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雪ん子

作者: 幸京

雪ん子を見た。


夜8時頃、仕事帰りに家まで車を走らせる。

今年の初雪は大分遅れ、2月上旬の今日初雪が降った。この地域は毎年12月頃に初雪が降るため、11月にはスタットレスタイヤに変えるから、ようやく出番がきたタイヤだった。

朝から降り続けている雪が積もった道路に、除雪車や他の車が走った跡を辿りながら、田舎道であり街灯も少ないためハイビームにしてワイパーを動かす。

ゆっくりゆっくり慎重に運転すると、まだらな下りのカーブにある杉の木陰に子供の姿が見えて、思わず目を凝らす。

こんな時間の寒空に子供が?すげぼうしで全身を羽織って、少女アニメキャラクターの長靴を履いている。

ハイビームが自分に当たっているも、こちらをじっと見ている様子だった。

ふと、幼い頃に祖母から聞いたあの話、雪ん子を思い出す。


祖母は物静かな人だった。

あまり人と話すところを見たことがなく、いつも自宅の部屋で裁縫をしているか、本を読んでいる人だった。だからといって近寄りがたい雰囲気はなく、進んで僕の遊び相手もしてくれた。

8歳の初雪が降った日、家の前の空き地で知らない子供が遊んでおり、祖母にあの子どこの家の子?と尋ねた。台所でお茶を入れていた祖母は僕のところに駆け寄り、力強く肩をつかみ窓から引き離した。

そして空き地を鬼の形相で見ながら、安堵した様子でため息をつく。

「安藤さんのところの親戚の子だよ。ほら美加ちゃんもお母さんも来た」

祖母が僕に向き直り、恐怖と怒りを滲ませた表情でしゃがみ目を合わせる。

祖母のそんな顔は見たことがなかったし、また大人がこの顔をする時は怒られるから泣きそうになるのを必死にこらえていた。

祖母は僕の両肩を力強く握りしめ、瞬きもせず言った。

「その年の初雪が降る日に現れる、雪ん子という人ではないものがいるんよ。子供の姿をしているけど、決して見つけても目を合わせるんじゃないよ。もし目が合ってしまったら必ずお祖母ちゃんに言うんよ、無笹目神社にお払いに行くからね。子供が出来なくなるんよ、雪ん子が目が合った人を自分の親だと勘違いして、本来の子供を消してしまうんよ。勘違いです、僕は父親ではありません。親ではありません。僕の子は消さないで下さい。そうお払いに行くからね」

当時の自分がどうして子供が出来なくなるのか分からず、そもそも人体の仕組みさえ理解出来ていなかったが、祖母は皺だらけの手で僕の頬を優しく撫でながら了承させ、そして最後に念を押した。

「忘れるんじゃないよ」


子供はこちらを見ている。祖母の話を思い出すも路肩に車を止め、声をかけようとするもいつの間にか姿が消えていた。周囲を見渡しても誰もおらず、気のせいだったのかなと、車を再び走らせる。


「ただいま」

帰宅すると、妻が体を拭くためのタオルを持って迎えてくれた。

「おかえり、雪、大変だったでしょ?」

「いや、大丈夫だよ。それより、安静にしていなよ」

「大丈夫だよ、まったく動かない方が良くないから。ご飯の用意出来ているよ」

そう言って、台所に戻って行った。匂いでメニューは鍋だと分かった。

妻は身重でありながら、妊娠前と変わらない家事量をこなしている。

休日に僕が家事をしようとすると語気を強めながら、動いた方がいいんだって、大丈夫だから休んでいて、そう言って率先して家事をしていた。

部屋でスーツから部屋着に着替えて、台所で暖かい鍋に体を温める。

「そういえば、さっき、子供を見たよ」

妻は対面でお茶を飲みながら答える。「子供?」

「うん、ほらカーブ並木の木陰にいたんだ。顔までは分からずどこの家の子かは分からかったけど。さすがにこの時間に天候だから、家まで送ろうとしたんだけど、車から降りるといなかった」

「見間違いでしょ?こんな時間だし」

「うん、ただ祖母の話を思い出した」

「お祖母さんの?」妻は特に興味もないように相槌を打つ。

「雪ん子の話。雪ん子は見てはいけない。もし見てしまったら必ず自分に言うように言われた」

「何で?」

「子供をつくれなくなってしまうから、お払いにいくために」

「え、何それ?」

「雪ん子を見るとその人を自分の親だと思って、その子供を消してしまうんだ」

「・・・そんな話、止めてよ、こんな時期に」妻は睨みつけながら言う。

やっぱりあの人は・・・とぶつぶつ言いながら浴室に向かう。

妻との結婚に唯一反対したのが祖母だった。

あなたは本当にこの子を幸せに出来るの?

付き合って1年、初めて実家に招待した妻に祖母が唯一言った言葉だった。

まだ結婚なんて考えてもいない頃であり、祖母にはそんな話はまだ何にもないと諫めるも、値踏みする様に妻を見据え、僕によく考えなさいと言い自室に戻っていった。

その場に残された両親は、初めて息子が連れてきた彼女にひたすら非礼を詫びて、機嫌を良くしてもらおうと必死だった。

妻は困惑しながらも、大丈夫です、これからも宜しくお願いしますと答えた。

その後、結婚が決まり実家に挨拶に行った時も祖母は同じように妻に言った。

本当にこの子を幸せに出来るの?

普通は男性が女性側に言われる言葉だと、両親は呆れるも祖母は黙って妻を見ていた。

妻はその時、きっぱりと言った。

「勿論です。克也さんは、私が幸せにします」

「克也、あんた本当にいいんだね?どんなことになっても背負うんだよ。苦しいよつらいよ」

祖母は睨みつけながら怯えているような顔をしていた。

それは雪ん子の話をしたあの時の様な。

「何で苦しんだよ?結婚するよ、当たり前だろ」

イライラしながら答える僕を見据え、

「そうかい」と、それだと言うとあの時と同じ様に自室へと戻った。


祖母には言わなかったが、初めて雪ん子を見たのは6歳の頃だった。

その年の初雪の日、下校途中のことだった。

歩道を歩いていると、田んぼの畦道から僕をじっと見ていた。

見かけない子だと思った。田舎だから子供の数も少なく、近所の子供は皆、顔見知りだった。

「どこの家の子?」

雪ん子は何も答えず、僕をただ見ていた。

「学校は?何年生?」

何も答えず、僕をじっと見ていた。そこへ車が止まり、母から声をかけられた。

「克也、お帰り。乗りなさい」

「あ、お母さん。あの子、どこの子?」

逆方向を指さし尋ねるも、

「えっ?誰のこと?」

視線の先には誰もいなかった。

雪ん子の話を聞いた時も、祖母には何も言わなかった。

あれが雪ん子だと分からなかったし、祖母の表情が怖く、あの子は雪ん子じゃないと自分に言い聞かせ、そしてそのうち忘れてしまった。


妻が突然高熱を出し、車で急いで病院に向かった。

何か嫌な予感がした。初雪が降り雪ん子らしきものを見た今日に突然妻の体調異変。

ー子供を連れていくんよー

祖母の言葉が頭の中で何度も何度も繰り返す。

春斗は何であれ、僕の子供なんだ。

1年前、友達と夕食を食べてくると外出した妻が、後輩の安藤と車内でキスをしていたのを見た。

ーお帰りー

ーただいま、御飯は食べた?ー

ーうん、外出先で食べたよー

ーそう、私も食べたから、もういいね。疲れたー、お風呂もシャワーだけでいいやー

ー僕はもう入ったから、先に寝るから。お休みー

ーうん、お休みー


病院の集中治療室に運ばれる妻を見ると、体が自然と無笹目神社に向かっていた。

もう管理人もいない荒廃したその神社の境内に土下座する。

春斗を連れていかないで!僕はあなたの父親じゃない!

ー苦しいよつらいよ。

何も苦しくなんかない、世界で一番幸せになる春斗の父親になるんだ。

ー先輩の奥さん、まじかわいいすよ。

そうだろ、心根も優しい自慢の妻なんだ。

ー克也さんは私が幸せにします。

充分だよ、結婚してくれて本当にありがとう。

雪は降り続ける。体から熱を奪う。泣き叫ぶ。

お願いします!僕は春斗の父親だから!あなたの親じゃないから!

僕は僕が春斗の父親だから・・・、そのまま意識が遠のいた。


3ヵ月後、病院から妻と春斗と一緒に車に乗る。

妻は高熱を出した夜、翌朝には母子共に問題なくその日のうちに退院した。

僕は無笹目神社で意識不明となっていたが、朝方通行人に発見されそのまま3日間入院となった。

病院や警察からは何であんな時間にあんな所にと聞かれた。妻の健康の神頼みにと答えると、皆が呆れていた。

春の日差しが車内を照らす。

車内で春斗が眩しそうにくしゃみをした。


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