最初の爽やかで好青年然とした雰囲気は全くない。気楽で気まま、鼻歌を歌うように続ける。


『君は妬ましいんだ。エミリアの全てが。いかに格好をつけようが、どう言葉を取り繕おうが、中身はその辺の令嬢と同じだよ。ドロドロで、何処までも醜い。そして死ぬ手前にならなきゃそれに気づけないほど、愚かだ』


 どうやら質問に答える気はないらしい。私はため息を吐き、話を合わせる。


『そう、かもしれません』

『かもしれないじゃなくて、間違いなくね。プライドだけは無駄に高いんだから』


 どこまでも無礼な男だ。目の前にいたら迷わず殴っていることだろう。だが今はそんなことをしている場合ではない。私は何とか怒りを抑える。


『で、この炎も貴方の仕業ですか』

『違うよ。君を8階まで投げ飛ばしたのは間違いなく私だけど、この炎は君の力だ』

『嘘』

『じゃあない。誓って。君はその歳になって、自分のことすらよく知らないんだよ』


 心底バカにし切った声が頭に響く。もはや私の心から、この男に対する淡い想いは消え去っていた。自然と声が冷たくなる。


『というかなんで話せているんですか、私たち。それとも全部私の妄想ですか』

『当たらずと雖も遠からず、ってところかな。ちょっと君の走馬燈にお邪魔しててね。まあ細かいことは気にしないでくれ』

『勝手に人の頭の中に入らないでください。率直に気持ちが悪いです』

『中々いい性格してるね、君』


 貴方ほどじゃあない。そう言おうとして、遮られる。


『さて、そうはいっても時間には限りがある。もう一度聞いておこうか。もっとシンプルに』


 指を鳴らす音が聞こえる。一々キザな男だと私は思う。


『君は今、生きたい?それとも死にたい?ウルペース家長女ではなく、ただのヘレナとして』


 言いたいことも聞きたいことも山ほどある。だがその時間も、男が質問に答える気もない。


 それに、死にかけてようやく見えたこともある。


『……まだよくわかりません。でも、二つはっきりしたことがあります』

『ほう』

『一つ。貴方は碌でもない男だということ』

『心外だね。私程良い男は世界中探し回っても見つからないだろう』


 令嬢を8階まで投げる存在を良い男と認めてしまえるなら、私は誰とでも結婚できることだろう。


『まあいいや。で、二つ目は?』


 この男になら言ってもいい。言っても許される。醜い願望も、汚い腹の内も。


 そう、思えば最初からおかしかった。どれだけ見た目が美しくても、それだけで冷静さを欠くほど私は愚かではない。あの細腕で、膂力のみで人を8階まで放り投げるなど考えられない。頭に直接あたりかけるなど、まさしく人間業じゃない。


 人外に人でなしだと認められても、何ら問題ない。


『エミリアの汚い顔が見たい。エミリアの苦悶に歪む表情が見たい。私が彼女に同情して、手を差し伸べてやりたい』

『屈折しきってるね』

『まだですよ』


 そう。私はその光景を想像して、胸の高鳴りを抑えきれない。


『そして最後にその手を振り払って、踏みつぶしてやるんです』

『本当にいい性格してるよ、君』


 空笑いを最後に、頭から男の声は消えた。


 


 眼下のエミリアが近づくほど私を包む炎も熱く、強くなる。この炎のことはほとんどわからない。炎がどれほど熱いか、もはや想像がつかない。だのに私がその炎の中でなぜまだ生きているのか、それもまたわからない。


 わかることはやはり二つ。この炎は私の身にはとても余るものであることと、炎はあり余る力の吐き出し先を探していること。


 下を見ると私を助けようとしていたエミリアは倒れ、彼女が立っていた場所にはあの男が立っていた。


「良き夜ですね」

「いや、違うね」


 男の腕は、大きく、黒く、醜い『何か』になった。その手から同じく黒い『何か』が放たれる。私を取り巻く炎は自然と、導かれるように男に向かう。


「最高の夜だ」


 炎と『何か』がぶつかり、溶け合う。


 最後に見えたのは、耳まで裂けた男の口だった。


ここまで読んでくださった皆さん、本当にありがとうございました。これにて第一章は終了です。

第二章は舞台が変わり、新しい環境でのヘレナの生活となります。もう少し軽い雰囲気でお話が進んでいきますので、ぜひお楽しみに。

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