第十二話 魔術師ジェット
視点:冒険者ダグラス、老墓守ジェット(◇◆で切替)
剣が振るわれ、巨体の片腕が落ちる。
「……臭うな」
剣を振るった男が、眉をしかめながら呟く。
「ガロンが臭いのは有名だもの。それなのに貴方ったら着替えもせずに来て」
「そうりゃそうだけどよ、それも仕方ねえだろうが」
男の言葉に、女がふふっと微笑む。
「そうね、怪我しそうだものね」
言いながら視線をずらした先には、先程まで威勢よく腕を振るっていた少年の姿があった。その横には、両手に短剣を持った少女もいる。
視線に気が付いたのだろう。膝をついていたのが、立ち上がると声を上げる。
「何だよ、俺らの指名依頼だぞ!」
「そうか」
飽くまで冷静な返事。
「俺の獲物だ!」
「ああ、臭いから先ずそれを落とすんだな」
少年少女の頭から足の先まで、細かい肉片が付いていた。きっと、それが腐臭を漂わせていたのだろう。男の声に少女が若干顔を赤らめた。
「あなた、女の子に臭いは無いんじゃない?」
「うるせえなっと、来るぞ!」
その声に視線を向けると、前方で長槍で相手をしていた兵士たちが下がって来る。
「腕が戻ってます!」
やはり面倒な相手らしい。
先ほど数度の振り下ろしによって落とした腕が、ゆっくりと元通り繋がり始めていた。それを見ながら、横の女性に言った。
「おい、準備は出来たか?」
「ええ、後は放つだけ」
その周囲には、大きな槍状の炎が浮かんでいた。
それに満足すると、最後の一人が離脱して来たのを確認して言った。
「かませ!」
「やるわ、"炎槍の鎖"!」
それを見ていた兵士の一人が普通でない驚き方をしていたが、今はそんな事より畳みかける絶好の機会だ。逃すわけには行かないだろう。
立ち上がっていた少年と少女に視線を送ると、前方に躍り出た。
◇◆
大剣を背負った冒険者が飛び出して行くのが見える。
それ自体にも驚きだが、男にとっては、直前に女冒険者が行使した魔術の方が驚きだった。
「これが本物なのか……でも、何故こんな辺境に?」
男の呟きは、かつて帝都で一流の魔術師を目指した過去を思い出させる。それは、決して気持ちの良い美しい思い出ではなく、どちらかと言えば苦い思い出の類だった。
魔術師が一流と呼ばれる為には、魔術の行使を無詠唱で行える必要がある。詠唱のあるなしでは、安定性と強度が違ってくるのだが、一流の魔術師はこれを同じ水準で行使するのだ。
かつて魔術師の家系に生まれた男は、他の兄弟がそうだったように魔法学院へと進学していた。そして、途中までは成績も良く、こと筆記試験では優秀な成績を修めていた。
そんな順調に思えた学院生活だったが、様子が変わって来たのはそれから一年後だった。
二年次からは"実践練習"が始まる為、その準備段階として魔力量計測を行うのが通例だった。特に問題だとも思っていなかったジェットは、いつも通り仲間と一緒に検査を受けた。
その結果、魔力量が極端に少ない――数回しか魔術行使が出来ない"出来損ない"である事が判明したのだった。正直ショックだった。
ショックで仮病をつかった。
周囲の友人は、初めの内は心配して様子を見に来てくれたが、それも何日も続かなかった。当然だろう、何せ学院の授業は難しいのだ。暇な時間など殆どないに違いない。
――そう、自分を納得させていた。
そうして学院に通わなくなって数週間が経過した頃、久しぶりに街を見て来ようと外に出た。既に消耗して少なくなっていた日用品に食品、それらを買い込んでいた。
そこで見てしまった。
楽しそうに練習するかつての友たちの姿を……。
逃げるようにして帰った。
帰ってからも忘れられなかった。
その日の夜には荷物をまとめていた。
夜が明ける前には出発した。
向かうのはここではない何処か、もっと魔術の浸透していない地域。それこそ、魔法と魔術すら区別されていないような場所へ……。
結局その後、各地を転々としながらも、魔法を使える魔法剣士として登用された地で暮らし始めた。見習い期間の後、正式に兵士として登用もされた。
少しばかり心に空いた穴はあったが、それも賑やかな日々を送る事で紛らわせることが出来ていた。……今、この時までは。
「なんであんたみたいな――」
本物の魔術師を前に上ずった声を上げるも、途中で遮られた。
「なぁに~? あんたみたいな綺麗な人がって?」
「い、いや……」
鋭い視線に思わず怯んだが、それに口の端をヒク付かせた女が言った。
「あのねぇ、私達冒険者には色々理由があるの。そんな事一々聞かないで頂戴!」
確かに、少し不躾だったかも知れない。
少し反省していると、小首を傾げた女が言った。
「あなた、魔力の流れが少しおかしい気がするわね……」
「ハッ、どうせ魔力量が少ないとか言って馬鹿にするんだろう!」
思わずカッとなったが、それを聞いて首を傾げた女が言う。
「あら、量は普通だと思うわ。ただ、何か栓がされているみたいな……」
「それってどういう意味だ?」
何となく嫌な予感がした。
しかしそれも、男の怒声が聞こえて来てそれ処ではなくなってしまった。
「おい、あれはヤバいぞ! お前ら下がれ!」
そこには、歪に巨大化した化け物がいた。
下から照らされた光の具合が影響してか、三割増しに恐ろしく見える。
「ダグ、どうしたのよあれ」
流石の女冒険者も動揺しているらしいが、それも当然だろう。
炎の槍に貫かれた所を、ここぞとばかりに攻撃していた筈だ。いくら骨で出来ている化け物だとしても、破壊された部分は元に戻らない事を確認している。
小さく弱体化するなるならまだしも、より大きく強くなるなど理屈に合わない。
「どういう事だよ、あれ……」
下がって来た大剣使いが、口を開くと忌々しげに言った。
「どうもこうもねえよ。あいつ、吹き飛ばされた破片でもって、墓地から掘り起こして来やがった。あれ以上でかくなられたら、流石に洒落にならねえ」
見た感じ、少なくとも一回り以上はデカくなっている。
「どうするの?」
「……仕方ねえ、お前の必殺で決めるしかねえだろ」
「でも、流石に街に近すぎるわ」
「ちょっとぐらいしょうがねえだろ。中に入られるよりは、まだマシだ」
そうこうしている内に、更に凶悪になった化け物が進み始めた。
「に、逃げろぉぉぉおおーー!!」
彼是十年来出した事の無い絶叫だったが……その直後降って来た何かと、爆音と共に吹き飛んだ巨体とに、開いた口を閉じる事が出来なかった。
人の形をした何かと、その先でバラバラになって吹き飛ぶ化け物。
過去を思い出し、死の恐怖を肌で感じ、その直後には理解不能な化け物の爆散。
早くなった鼓動が限界を迎えたのだろう。
何かが切れる音がしたのと同時に、視界が暗転した。




