第二話 家業継承?
そこに居たのは、人型を取った骸骨だった。
「ロマなの、どうしたなの?」
それは魔道具の一種で戦闘訓練に使用する"練習相手"だった。意志を持つ魔道具"ロマ"は、その耐久値が他より高い点と自己再生の特徴を持つ事から、サナの実戦練習の相手だった。
声を掛けたにも拘らず答えないロマに、普段とは違う雰囲気を感じて首を傾げた。その瞬間――ふと目に留まったその指先に、違和感を感じた。
「その指輪……」
そこには、つい少し前に見た、見覚えのある指輪がはめられていた。それは、父がはめていた指輪で、頭を撫でられる度痛くて、文句を言っていた物だった。
「なんでそれを持ってるなの?」
父が大事にしていた十指の指輪の内の一つだ。
手放すとも思えず首を傾げていると、不意にカタカタと笑い声をあげ始めた。
『カカカカカ、愚かなガキ、愚かな"主人"だ!』
それに眉をひそめたサナは、首を傾げつつも言った。
「そうやって笑うの珍しいなの。いつもへこへこしてるのに……」
特に嫌味を言ったつもりは無かったが、どうやらそれがロマを怒らせたらしい。急速に魔力を高め始めたロマは、その最も得意とする処である火炎魔術を放った。
放たれた爆炎は、部屋の入り口で消滅したが……それを見てサナは不思議に感じた。
「"枷"が外れているなの?」
そう言って聞くと、少しして首飾りが答えた。
『大変な事態かも知れません、管理者による制限が初期化されたみたいで……これは大変な――』
首飾りの言う言葉を聞きながら、以前父に連れて行かれた場所の事を思い出す。あれは、島の下層だったと思うが、そこには飛翔核と呼ばれる物でこの島の核があると言う場所だった。
父は、そこで設定をするんだと話していたが、もしかするとそこで問題が起きたのかも知れない。
慌てて、そちらに向かわなくてはと顔を上げたサナだったが、不意に床の形状が変わり始めたのを感じた。それまで硬い床だったのが、ゆったりと波打ち始める。
どうにか逃れようとしたが、足場に気を取られ過ぎたのがいけなかった。
壁から飛んで来た剣を避ける事が出来なかった。
「いつつっ!?」
『サナ!』
飛んで来た剣は、わき腹を抉るとそのまま飛んで行く。
「何するなの!」
『カカカ、どうやら外から魔法干渉できなくても、中からなら別の様ですね。良い君です』
そうしている間にも、槍が盾がと飛んで来る。
「何が目的、父さんは何処なの!?」
叫んだサナに、ロマが笑う。
『カカカ、停止しましたよ』
「停止?」
聞き返すサナに、骨が笑って返す。
『そうですね、あなたの認識に合わせれば"死んだ"と言えば良いですかね』
これまで"死"というものを経験したことが無かった。
「……死、生命活動が止まる事、魂が肉体を離れる事、永遠の別れ」
知識として教わっていた事を思い出したが、それを口にして尚、理解が出来なかった。混乱しているサナを見て、楽しそうに笑ったロマが続ける。
『カカカカカ、俺達は退屈だったんだよ。何せ、意識があるのにだぜ、こんな箱の中に閉じ込められて……途中までは良かったんだよな。だけど、お前が出て来て……主人は"外の世界"の話をするようになったんだ。それまでに見て来た景色や、生き物や出来事……その全てが楽しそうだった!』
大きく顎を開きながら言う言葉は、まるで絶叫だった。
『なぁ! おかしくないか?! 俺も主人も同じなんだぜ、なのに俺達だけお留守番でよぉ』
両耳に手を当てていたサナは、その声に声を上げて叫んだ。
「何言ってるなの?!」
しかし、一向に口を閉じないロマは続けて声を上げる。
『だからよぉ、決めたんだ! この機会を逃さないってな。俺達はお前を主人とは認めない!』
そう叫んだロマに首飾りが否定して言う。
『全部じゃないわ、きっとあなたに味方する魔道具も――』
確かにそこまでは聞こえていたが、途中で切断されるようにして声が止んだ。
『カカカ、出来損ないの喋るしか能のないガラクタが!』
「違うなの! ガラクタなんかじゃないなの!」
必死に言い返そうとしたが、それしか出てこなかった。それに反応するわけでもなく振り返ったロマは、醜悪な響きを上げると言った。
『カッカッカッカ! 終わりだ、もう終わり! ほら、体が動かせないだろう? お前はその体が朽ちるまで、永久にここに封印されるのさ! カカカカカいい君さ!』
既に少し前から、床は細かい砂のようになり、少しでも油断すれば沈んでしまう状態にあった。どうにか体に魔力をまとわせると、抵抗しようとした。
しかし、どうにも上手く行かない。
いつもであれば、魔術に関する物はその大抵が壊せてしまうのに。
どうにかしようと足搔いていたサナだったが、ふと目に入って来た粒を見て絶句した。
「……うそなの、この小さい一つ一つが封印の"核"なの?」
それは、サナにとって最も相性の悪い相手だった。