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闇鍋短編集  作者: LE-389
3/8

『一冊』のための物語

「何だこれ?」


 一人の少年が、学校からの帰り道に拾ったノート。

 そこに書かれていたのは、どこかの誰かが書いた物語だった。


 一枚、また一枚とページをめくる。

 特別に上手いわけではないけれど、彼にとってはどこか惹かれるところがあった。


「続きが、読んでみたいなぁ」

「なら、あなたが続きを書いて」

「えっ!?」


 言葉と共に、ページから伸びた腕に肩をつかまれ、少年は本の中へと引きずり込まれた。

 本の中、物語の舞台となる村で彼を待っていたのは、どこかで見た覚えがある少女。


「ようこそ、私たちの物語へ」


 彼女は、この世界の核となるキャラクター。読者や作者のいるメタ世界に干渉することができる。

 書きかけのまま、作者の手を離れてしまったこの物語に、作者の代わりとして続きを書いて欲しい。それが彼女の望みであり、少年をこの世界に連れてきた理由だった。


「書いた本人じゃなくても、いいの?」

「それは大丈夫。だって、この話の事を好きだと思ってくれているんでしょ?」


 それなら、これを使えるはず。

 彼女がそう言うと、空中に一本のペンが現れた。この世界を描き出し、上書きによって書き換える事もできる「作者のペン」。


 手に取ってはみたものの、少年にはそれをどう使えば良いか分からなかった。少女に促されるまま振るってみれば、流されて使えない状態だった木造の橋が、石造りの頑丈なものに変化する。


「ほらね、あなたにも使えた」



――――



「村の外がぼんやりしてるの、つまらないなぁ」


 少年がペンを手に取り、サラサラと走らせる。

 小さな村が舞台のこの話には、その外側が存在しない。輪郭が滲み、その時々に違う風景が見えるだけで、そこに足を踏み入れることはできない。

 小さな山を書き上げた彼がそこに行こうとしたとき、後ろから大きな声が聞こえてきた。


「大変よ!」

「どうしたの?」

「外から急に人が来たの!」

「ああ、ついさっき書いたからね」


 急に外界が出現した事に驚いたのか、と彼は考えた。

 違う違う、と彼女は首を振る。


「そうじゃないの。その人は『自分は徴税官だ。税金を取りに来た』って言って」

「えっ」

「あんまり偉そうにするから、怒ったみんながその人を捕まえちゃったの!」

「ええーっ!?」



――――



「何で野宿してんの?」

「家を書いてもらえなかったんですよ……」


 ここの住人でありながら、家に関する記述が無いまま作者の手を離れたため、彼には自宅が無かった。


「じゃあ、家を書こうか」

「あ、ちょっと待ってください。ひとつ注文をつけさせてくれませんか?」

「うん?」

「ラジオを一台、置いてください」

「……この世界、ラジオってあるの?」


 そもそも、電気があるようには見えない。照明はランプやろうそくで、電話や電線も見た事が無かった。


「よそにはあるかもしれないけれど、ここにそういうおしゃれなものは、まだ無いの。もし無かったとしても、あなたがあると書いたら、あるという事になるわ」

「いい加減だなぁ」

「そう。読者や作者に、私達は強く影響されるの」


 少女は、ペンを握った少年の手を取る。


「だから、あなたがこのペンをよく考えて使ってね」

「たいへんな物を任されちゃったなぁ」



――――



 楽しい時間は終わりを告げる。ある日からここに、『影』が現れるようになった。

 それらは呪いを撒き散らし、この世界やそこに住む人々を消してしまう。


 一体や二体なら、ペンの力で排除する事もできた。


 しかし、『影』は現れるたびに数を増やしていく。

 少年もペンの扱いに慣れ、対応できる数を増やしていったが、『影』の増加に追いつく事ができなかった。

 世界そのものも蚕食され始め、とうとう彼らは追い詰められる。


 迫る『影』たちをペンの力で押し返そうとする少年。その背後には、この世界の要たる少女。


「もう、もう良いよ……。ここまでしてくれて、嬉しかった」


 少女は手に、一冊の本を出現させた。それは外の世界へと繋がる、この物語自体の分け身。


「お願い、手遅れになる前に帰って。あなたを道連れにしたくない」


 少年は、彼女を振り返らず応える。


「今さら……、今さらできる訳ないだろ!」


 ペンを振るう手は止まらない。叫びと共に、速さを増していく。


「この話は、僕のものだ」


 あの日はまだ、誰かのものだった。けれど、今はもう違う。彼女からペンを受け取り、ずっとこの世界を描いてきた。


「どうなるかは、僕が決める。だれにも、だれにも渡さない!」


 『影』の重圧は、刻一刻と重くなる。少年が必死に振るうペンの力はそれを押し返し、少しの間だけ拮抗してみせた。ほんの、少しだけ。


 拮抗は再び崩れ、終わりが彼らに訪れた。


「……ごめんなさい」



――――



 人気のないゴミ捨て場。結束のゆるい本の束から、一冊の本が零れ落ちる。

 何かが動かしているかのように動く、その本。風もないのにページがめくれ、何かが飛び出してくる。


「ここが、あいつらの来る場所か。……なんか見覚えがあるな」


 かつて愛した世界と、運命を共にしたはずの少年がそこに立っていた。

 

「どのくらい、『書き変え』が利くんだろう」


 人差し指の先から、光るものが飛び出す。獣の爪のように尖った、ペンの先。

 彼は指先を小刻みに動かしながら、指揮者のように軽く振った。パチリ、と何かが弾けたような音が鳴る。


「無いものを出したりするのは、無理か。じゃあこれなら……」


 再び彼が手を振ると、突風が吹き周囲に落ちていた紙を巻き上げた。

 ひらひらと周囲で紙が舞う中、三度彼が手を振れば、風が紙を切り裂く。


「元からあるものなら動かせる、か」


 あの日から、途方もなく長い時間が過ぎた。

 『影』はあの話を塗り潰し消滅させたが、外から来た彼だけはその影響を受けなかったのだ。


 どことも知れぬ異様な空間に放り出され、頼れるのは手に握ったペンのみ。

 作者としての力で混沌の中に世界を創り、そこを足場に別の世界へと渡り、あの『影』が居る場所を目指し旅をした。その終着点が、この世界。


 少年は、『影』を追う旅の中でその正体を掴んでいる。

 あれは、読者の感情の集合体。撒いていた呪いの言葉も、今の彼には意味が分かる。


「つまらない」「くだらない」「幼稚だ」


 ひとつひとつは小さな、そんな思いがあの『影』を生み出した。


「つまらない、か」


 あの『影』を根絶したいなら、この世界からそんな思いを根絶する必要がある。つまり、この世界を『面白く』すればいいという事だ。

 どうすれば『面白い』のかも、ここに来るまでに理解している。


 血、汗、涙。これらの流れる出来事を起こせばいい。つまり、争いを引き起こせばいいという事だ。


 人と人との不和、使われないままの兵器。あちこちにある火種の存在が、彼には分かる。火種そのものこそ作り出せないが、ペンの力で火種を大きな炎にするのは簡単なことだ。


「そんな事、二度と言えないようにしてやる」


 少年は、あまりにも長い時間を向こう側で過ごした。彼の体はもう、人間の時間を刻んでいない。


 『面白いこと』で、この世界を満たそう。時間はいくらでもある。

 そしてもし、それが実現したなら。『影』がいなくなったなら。

 そうなったらまた向こうに戻って、話を書こう。あの話で過ごした日々を元に。


 少年は片方の手を、いつの間にか手と一体化していたペンを撫でる。記憶以外にもうひとつ、彼の手元に残ったもの。


 消えてしまったあの世界が戻ってくる訳ではないけれど、よく似た世界をまた創ることはできる。そうなったらあの時、言えなかった事を伝えたい。


「『ごめんなんて、言って欲しくなかった』なんて言ったら、あの子はどんな顔をするかな」


 毎日見ていた君の顔が、もう一度見たい。

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