表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
闇鍋短編集  作者: LE-389
7/8

召喚カードパック

 学校が終わり、今日も修はいつもの店へと足を運ぶ。よそには無い、奇妙なものを売るあの店へ。


「やあいらっしゃい、ちょうど良いところに来てくれた」


 建物のドアを開けた先にあったのは、詰まれた大きなダンボールが複数。おそらくはここの商品。

 買うか、あるいは買えるかどうかはともかくとして、どういうものかが気になるところ。


「なにこの荷物、新商品?」

「前にも仕入れたことはあるけど、修君にとっては新商品だね。上に運ぶから手伝って」


 持って欲しいと言われた箱は、一辺が五十センチ近くある。

 自分に持てるのかと抱えてみると、意外なほどに軽い。


「多分、中身は緩衝材が多いんだと思う。さ、ついてきて」


 店主の後を追って階段を上がる。


 上の階に持って上がるということは、この荷物は奇妙な方の商品だ。

 普通のものは、基本的に一階の店舗に置いている。商品の陳列や整理を何度も手伝っているので間違いない。

 一体、どんなものなのか。


 荷物の箱はかさばるだけで、バランスさえ崩さなければ片手でも持てるほど。だから手すりを使えるが、そうでなければこれを持って階段を上がるのは、かなり危険な行為だ。


「これさ、もっと重い荷物だったらどうしてるの?」

「もちろん、そういうときは『道具』を使うさ」


 店主はどちらなのかを明言しないが、奇妙な方の『道具』なのだろう。一般的な何かがあるのだとしたら、それらしいものがまるで見当たらない。

 修が知っている限りでも、この店には奇妙な『道具』がいくつか備え付けられている。これから荷物を持っていく先の倉庫も、普通ではない。


 向こう側に店主の机があるはずの、三階のドア。

 店主は荷物を床に置き、ポケットからカギ束を取り出す。鍵穴にその中の一つを差し込み開くと、ドアの向こうには寒々とした倉庫が広がっていた。


 建物の外観から考えれば、ありえない広さ。

 この建物で使われているドアとカギは特殊なもので、カギの数だけ別の空間にある部屋へ行くことができる。

 店主が使うと言っていた『道具』とは、一階のドアとこのカギなのだろう。そこをこの倉庫に繋げれば、台車を使って荷物が運べる。


「これ、『道具』を使っちゃダメだったの?」


 大して重くないとはいえ、なんでわざわざ上に運ばなければならなかったのか。下でも開けるならその場で入れてしまったほうが楽なはずだ。


「扉一枚隔てているとはいえ、下だと人目につきやすいから。だから明るい内はやりたくないんだ」


 重い荷物が来た場合は店舗や通路に仮置きし、暗くなってから一人で運び込むのだという。


「ここ、常連の子以外に人来たっけ?」

「たまには大人も来るよ。大体保護者や先生だけど」

「この間、頼まれてイベントやってたね」

「そういうのもあるけど、うちで変なもの売ってないかって見にくる人もいるんだ」


 少し昔、店主が子どものやる事を甘く見ていた頃のこと。

 この店の商品を使った子が、学校の窓ガラスを割ってしまったことがあった。


「ペットボトルロケットだったかな。確か、遠くまで飛ぶ奴を作れるキットを売ったら、校庭で使った子が何かの手違いでロケットを教室に突入させたらしくて」


 1枚とはいえ窓ガラスが割れ、教室は水浸し。幸いなことに怪我人こそ出ていなかったが、後始末の手間という点では惨事と呼ぶにふさわしい出来事だった。


「他にも色々あったせいで、学校の先生や保護者に目をつけられているんだよ」


 ただし、目をつけられているというのは悪い意味だけではない。

 本気で遊ぼうという子にはそのための知識や環境を与え、それが結果として勉強になっているからだ。


 例えば今年の夏休み。

 彼は「進化」に興味を持った子どもに、自由研究のテーマとして「遺伝的アルゴリズム」を提案した。それがどういうものかを非常に単純化して教え、ゲームのような形の実験用環境を提供した。

 今後その子がより深く興味を持ったなら、さらに高度な事へと『遊び』は発展していくだろう。


 ペットボトルロケットの子にも、彼はいずれ燃料を使うタイプのロケットを紹介するつもりだった。「どうすればうまく飛ばせるか」という知識も高度なものを教えられる。


「面白い教材とか、イベントの相談も来るけどね」

「もしかして、おじさんすごい人だったりする?」

「もしかしても何も、僕は遊びの達人さ。だからこういうお店をやってる」


 自分より『遊べる』人間はそういないだろう。そんな自負が彼にはあった。


「そして、こういうものもそんな僕だから取り扱えるんだ」


 荷物から取り出された、手のひらに乗るくらいの小さな機械。

 そこに店主が金属板を差し込むと、機械から水しぶきとも煙ともつかないものが部屋の中に生じる。


 輝きと冷たさはしぶきのようで、煙のような緩慢さで流れるそれ。遅れて中に飛び出したのは、体がきれいな水でできた魚のようなもの達。観賞魚のように宙を泳ぐ。


「今年もデモ用はこいつらか。ほど良く綺麗かつ不思議で良いんだろうけど、毎年見る側としちゃ目新しさが無いなあ」

「これが何なのか説明してよ」

「ああ、ごめん」


 機械を未開封の箱に置き、開いた方から薄い冊子を取り出す。


「うちは、いろんなところから商品を仕入れているのは知っているね。普通のものも、そうじゃないものも」

「うん」


 この店に来るきっかけも、普通ではない商品だった。それから半年に満たない期間、たくさんそういうものを見てきた。


「これは、二つの意味で『普通の商品』じゃあないんだ。一つは普通じゃない団体が作ったから。そしてもう一つは、商品というよりは『試供品』みたいなものだから」


 見てごらん、と彼は取り出した冊子を開く。

 画面の向こうにしか居ないであろう奇妙な生物たちの写真が、そこには並んでいた。


「これを作った人たちの特徴はふたつ。ひとつは珍しい生きものが好きということ。もうひとつは、世界を飛び越えて移動したり呼び出したりするのが得意ということ。無数に存在する別世界でこういう生きものたちを探しては、どんな生き物かを調べたり、こちらの世界に呼び出せるようにしている」


 この試供品は、そんな彼らが同好の士を探すために製作された。

 彼らの間で流通している「異世界の生きものを呼び出すための情報と権利」のカード。それをランダムに封入した、トレーディングカードのようなもの。呼び出すためのカードリーダーは販売ではなく貸し出し。


「修君はカードゲームってやってる?」

「……ぼくのこづかい事情は知ってるでしょ? できる訳ない」


 もちろん店主は知っている。良くはない。

 だから彼は、よくここで手伝いをしている。


「ごめん。じゃあ、カード1パックどのくらいの値段かは知っているかな」

「……200円くらい?」

「そう、普通のは大体そのくらいで5枚は入ってる」


 では、このトレカもどきはいくらか。


「これ、1パック500円するんだ。しかも1枚しか入ってない」

「えっ、高っ!? ……何で?」

「1枚作るにも結構大変なんだよ」


 修が知っている限り、ここの商品で無闇に高いものはない。よそでは買えないことを考えれば、安すぎるくらいだ。

 では、なぜこのカードが高いか。理由は単純、正式な製品版がもっと高価だからだ。別の世界の存在をこちらに呼んで、言うことを聞いてもらうには移動の手段や相応の代価が必要になる。


「修君のこづかいだと、安い方でも1年分貯めても足りない」

「高すぎる」

「まあ、普通の大人でも気軽には買えない値段だね」

「じゃあ、逆にこっちは安すぎない?」


 今度は逆に、それほど高いものがなぜここまで安くあげられるのかが不思議になってくる。


「色々工夫をしているんだよ。まとまった回数の召喚を一括で契約して一回分を安くしたり、あまり難しいことはお願いできない契約にしたり」

「あれ、お願いなんてできたっけ」

「言ってなかったっけ? ちょっとした雑用くらいならお願いできるよ。ゲームでよくある『召喚獣を呼び出して戦わせる』みたいなことの再現もできる。それに、ある程度言うことを聞く約束で呼ばなきゃ何するか分らな……」


 言葉を継ごうとした店主の表情が曇る。


「どしたの?」

「いや、ちょっとこれで昔トラブルがあったことを思い出して」

「どんな?」

「さっきのペットボトルロケットが校舎に突っ込んだ件を、さらに厄介にした感じの」

「うわぁ……」


 彼の表情から、後始末の大変さを察することができた。


「このカードリーダー、カードのデータを読み込んで異世界の生き物を呼び出すことができるけど、機能はそれだけじゃないんだ」


 主な機能はもう二つ。

 一つは、意思疎通を行うための翻訳機としての機能。そしてもう一つは、呼んだ存在の姿を誤魔化すための機能。


「この『姿を誤魔化す機能』が曲者で。呼んだ生き物を人には見えないようにすることもできれば、人間に見えるようにすることもできる。呼んだ人と同じ姿にすることもね」

「面倒なことを代わりにやってもらったりできるんだ」

「そう。僕も、草野球のメンバーが足りない時に売れ残ったのを何枚か使った」

「えっ、そういうの参加するんだ」


 修は店主に、天体観測に連れて行ってもらったことがある。

 だから彼には、「どちらかというとアウトドア派」という印象を抱いていたが、近所で普通にスポーツをやっているところは想像できない。


「積極的にやる方じゃないけどね。誘ってくれる人がいるんだよ」

「意外だなぁ」

「そう? まあいいや。話を戻すけど、この機能を問題になる使い方をした子がいたんだ。どんなことだと思う?」


 自分そっくりな誰かに、代わりにやってもらえる悪いこと。彼は少し考えて一つの答えをだした。


「分かった、テストのカンニング!」

「えっ」

「違うの!?」

「うん。その発想は無かった」


 テストを替え玉に受けさせれば、カードリーダーが受信機のいらない通信機になるので堂々とカンニングができる。

 店主がこの発想に至らなかったのは、彼には必要が無いからだった。


「僕は、テストの点数で困ったことないから」

「何だか急に、おじさんとは分かり合えない気がしてきた……」

「あれ、テストで苦労してる方だったっけ?」

「点が取れない訳じゃないけど、毎回準備がたいへんだよ」

「やらなきゃいけないことだって思うからいけないんだよ。僕ほどの遊びの達人の手にかかれば、学校の勉強だって遊びになる」


 これは、勉強を楽しめる資質あっての話だ。そう考える事のできない人間もいる。

 それでも、そういった楽しさを共有したいと思うから、彼は自分が面白いと思うものを売っている。


「また、うまい『遊び方』を教えてあげるさ。それよりも、話を戻すよ。その子がやったことは『学校のサボり』だったんだ。呼び出した相手を替え玉にして、自分は遊びに出かけた」

「……サボりでそんな面倒なことって起こる?」

「修君は補導って知ってる?」

「何かこう、親や先生に捕まる感じのあれ?」

「大体合ってる。学校がある日に、子供が変なところをうろついていたらそうなる訳だけど……僕の言いたいことは、分かるね?」

「捕まって、替え玉がバレたんだね」

「その通り」


 カードリーダーには、異常な存在を一般人に隠すための機能もついている。

 しかし、「被召喚者との距離が離れた状態で、間接的な形で異常が露見する」という事態は設計者の想定外であったため、この一件については正常な動作をしなかった。


「『何で同一人物が二人いるんだ』って、気づいたときには大騒ぎになっててね。後始末に駆け回る羽目になったよ」

「ロケットの時より大変だったの?」

「早めに気づけたら楽だったんだけど、大騒ぎになった後だったからね。普段は使わないような『道具』を総動員して事態を収拾したよ。あの時は本当に肝が冷えたなぁ」


 楽しくも恐ろしい異常なものの存在が、正常な世界へ染み出す。それはあってはならないことだ。

 ワインと泥水の例えのように、異常は容易く正常を侵す。樽一杯の泥水にワインを一滴たらしても樽のそれは泥水だが、樽一杯のワインに一滴でも泥水を混ぜてしまえば樽の全てが泥水となる。


「基本的に、うちに来る子のすることに口は出さないようにしているんだけど、このときは口出ししたよ。『このままうちで扱う商品に関わり続けると、大変なことになるかもしれない』ってね」

「その子は、ひどい目にあったことが無かったんだ」

「うん、少なくともこの出来事では痛い目にあわなかった」


 これまで事故が起こらなかったということは、これからも起こらないという保証にはならない。

 もし、それが起こったときに使っていたものがより強力な『道具』だったなら。その失敗は致命的な、文字通りに命を失うだけで済めばまだマシなものになりかねない。


「まだ、その子はこういうものに関わってるの?」

「関わってるよ」


 一つ、二つと指折り何かを数える。


「今、高校生くらいだったかな。変な応用をしたがるのは相変わらずだけど、失敗を想定して慎重にやるようになってる。いずれは僕みたいに、自分の責任で関わるようになると思うなぁ」

「おじさんみたいに、こういうもので遊ぶのが楽しいんだ」

「……そうだね、そうだと思う」


 とてもシンプルで、大きなエネルギーを持つ思い。それに突き動かされてきたこれまでに、店主は少しだけ思いを馳せた。


「作業の途中で、長話をしちゃったね。荷物をしまうからもう少し手伝って。あとでお菓子か何か出すから」

「はーい」

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ