1224番
「お前の死因は何だ?」
こちらに背を向け、窓の外を見つめる女が俺に問う。
「・・・外に何かあるんですか?」
「質問に答えろ」
「交通事故です。学校の帰りにトラックが歩道に乗り上げてきて、即死でした。スマホ見てたから、全然気が付かなくて」
「嘘が下手だな。自分の死因をペラペラ語る奴がおるか。本当の死因を言え」
「・・・言うな、と言われました」
「は?誰に?」
「・・・・・・それも言うな、と」
女は驚いた様子で振り向き、初めて顔を見せた。
月並みな言葉でしか言い表せないが、人形みたいに整っている容姿だ。
いや、顔立ちのせいだけではない。表情がない。
声色は怒りを含んでいるというのに、おかしな感じだ。
「おい、答えろ!!誰に言われたんだ!?
・・・396番か?いや、あいつは情に厚いが誰よりも・・・。じゃあ758番・・・いや、563番?
・・・・・・・言えっ!!誰に言われたんだ!!正直に言わないとぶっ殺すぞ!!」
あ、ちょっと眉間に皺が寄った。
「・・・どうせ、脅しだと思っているんだろう」
「まぁ・・・。もう死んでますし・・・」
「脅しではない」
女は再び外に顔を向ける。
「私はこの世界を造り上げた。私が願えば、お前らなぞどうとでもできる。
魂を葬って、二度と生まれ変われなくしてやる。いや、存在そのものを消してやる。
誰の記憶からも消してやって、一生孤独で暗闇を彷徨わせてやる。
・・・信じなくてもいい。いずれ真実だということが分かる」
「神様ってことですか?」
「え、まぁ、そう呼んでるやつもいるみたいだが」
「じゃあ神様って呼べばいいですか?神様」
「・・・・・・お前、ほんと緊張感とかないね」
呆れた神様?が窓を開ける。
温かい風と花の香りが部屋に入り込んでくる。
ソファに腰かけている俺から見える景色が晴天の空しか見えないのだから、
ここは一階ではないはずなのに、花の香りってこんなに強いものなのだろうか。
「どうせ自殺だろう」
淡々とした声で言い当てられ、息が止まった。
「・・・神様だから、分かる・・・んですか?」
心臓の音が聞こえるほど脈を打つ。
『そら』
ふわりと笑って、名前を呼ぶ【にこさん】の声を思い出す。
死因を問われたら「自殺」と言ってはいけない、と教えた人物が
にこさんだと知られていしまったら、どうなるんだ。
「わ、私はどうなってもいい!!けれど、その・・・。
俺に死因を言うなと言った人のことは、見逃してください!!」
神様の足下に駆け付け、床に頭をこすりつける。
―――いじめられて無理やり土下座させられた時は、屈辱感と虚しさで死にたくてたまらなかったのに。
今は自ら土下座して「俺を殺せ!」と乞いている。
「顔をあげろ。不愉快だ」
「・・・お願いします」
頭上でため息をつかれた。
「なんか勘違いしてるよ。神様だからって、心が読めるとか思ってんじゃないか?」
思わず顔を上げる。
「えっ・・・。だって俺が自殺したこと知って・・・」
「勘」
・・・・・・信用ならない。
「あ。信じられないって思っただろ」
「!?やっぱり心読んでるじゃん!!」
「顔見たら分かる」
相変わらず表情は変わらないけれど、怒ってはいないみたいだ。
「私は『自殺』をした人間は、この世界に留まらせてこなかったからね。
死因を隠すなら『自殺』なんだろうな、と思っただけ。簡単な話だ」
「・・・ほかの死因なら、この世界に留まらせるのは、どうしてですか?
そもそも、この世界って、なんのために造ったんですか・・・?」
「外、見てみて」
そう言われ、そろりと立ち上がり窓を覗いた。
今いる屋敷以外、建物はなく、地平線の先まで一面の花畑のようだ。
絵に描いたような景色だが、鳥の囀り一つ、何も聞こえない。無音の世界だ。
まるで―――
「天国みたいだろ」
「・・・はい」
実際死んだし、地獄でないのなら天国だろう。
「現世から天国への途中駅という感じかな。お前たちは、まだ死に切れていないんだ」
「えっと・・・つまり・・・?」
「はぁ、説明がめんどくさいな。座ってよ。お茶しながら話そう」
俺が先ほどまで座っていた向かいのソファに腰かけ、
神様が合わせパンパンと音を鳴らすと、失礼します、と言い眼鏡をかけた切れ長の女が入ってきた。
お盆には高級そうなポットとカップが2つ。
そしてなぜかトランプ。
「あ、ありがとうございます」
しかし女は、トランプと神様にだけ紅茶を置いてそそくさと部屋を後にしようとドアノブに手を掛ける。
えぇ・・・・・・・。
「ちょっと~、821番。この子に言うことあるでしょ」
そ、そうだぞ!自分にも紅茶がもらえるかと思ってお礼言って、恥ずかしかったんだからな!?
しかし神様は案外普通っぽいのかもしれない。部下?の無礼を叱る上司のように・・・
「・・・・・・・・・・・」
眼鏡の女はドアノブに手を掛けたままぶつぶつ何かを言っている。
「えっと・・・。すいません聞こえないんですが・・・」
「死ね死ね死ね死ね死ね死ね……」
ええぇ・・・・・・・・・・・・・。
よろしくない言葉をつぶやきながら女は部屋を後にした。
「ふふ、もう死んでるのにな」
「ああ言われるって分かって呼び止めたんですか!?」
「まぁまぁ」
何がまぁまぁじゃい。
「じゃあ、手短に話そうか。
ああ、まず、お前の名前を決めないとね。」
「あ、私の名前は菅原・・・」
「現世の名前は捨てなさい」
「え・・・?」
「もしも、お前の魂が現世に戻れる日が訪れる日が来れば、その時は思い出させてやる」
・・・ついさっきまで口にしていた自分の名前が全く分からない。
「現世とのつながりは絶ってもらう」
やはり神様は表情ひとつ変えず、淡々と言う。
しかし、初めて真正面を向いたからだろうか。こんなにも瞳の奥は濁っていただろうか。
神様は手慣れた手つきでトランプを切りはじめた。
机に一枚ずつトランプを置き始めた。
ハートの1
クラブの2
ハートの2
スペードの4
joker
「はい。今から君は1224番だ。」
「さて、1224番。話をしてやる。ただしその前に2つ、尋ねておかなければならない。
一つ、お前は生き返り、現世に戻る意志はあるのか?」
「は・・・はい!」
「自殺したのにどうして?」
「神様は自殺した私をどうして留まれせてくれるのですか?」
「1224番。お前の悪いところは質問を質問で返すことだ」
「すみません」
「・・・別に。なんとなくだよ。それに、1224番に告げ口した奴のこともあぶり出したいし」
「えっ・・・。それなら、私、この世界にいれなくていいです。それに、生き返れなくてもいいです。
その人に危害が加わってしまうのなら・・・」
「本当に意志があるのか?生き返りたいという意志が」
ああ、もう。この際言ってしまおう。いつかにこさんに危害が及んでしまうのなら。
「この、お屋敷に来る前にある人に救ってもらって・・・。その、一度天国?に
行きそうになったんですけど、その人にお礼を言ってないな~て思ってたら、またこの世界に
戻ってきちゃって・・・。だから、生き返りたいのは本当ですけど、その人に迷惑がかかるのなら・・・」
「救ってもらったて何?ていうか屋敷に来る前どこにいたの?
この世界に来た人間は屋敷の入り口に落ちるはずなんだけどな・・・」
「え。えっと・・・」
「うーん。まぁいいや。今日は紅茶がとびきり美味しかったから特別に見逃してやる。
821番に感謝だな?」
そういって紅茶を飲みほした。
「それに、そんなにも慕っている相手がいるというのも、ゲームとしては楽しそうだ」
「ゲーム?」
「こっちの話」
「で、2つめの質問」
「はい」
「1224番。お前女だよな?」
「・・・はい」
嘘です。俺は正真正銘男です。ちゃんと一物ついてます。
中学生の時からなよなよしてて女みたいだと言われてからかわれていました。
にこさんに「この世界の住人に『男の子』ってバレたら葬られるから気を付けてね」
と言われたためずっと「私」と言って偽っています。
きっと、俺がこの世界に来た時に屋敷の入り口ではなく花畑に落っこちたのは
俺が「男」だったからだ。イレギュラーだから他の人たちと同様に落っこちなかったんだ
――――と、思っている。
「色気ないね」
「は。はは・・・よく言われます・・・」
これは・・・騙せた?
「じゃあ、手短に。この世界と、1224番が現世に生き返る方法を教えてやる」
にこさん、俺は、あなたにお礼を言いたかっただけなのに。
俺、この世界で一体何をするんでしょうか。