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闇鍋短編集  作者: LE-389
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どうぶつ忍者の里見学企画

『ホムンクルス製作キット』、『安全しゅりけん』のさらにその後の話

 舗装の無い道を一台のトラックが走る。


 山に囲まれた地域、緑が大部分を占めるなかにぽつぽつと民家が存在する。その一軒でトラックは止まり、運転席から派手なシャツを着た男が降りた。玄関の前に立ち、家主を呼ぶ。


「望月さーん、ご在宅ですかー?」


 軽い足音に続いて、扉の向こうから一人の老人が姿を現した。どこか掴みどころの無い男とは対照的に、背筋の伸び矍鑠(かくしゃく)とした姿。


「おう、おもちゃ屋さんか。電話で聞いた時間よりちと早いな」

「出発した時刻も少々早かったんですが、道中道が空いていたんで早く来れました」

「今日はあの手裏剣についての話、だったか」

「関係があるといえば、ありますね。あれ、今年の生産量はどのくらいになりそうですか?」

「年末年始に孫が来るからと張り切っている連中がおる。必要な数は揃うだろうよ」

「それは良かった」



 男が通されたのは6畳ほどの客間。座卓一つを挟んで二人、正確には一人と一頭が顔を突き合わせる。


「さっきも言ったとおり今年は問題無いが、来年もこれだけの量となると厳しいかもしれん」

「手が足りませんか」

「ああ。欲しいという数が多すぎる。安いとはいえ、幻術をかけただけの箱がなんでこれだけ捌ける?」

「海外からの発注が多いんですよ。人気ありますね、忍者」

「よその国にも化けたり化かしたりする獣はおるだろう? なんでうちに注文が?」

「『本物の忍者の末裔が作っている』という特別感と、そのことに裏打ちされた品質が大きいようです」


 男が老人に作らせている商品は、手裏剣がそこにあるという幻を見せる紙箱。

 箱の開封を見たものに幻術がかかり、手裏剣が箱に入っているように思わせる。


「仰るとおり、製造を委託したものや模倣品は海外で作られています。ですがそれらは幻術のかけ方がまずいのか、品質が不安定で。マシなものは『出てきた手裏剣がプラスチック製みたいに軽い』程度で済みますが、ひどいものになると『どこにも刺さらない』『痛みまで再現する』といった具合で商品になりません」

「それほどかい」

「幻術がうまいというだけなら、日本の忍びよりも上はいます。ですが、内職として割に合う手間でこのレベルの術をかけられるとなるとちょっと……」


 使い捨ての、子供の玩具に過ぎないこの商品の単価は安い。原価率も低いので数を揃えられれば利益は出るが、それができる者は大抵もっと割の良い仕事をしている。

 「化け・化かし」について一定の技術を持ちながら、それを子供の玩具に使っても構わない。そんな平和でヒマな集団は「かつて忍者だった」彼ら以外にまずいない。


「真似ようとしても割に合わんか」

「私は使えませんが、難しいんですね幻術って」

「慣れだと思うがねぇ。私らも使い慣れた術だから軽くかけられるが、よその真似して覚えた術で同じことをしろと言われてもできんよ。……ところで、本題は別にあるんだろう?」

「おっと失礼」


 彼は持ちこんだ鞄の中から、紙束を取り出した。


「卸し先でも私自身の店でも、この手裏剣の箱を売る際に『かつて忍びとして活動していた獣たちが、本物の忍術を応用して作ったもの』といった売り文句を使っています。効果のほどはともかく、その結果こんな要望がでてきました」


 老人が紙束、要望がまとめられた書面に目を通す。


「要は、『話の種にうちの事をもっと知りたい』と」

「はい。卸し先だけではなく、顧客からもそういった要望が来ています。ここに来てみたい、と」


 老人がピクリ、と眉間にシワを寄せた。


「あまり、気乗りしませんか」

「この辺に、見て面白いものがあると思うかね?」

「忍者の末裔が暮らしています」

「おもちゃ屋さんは、人に化けて暮らしてるわし等を見て、本当に面白いと思うかね?」

「まあ、本当にただ『見るだけ』を目的に見に来るほどかと言われると」

「手裏剣作りで手一杯だというのに、さらに見せ物の用意はできんよ」

「そこはご安心を、今以上にお手を煩わせはしません。美濃部さん以外は」


 この辺の郷土史家をしている美濃部氏。術は使えるが内職に手を出していない彼による、この里の成り立ちや忍者としての活動に関する講義。男はそれをメインに据えるつもりだった。


「手裏剣の買い手なんて、小学生くらいだろう。その年であの人の話はつまらないんじゃないか」

「いやぁ、そうでもありませんよ」


 男は以前ここに来た際、美濃部氏による講義を受けている。


「美濃部さん、塾の講師や学校の先生ができるのではというくらいに話がうまいです。準備さえあれば、小さな子でも退屈させはしないでしょう」

「あぁ。美濃部さん余所にいた頃、先生か何かしてたらしいな。……だが、それだけで済ませるのかい?」

「いいえ。あくまでメインというだけです。そこで相談なんですが、場所や道具など、人手以外の何かしらを提供していただけませんか?」


 美濃部氏への講演料とは別に、その何かの使用料がここの住人に支払われる。


「そういうことなら、先に詳しい話をしといて欲しかったなぁ。急に言われても出てこん」

「仮になんですけど……」


 男は電卓を取り出し弾く。


「この金額で10人分の昼食、地場のものを使った多少良い食事を出してほしいとなったらどうですか?」

「金額は十分過ぎるくらいだが、結局うちの者の手が必要ってことじゃありゃせんか?」

「そこはある程度勘弁してください。用意していただけるお宅の材料費と手間賃を含めて、のつもりでこの金額です。こんな感じで何か他にも、ここならではのものを」


 電卓の数字を前に、腕を組む老人。


「可能なら、陰陽道とのつながりが分かるものがいいですね。美濃部さんに聞きましたが、ここの忍術は陰陽道を基礎とし、それを伝えたのは彼の『葛の葉』だとか」


 伝承で安倍保名と結ばれ、安倍晴明を産んだと言われる白狐。

 子に劣らず術に長けた彼女が、この地に住む獣にその技を伝えたのがこの里の成り立ちだという伝承がある。その技によって人に混じり暮らしていた彼らが、いつしか独自に発展させた技を用い忍びを生業とするようになった、とも。


「『陰陽道が術の基礎』はその通りだがね、『葛の葉狐がそれを伝えた』は多分箔付けのための作り話だよ」

「あれ、そうなんですか」

「美濃部さんはどう言ってた?」

「……あー、確かに『かもしれない』と強調していました」

「だろ? 忍術とは別に陰陽道も伝わっているから、符の作り方や式の使役についての手引きなんかは出せる。そんなもんでどうだい」

「おーいいですね。符は、術に使うものだけですか?」

「いいや、そういった効用をもたない護符もある」

「更にいいです」


 男は超常のもの以外も取り扱っている。世間一般でいうオカルトにまつわるものも、その範囲内だ。


「他には何かありませんか」

「さっきも言ったが、出せるもの全部となると確認してみんことには分からん。とりあえず手引きはうちで用意できるから、美濃部さんに要約してもらっとくれ」

「はい。では、今日はこの辺で」


 立ち上がり、去ろうとする男。その背に老人が声をかける。


「待った、最後に聞かせとくれ」

「何でしょう」

「おもちゃ屋さんは最近、事故を起こしたそうだね」


 男の背後から聞こえる、声のトーンが下がる。


「……もう忍びはしていないというのに、耳聡いですね。お恥ずかしながら、その通りです」

「卸している手裏剣自体に危険はないが、あれが物騒なものだと理解はしとるだろう?」

「もちろん。あの玩具に使う術は、手裏剣を無数に投げるためのもの……ではもちろんありません」


 愉快なものを語るかのように、男の声は高くなった。


「いわゆる遁術のように、『幻影の手裏剣を放ち逃げる隙を作る』というのも本来の使い方では無い。『幻影の手裏剣に毒を塗った本命を混ぜ、確実に殺す』というのが本来の用途、ですね」

「そうだ」

「まさに『虚実転換』、命を守るうえで非常に大事な『危険に対する感覚』を狂わせる恐ろしい技です」

「そう、本来は危険なものだ。作って儲けてる私らが言うのもなんだが、なぜそんなものを子供に与えようとする?」

「なぜ、ですか」


 しばしの沈黙ののち、男は再び口を開く。


「危険と言われるほどの物、危険な使い方もできるような物でなければ面白くないから、ですね。もちろん、子供に危害を加えたい訳ではありません」


 男の頭に浮かぶのは、異常な物品とめぐり合った頃の事。今のような商売を始めるきっかけとなった出来事。


「私自身、この道に入るきっかけとなった出来事ではまあひどい目をみました。一歩間違えば死んだほうがましな状態になっていたでしょう。そういう体験をしても尚、この世界には惹かれるものがあった。そういうものだからこそ、提供できる面白さがある」

「件の事故は最低でも街一つ壊滅するようなものだったそうだが、そんな危険と引き換えにしてもかね」

「はい。もちろん、そういった事態を起こさないよう保険はかけています。この間の事故では使わずに済みましたが、非常時の手段は用意しています」

「じゃあ聞くが……」


 どこからともなく、老人の手に現れた紙箱。感覚を狂わせる忍術のかけられた箱。


「私らが作るこの玩具に対しても、そういうものはあるのかい?」

「私が扱う分については、あります。火を扱うなら消火の準備をするように、それは必ず用意しなければならない」


 パチンと鳴らした指先に、小さな火が灯る。

 種も仕掛けも、見当たらない。


「人は、火を手にして繁栄してきました。あなた方の祖先も、術を学んで得たものがあるはずです。私は力のおよぶ限り、それを得たいと思う子に与えたいのですよ。危険で、面白いものを。かつて私がそうされたかったように」

「……ちぃと危なっかしいな」


 指先を握り込み、着けた火を消す。

 老人の手にあった箱も、彼がわずかに手を振ると消えてしまった。


「うちも出すものには気をつけるが、そっちもしっかりやっとくれよ。子供に怪我されちゃたまらない」

「以後気をつけます」

「大分長話をさせてしまったが、次に寄るところはあるのかい」

「美濃部さんのところに寄らせていただこうかと。今回の話はあの人頼りなので、講師を引き受けてもらわないことには始まりません」

「話を通しとらんかったのかい?」

「一応連絡はしていますが、引き受けるという回答をいただいてないんですよ」

「そんな調子で大丈夫かね」


 これまで背を向け続けていた男が、老人の方へ振り返る。

 

「まあ、なるようになりますよ」


 その顔は、いたずらをする子供のような笑みを浮かべていた。

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